竜神探闘⑩

「ジャルム……」


 ロジャールの口から仲間の死に対する呆然とした声が発せられた。長年共に悪事を働いてきた間柄であったがロジャールの心に湧き起こった感情は怒りではなかった。

 ロジャールの心にあったのは恐怖である。ウルグはジャルムの右腕を掴むとそのまま腕を握りつぶしたのだ。そしてそのまま棒きれを振り回すようにして地面に叩きつけた。

 その驚異的な膂力に対して恐怖が湧き起こるのは当然であったろう。ロジャールにとってウルグはもはや死という概念が形となったものでしかなかったのだ。


「呆けてる暇があるとは余裕だな」


 ウルグはそう言うと再び毒竜ラステマに襲いかかった。アルメイスの間合いに入ったウルグは魔剣デルギウトを一閃する。

 アルメイスは手にした双剣を交叉させ、ウルグの剣閃を防ごうとした。


 キィィィィン!!


 だがアルメイスはウルグの剣閃を防ぐことは出来なかった。アルメイスの双剣がまるで棒きれのように断たれるとそのままアルメイスの右腕も斬り飛ばされた。


 アルメイスは自分の腕が斬り飛ばされたのを呆然とした目で見ていたが斬り飛ばされたのを自覚すると途端に苦痛が襲ってきたのだろうその場に蹲った。

 地面に蹲ったアルメイスの顔面を蹴り上げるとアルメイスの頭部は跳ね上がった。そこをウルグは顔面をそのまま掴み上げた。

 そのままの膂力でアルメイスを持ち上げるとアルメイスは足をバタバタさせて抵抗をする。だが、ウルグの膂力の前に拘束を解くことは出来なかった。


「このまま握りつぶすか、腹を割かれるか好きな方を選べ」


 ウルグの残酷な選択肢がアルメイスに突きつけられる。当然ながらアルメイスとしてはどちらも嫌すぎる選択肢だ。


「た、助けてくれ!!」


 それは仲間に向けたものであったのかそれともウルグに対する命乞いだったのかわからない。彼は縋る思いで助けを呼んだのである。

 アルメイスはこの時自分のしてきた事の報いを受ける時が来た事を心のどこかで察していた。そして命乞いが通じない事、助けが来ないことも同時に察していたのだった。


 それを自覚したときアルメイスはガタガタと震えだした。止めようとしてもどうしても震えを止めることは出来ない。死の間際になってガタガタと震える者を全員で嘲笑したものであった。

 やれ“みっともない”“覚悟が足りない”などと見下していたのだが自分がその立場になってみると恐ろしくて仕方がなかった。自分が思っていた死など真剣に考えていなかっただけに過ぎない事を思い知らされた。

 ウルグは顔面を鷲づかみにしていた手に力を込めたのだ。力を少しずつ加えられるごとに指が少しずつめり込んでいく。


「ぎゃああああああああああ!!」


 アルメイスは力の限り叫んだ。すでに右腕を斬り飛ばされ相当な血を失っているが声の限りに叫んだ。まるで叫べば死が恐れをなして退散してくれると言わんばかりの叫びであった。


「はっ、叫んでも無駄だ」


 ウルグはまるで子どもが虫の足をもいでいくような無邪気な残酷さを発揮しつつ少しずつ力を込めていく。

 ここでようやく我に返ったロジャール達がアルメイスを救おうと一歩踏み出した時、ウルグがアルメイスの顔面を握りつぶした。ぐしゃりとした鈍い音が響き、次にアルメイスの死体が地面に落ちた。

 数多くの死と不幸を量産した毒竜ラステマでさえ目を覆いたくなるような惨状であった。


「くそがぁっぁぁぁぁぁ!!」

「てめぇぇぇぇぇえええええ!!」


 エインとレグスがウルグに襲いかかる。二人とも双剣を振るって左右からウルグに襲いかかる。


 エインの双剣は足をレグスの双剣は腹と顔面に向けて放たれるがウルグは剣を一閃させるとレグスの左腕が飛んだ。返す刀でエインの腹を斬り裂いた。腹部を斬り裂かれたエインは糸の切れた人形のようにそのままその場に突っ伏した。


「ふん、クズが……」


 蹲るエインの頭部をウルグは容赦なく踏み抜くと頭部はぐしゃりと潰れエインは絶命する。


「エイン!! うぉぉぉぉぉぉ!!」


 レグスは残った右腕に握った双剣をウルグに向け振るうが片腕となり重心が今までと異なった事でまともな斬撃など放てることはない。いつものレグスの斬撃の三割の速度も出ていないだろう。


 ズシュ……。


 ウルグの魔剣デルギウトがレグスの胸を刺し貫いた。


「が……はぁ」


 レグスの口から血と共に苦痛の声が発せられた。ウルグはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらそのまま剣を腹部に向かって純粋な力で振り下ろすとレグスは堪えることは出来ずにそのまま倒れ伏した。

 ウルグは酷薄な笑みを浮かべレグスの顔面の掴むとそのまま持ち上げる。レグスは不幸な事にまだ生きて意識があった。それも僅か数秒であろうがレグスはウルグのニヤついた表情を見せつけられその命を終えることになった。

 ウルグの思考はいかに毒竜ラステマを嬲り屈辱を与えて殺すかという状況になっている。


 そしてそれが命取り・・・であった。


 レグスの背中の位置から転移してきた者がいたのだ。ウルグはレグスの体が死角となりアリスが転移してきた事に気づくのが遅れてしまった。アリスはそのまま着地すると同時にしゃがみ込み、がら空きとなったウルグの両足首に向かって斬撃を放った。

 アリスの放った斬撃は容赦なくウルグの両足首を斬り飛ばすと事情を把握しきれていないウルグはそのまま地面に倒れ伏し呆然とした表情を浮かべ、次いで苦痛が襲ってきたのだろう苦痛の表情を浮かべながら自分の足を斬り飛ばした加害者を見つけると驚愕の表情を浮かべた。


「アリスティア……貴様」

「ようやくこの時が来たわね」


 アリスの声は限りなく冷たい。だがその奥底にある激情をウルグは感じた。


「お母様の仇は討たせてもらうわね。安心して後が支えているから嬲るような真似はしないわ」

「ぐ……がぁぁぁぁ!!」


 ウルグは雄叫びを上げつつアリスに向かって横薙ぎの一閃を放った。アリスはそれを跳躍して躱すとそのままウルグの延髄に竜剣ヴェルレムを突き刺した。


「か……」


 喉を貫かれたウルグは二、三度痙攣したがすぐに動かなくなる。アリスはウルグが事切れた事を確認するとアリスはヴェルレムを引き抜きイルジードに視線を向けた。


「こんにちは伯父上。決着をつけに来ました」


 アリスは艶やかな笑顔を浮かべてイルジードに言った。   


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