竜神探闘⑧

「あの少年の剣……」


 竜神帝国皇帝ラディムの口から小さな声が発せられた。その声には隠しきれない驚きの感情が含まれているのを周囲の騎士達は察した。


「陛下?」


 イルメスが不思議そうな表情と声をもってラディムに問いかけた。


「イルメス、お前はあの少年が何者か知っていたのか?」

「は?」

「あの少年だ」


 ラディムはそう言うと映像に浮かぶアディルを指差した。


「申し訳ございません。アリスティア嬢が連れてきた少年としか……」

「そうか」


 ラディムの言葉にはやや落胆した響きがあった。それがイルメスを不安にさせた。


「陛下、あの少年が何か?」

「まだそう断じるのは早計か……弟子の流れの可能性もある」


 ラディムにはイルメスの言葉が聞こえていないようであった。これはラディムに珍しい事であった。


「陛下?」

「なんだ?」


 改めてイルメスに問われた時にラディムははっとした表情でイルメスに返答する。


「一体、あの少年が何なのです?」


 イルメスの言葉にラディムは小さく笑みを浮かべて返答する。


「お前達、これから面白いモノが見られるぞ。我らの知らぬ術をな」

「はっ?」

「あの少年を見ていればわかる」


 ラディムの声は楽しみを含んでいる事をイルメス達は察した。


(まさか、また見れる日が来るとはな。あの男の子孫か弟子の子孫か……探したぞ)


 ラディムはそう言うと楽しそうに笑った。



 *  *  *


 アディル達と闇の竜人イベルドラグール達との戦いはさらに苛烈さを増していた。至る所で剣戟の音と悲鳴が発せられている。

 エリスの作成した式神達は闇の竜人イベルドラグールに斬り伏せられ消滅していたが、一刀のもとに斬り伏せられたわけではない。少なくとも一合は剣戟を交わしており闇の竜人イベルドラグールの足を一呼吸分は止める事に成功していたのだ。

 そしてその止めた一呼吸分でアディル、ヴェル、ベアトリスが闇の竜人イベルドラグールに決定的な一撃を加えていき出血を強いていた。


 アンジェリナの魔術も牽制に大いに役立ち、闇の竜神イベルドラグール達は数の有利さをほとんど活かす事が出来ないでいたのだ。


(妙だな……攻めが単調すぎる)


 アディルは闇の竜人イベルドラグール達の攻めが単調である事にある種の疑念が生じていた。闇の竜人イベルドラグールに指揮官がいるのは明らかでありこの現状も当然把握しているはずである。それにも関わらず同じ攻めをくり返しているのは何かしら目的があると考えるのは当然であった。


 ちらりとエリスを見るとエリスも釈然としない表情を浮かべていた。エリスもどうやら闇の竜人イベルドラグール達の戦術が単調すぎることに疑念をもっているようであった。


(俺だったらどうする? この状況を打破するために……)


 アディルは心の中で問いかける。


(相手の切っていない手札……アリスの従兄妹達だろ、闇の竜人イベルドラグールの首領のウルグとかいうやつ、そして……)


 アディルはそう思い至った時に何者かが転移してきたのを察した。転移してきた場所は式神と闇の竜人イベルドラグールがぶつかり合う場所のまっただ中だ。そこに一体の黒い全身鎧フルプレートの騎士が現れたのだ。

 アディルはその騎士に見覚えがあった。


「ジーツィルか……やはりあっちについていたか」


 アディルがジーツィルを見て驚くことなく言うとジーツィルはやや意外そうな表情を浮かべた。


「おや、驚いた様子がないか……どうやら完全にバレてたみたいだな」


 ジーツィルの言葉にアディルはニヤリと嗤う。


「まぁな、お前達の猿芝居には笑ったぞ」

あの時・・・の何者かの気配はやはりお前だったか」

「命のやり取りをするというのに相手を事前に調べるというのは基本だろ?」

「確かにな」


 アディルの返答にジーツィルは静かに答える。ジーツィル達がイルジードの屋敷に赴いた時のアディル達の監視があった事に対しての会話である。

 アディル達は式神を放ってイルジード達を探っていたのだ。しかし、ジーツィル達がイルジードの元を訪れている時にその事がバレてしまったためにそれ以降は警戒され情報を仕入れる事が出来なくなったのだ。


