竜神探闘⑨

 アリスと毒竜ラステマの六人はイルジードの本陣近くに転移したわけではない。アリスが転移したのは森林地帯の中であった。


 アリスがこの地点に転移したのはレナンジェス達から少しでも離れるためである。レナンジェス達を目の前にしたからといってアリスの決心が揺らぐような事は決して無いのだが、あの三人がアリスの障害となる可能性は確実にあったからである。


(さて……まずはウルグを始末しないとね)


 アリスはウルグの排除をまず行う事を決めていた。アリスはアディル達と出会いアマテラスのメンバーとして数多くの任務をこなしてきた。また一日も欠かさずにアマテラスのメンバー達と修練を積んできたのだ。

 そのため竜神帝国を出奔した時とは、もはや力量は別人と称しても構わないほどに上がっている。

 だがイルジードとウルグの両名を同時に相手取り勝利を収める事が出来ると思うほどアリスは自分の力量を過信しているわけではないのだ。


「あんた達を今から転移させるわ。どこに転移させるかは当然だけどわかってるわよね?」


 アリスが毒竜ラステマの六人に淡々とした口調で告げた。六人はアリスの言わんとしている事を当然の如く察している。


「……はい」


 毒竜ラステマのリーダーであるロジャールが六人を代表してアリスに返答する。その声と表情には絶望という言葉が最も適していると言って良いだろう。他の五人もロジャールと同様の表情だ。


「あんた達が狙うのはウルグという男よ」

「ウルグ……」

「ええ、そいつをイルジードというさっきあんた達の前に画像の浮かんだ男から引き離せば良いのよ。簡単な仕事でしょう?」


 アリスの表情は冷酷そのものである。もともと毒竜ラステマの事を駒としか思っていないために自然と態度に表れるのは仕方の無い事なのかも知れない。


「しかし、あいつらは」


 ロジャールから発せられる声は限りなく弱々しい。ロジャール達もそれなりに暴力の世界に身を置いてきた者達だ。イルジードとウルグを見た時にその恐ろしさに全身を貫かれてしまったと言っても過言ではない。

 アリスの命令に従えば六人のうち半数は命を落とすことは間違いない。いや、時間が経てば全滅する事を確信していた。


「大丈夫よ。あんた達がやられてもちゃんと仇は討ってやるわ。私の両親を殺した連中だから絶対に活かしておくつもりはないから安心してね」


 アリスはニッコリと笑って言う。顔は笑っているのだが目は一切笑っていない。それがロジャールには限りなく恐ろしい。


「さ、じゃあよろしくね♪」


 アリスは転移魔術を展開するとロジャール達六人の足元に魔法陣が浮かび上がる。そして次の瞬間にはロジャール達の姿はかき消えた。


「ウルグ……まずはあんたよ」


 アリスは小さく呟く。その声には憎しみの感情が溢れていた。




 *  *  *


「かなり善戦しているようだな」


 イルジードは秀麗な顔に歪んだ嘲笑を浮かべつつ腹心のウルグに言った。イルジードの浮かべる笑顔には人の不快感を刺激する何かがあるのは間違いない。


「そうですな。アリスティアが連れてきた連中はそれなりの腕前なのは間違いないですな。私の部下もかなりやられておりますが、あちらの様子からこちらに反撃するだけの余力は無いように思われます」


 ウルグの言葉にイルジードはウルグへ視線を向けると静かに言う。


「油断するなよ。これは殺し会いだ。狩りではない」

「それは存じております。ですが人間共など本来選帝公お一人でも全滅させることは可能でございます。ですが必勝を期して闇の竜人イベルドラグール、あの奇妙な騎士達も投入されております故、勝ちは揺るがぬかと」

「アリスティア、あの世・・・で兄上と義姉上と仲良く暮らすのだな」

「選帝公、友人達が抜けておりますよ」

「そうだったな」


 イルジードとウルグは歪んだ笑みを互いに発した。イルジード自身もこれは戦いだと発言していたが自分達の勝利をまったく疑っていないのだ。


「ほう……」


 そこに毒竜ラステマの六人がイルジード達の前に転移してきた。転移した場所はイルジード達から十メートルほど離れた箇所である。イルジードの周囲にいた闇の竜人イベルドラグールが即座にイルジードの周囲を固める。


「アリスティアの手の者か」


 ウルグが毒竜ラステマの六人を見て言い放った。ウルグの声には露骨に見下した響きがあった。毒竜ラステマの戦闘力が自分に及ばないことを即座に見抜いたのだ。またイルジードの安全を脅かすものでない事も加わっているのだ。


「あんた達に怨みはないが雇い主の命令だ。死んでもらおう」


 ロジャールの言葉にイルジード達は嘲弄の度合いを高める。


「お前達は選帝公をお守りせよ。この愚か者達に格というモノを教えてやろう。私が離れた事で選帝公を襲う算段かも知れぬでもな」

「はっ!!」


 ウルグの言葉に闇の竜人イベルドラグール達は素直に従う。毒竜ラステマの実力がウルグに遠く及ばないことは闇の竜人イベルドラグール達も分かっているが、それでも油断などするわけにはいかないのだ。


 ウルグが一歩踏み出すと毒竜ラステマに緊張が走った。ウルグはアディル達と違い強者の雰囲気を隠すようなタイプではないらしい。むしろ自分が強者という事で相手を萎縮させ戦いを有利に運ぶのがウルグの戦闘スタイルらしい。

 アディルとは戦闘思想が異なるが、これはどちらが優れているという話ではない。単なる選択の話である。


 ウルグは空間に手を突っ込むと長剣を取り出した。その剣には禍々しい魔力が満ちている。

 ウルグが剣を抜き放った事で毒竜ラステマの六人は背中に氷水を流し込まれたかのような感覚を味わったぐらいである。


「この魔剣デルギウト……お前達にはもったいないがな」


 ドン!!


 ウルグは嘲弄を含んだ言葉を毒竜ラステマに言い放つとまるで爆発したかのような音を発してウルグが毒竜ラステマに襲いかかった。ウルグが一瞬で間合いを詰めると手にした長剣を一閃した。六人は散会しウルグの剣閃を辛うじて躱すことに成功する。


「ひっ!!」


 しかし、ウルグの攻撃はまだ終わっていなかった。ウルグは散会した毒竜ラステマの一人に追撃を行ったのだ。その追撃は単純なものである。散会した毒竜ラステマのメンバーの右腕を驚異的な反射神経で掴み上げたのだ。

 右腕を掴まれたのはジャルムである。


 ギョギィ!! 


「ぎゃあああああああああ!!」


 ウルグはそのまま握った手に力を込めるとジャルムの右腕はその圧力に耐えることが出来ずに異音を発した。凄まじい痛みがジャルムの右腕に発するとジャルムの口から苦痛を告げる絶叫が周囲に響き渡った。


「ふん……」


 ウルグはそのままジャルムを棒きれのように振り回し、何周かしたところでそのまま地面に叩きつけた。ジャルムはもちろん受け身を撮るような状況ではなく頭から落とされた為に既に意識がなかった。いや、意識どころかすでに絶命していた可能性すらあった。


「くだらんな」


 ウルグはそう言うと意識のないジャルムの顔面に長剣を突き刺した。


「あと五匹か」


 ウルグはそういうとニヤリと嗤った。

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