「だからお前がここに姿を見せるのは想定内の事だ」

「そうか、それなら遠慮する必要はないな」

「俺としたら引っ込んでくれてても何の問題もないぞ」


 アディルの言葉にジーツィルはニヤリと嗤う。アディルがジーツィルとの会話から色々な情報を引き出そうとしている事を察したのだ。所々でアディルが人を食ったような言葉をかけるのはそのためである。


「では始めるとしようか」


 ジーツィルは剣を抜くとアディルに鋒を向けた。その瞬間にジーツィルから凄まじいと称するに足る殺気が放たれた。

 ジーツィルから放たれる殺気に闇の竜人イベルドラグールが顔を引きつらせた。自分達に向けられた者では無いと言う事はわかっていても根源的な恐怖である死を間近に感じさせられれば当然の反応であった。


「そうか、俺の方も準備運動は終わってる」


 アディルも天尽あまつきの鋒をジーツィルに向ける。アディルは対称的にほとんど殺気を放たないが、それは自分の中に留めているだけで存在してないわけではない事をジーツィルは察していた。


(あの時よりもさらに出来るようになっているな)


 ジーツィルはアディルが初めて会ったときよりもさらにその技量を高めていることを察して心の中で覚悟を決める。

 アディルは年齢的には自分よりも遥かに下であるがその実力は決して下に見るべきでは無い事を見抜いていたのだ。


「はぁ!!」


 アディルとジーツィルとの睨み合いに闇の竜人イベルドラグール二人がアディルに斬りかかった。ジーツィルに意識を向けた事が隙を生じたとの考えに基づいてのものだ。


 だが、アディルに斬りかかった闇の竜人イベルドラグール二人は次の瞬間には突然首を刎ね飛ばされそのまま斃れた。

 周囲の者達は斬りかかった闇の竜人イベルドラグール二人の首がなぜ飛んだのかまったくわからなかった。だが、アディルが超人的な速度で闇の竜人イベルドラグールを斬り捨てたことはわかった。

 アディルの構える天尽の鋒から血が数滴落ちていたからである。


 闇の竜人イベルドラグール達はその事に気づいた時にゴクリと喉をならした。自分達とは格の違いを自覚してしまったのだ。

 別にアディルは闇の竜人イベルドラグールを甘く見ていたわけではない。ジーツィルという強敵を前にしてアディルの集中力は研ぎ澄まされた故でのことであった。


「準備運動は終わったと言ったろう?」


 アディルの言葉に闇の竜人イベルドラグール達は一斉に後ずさった。アディルに気圧されたのは確かであった。


「ふ……邪魔は入らないようだな」


 対称的にジーツィルは一歩踏み出して不敵な笑顔を浮かべながら言う。


「そういう事だ」

「だが、良いのか? 俺と戦えばお前は仲間を助ける余裕はないぞ」


 ジーツィルの言葉にアディルはニヤリと嗤う。


「余計なお世話だ。俺の仲間達は俺が背を預けるような実力の持ち主だ」


 アディルはそこまで言って振り返らずにジーツィルに言い放った。


「だからお前がここで俺を足止めしてもう一人にエリス達を襲わせようという作戦を立てても俺が心を乱すことはないぞ」


 アディルの言葉にジーツィルは感心したような表情を浮かべた。


「そこまで読まれていたか。良いだろう。お前のその言葉が真実か過信かすぐにわかるさ」


 ジーツィルがそう言うとエリスの背後に何者かが転移してきた。その何者かは当然ラウゼルである。

 エリスの背後に転移したラウゼルはそのまま手にした剣をエリスに振り下ろした。


 ビュオ!!


 しかし、ラウゼルが振り下ろすよりも早くラウゼルの顔面にヴェルの薙刀が凄まじい速度で伸びるとラウゼルは咄嗟に背後に跳んで躱した。


「惜しい♪」


 ヴェルは自分の第一撃が躱されたというのに声には明るいものがあった。


「せっかくエリスが囮になってくれたというのにまだまだね」

「まぁ、良いじゃない。そんな簡単に討ち取ったら逆にビックリするわよ」


 緊張感のない声でヴェルとエリスが言葉を交わした。


「二人とも気を緩めちゃダメよ」

「さて、この場合私もそっちに対応した方が良いのかしら?」


 そこにアンジェリナとベアトリスがこれまた緊張感の無い口調で参加する。


 その声を背後に聞きながらアディルは苦笑しながらジーツィルに言う。


「はたして過信してるのはどちらかな?」


 アディルの声にはジーツィル達への揶揄が過分に含まれていた。

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