竜神探闘③

 太鼓の音が鳴り響くと全員が戦闘態勢に入る。完全に戦闘モードに全員が切り替わった事で竜神探闘ザーズヴォルの会場は一気に雰囲気が変わった。

 それは矢を引き絞り放つ前の力をため込んでいるようで、異様な緊張感を含んでいる。戦場を経験した者は戦場の空気に似たものを感じたかも知れない。


「とりあえずは様子見ね」


 アリスの言葉に全員が頷く。アディル達は相手に比べて数が圧倒的に少ないために調子に乗って突撃すればあっという間に囲まれて斬り伏せられるのは間違いない。


「とりあえずはそれでいこう」

「まぁそれが妥当だな」


 アディルの言葉にシュレイがすかさず返答する。シュレイの返答に全員が頷いた。数の圧倒的に劣るアディル達とすればそれしか方法は無い。しかもアディル達の陣営は実力の面でも大きく劣るのだ。

 アマテラスのメンバークラスであれば、相手と互角以上の戦いを展開する事は可能だが、毒竜ラステマはアマテラスに比べて一枚落ちるのは確実だ。そして、闇ギルドの駒の男達はさらに一枚も二枚も落ちるのは確実であった。


「おい、動いたぞ」


 シュレイの言葉に全員が視線を向けると三つの部隊がこちらに向かって動き出しているのが見える。一つの部隊の構成人数は十人といったところであり、三つの部隊である事からアディル達とほぼ互角の数である。

 また、向かってくる三つの部隊はみな一月前にアディル達が蹴散らした闇の竜人イベルドラグールと同じ服装をしている事から闇の竜人イベルドラグールに属している者達であるのは間違いない。違うのは手にしている武器が槍、斧槍ハルバート、弓矢と多彩になっている事であろう。


「数はほぼ互角……頭は三つ」


 アディルが小さく呟く。ここでいう頭が三つとは当然ながら指揮官の数である。


「よし、それじゃあ迎え撃つとしよう」


 アディルはそう言うとその辺りに落ちている石を無造作に拾い上げる。


「ねぇアディル、本当に石なんかで戦うの?」


 ヴェルの言葉にアディルはニヤリと嗤って頷く。


「もちろんそのつもりだ。うちの家には投石術というのも立派な兵法として伝わってる」

「う~ん、アディルはその辺のハッタリはしないから信じたいところだけど、流石に石はねぇ」

「まぁ見てなって」


 ヴェルの疑いの目をアディルは笑って返答する。アディルは符を一枚放ると符からモコモコとした靄が発生すると四体の人型へと姿を変えた。今回アディルの作成した四体の人型の式神は、のぺっとした容貌であり顔はツルリとした化け者である。


 四体の式神は河原に落ちている石を拾うと向かってくる闇の竜人イベルドラグールへと投石を開始する。式神達の投げた石は中々の速度で飛び闇の竜人イベルドラグール達は即座に散会する。

 散会した闇の竜人イベルドラグールに向かって式神達は投石を続けていくが、闇の竜人イベルドラグール達の足を止める事は出来ない。それでも続けていくうちに闇の竜人イベルドラグールのうちの何体かは煩わしげに手で弾くようになっていった。


(よし……)


 アディルは躱すのではなく手で弾くようになった闇の竜人イベルドラグールに向かって手にしていた石を投擲する。


 ビュオッ!!


 アディルの投げた石は凄まじい風切り音を発して闇の竜人イベルドラグールの一人へと真っ直ぐに向かった。アディルが狙った闇の竜人イベルドラグールは式神の石を弾いた直後であった。


 ドガァアァ!!


 アディルの投擲した石が闇の竜人イベルドラグールの顔面に直撃する。


「次……」


 アディルは小さく呟くと次の相手に向かって投擲する。


 ドガァァァ!!


 またも直撃し闇の竜人イベルドラグールの一人がもんどり打って倒れ込んだ。ピクピクと痙攣しているところをみると絶命はしていないようであるが戦闘力を間違いなく奪ったと言えるだろう。


「凄いわね」

「うん、石なんてと軽く見ていたけどとんでもない威力ね」


 ヴェル達がアディルの投擲を見て素直に称賛した。


「式神の投石は囮というわけね」


 エスティルの言葉にアディルはニヤリと笑って応える。エスティルのいった式神の投石は囮とは、文字通りの意味で式神の投石の目的はとにかく闇の竜人イベルドラグールの意識を逸らす事であった。

 アディルは自分から意識を外した闇の竜人イベルドラグールを見つけると狙いをつけて撃破しているのだ。


 アディルの投擲した石によりまたもや一人の闇の竜人イベルドラグールの顔面が打ち砕かれた。


「あの男の投擲する石が本命だ。奴から意識を外すな!!」


 四人目の闇の竜人イベルドラグールの顔面を打ち砕いた所で一人の指揮官が叫んだ。どうやらアディルの狙いをこの段階になって察したようである。

 その事に対してアディル達は闇の竜人イベルドラグールの指示が遅いとは思わない。むしろ早期に気づいたとすら思っていた。


「ちっ、あと二、三体は削りたかったんだがな」


 アディルの忌々しげな言葉を受けてアンジェリナが進み出る。


「なら私も」


 アンジェリナはそういうと即座に魔術を形成し魔矢マジックアローを放った。アンジェリナの放った魔矢マジックアロー闇の竜人イベルドラグールに様々な軌跡を描いて向かう。

 アンジェリナの放った魔矢マジックアローは投擲される石よりも速いために闇の竜人イベルドラグールとしては厄介極まりないものであった。


「流石だアンジェリナ」


 アディルはそう言うと闇の竜人イベルドラグールに再び投擲を開始する。再び二人の闇の竜人イベルドラグールが顔面に石を直撃させると蹲った。


「放て!!」


 そこに指揮官の声を受けた弓をもつ闇の竜人イベルドラグールが矢を放ってきた。放ったのは五、六人でありアディル達は放たれた矢をあっさりと躱したためにまったく損害はなしである。

 闇の竜人イベルドラグール達はそれでも構わず矢を射かけてくる。アディルが投石によって射手を倒そうとするが他の者達が射手をガードしてアディルの投石を防ぎ始めた。

 いかにアディルの投石が強力とは言え意識を外していなければ防ぐことは不可能ではないのだ。


 闇の竜人イベルドラグール達はその場で立ち止まり射手が矢を射かけるてくるだけでこちらに向かってくるわけではない。


(おかしい……あれだけの矢では俺達に損害を与える事など出来ない事はあいつらもわかっているはずだ。この行動には何かしら意味があるはずだ)


 アディルは闇の竜人イベルドラグールの意図をそう読む。アディルは相手を過小評価するようなことは決してしない。そのために闇の竜人イベルドラグールの行動は何かを狙ってのものであると断定していたが、まだその意図を看破するには至っていなかった。

 そして、それは他のメンバー達もである。明らかに何かしらの意図があるのはわかっているのだがそれが読めないのだ。


「ぎゃあああああ!!」


 そこに駒の一人から絶叫が放たれた。


「ぐわぁぁぁっぁぁ!!」


 続いて駒の口からまたも絶叫が放たれる。


 アディル達が放たれた矢から注意を離すことなく絶叫が放たれた方に視線を移すとそこには斧槍ハルバートをもった闇の竜人イベルドラグールが十人ほど立っており、二人の駒が倒れ込んでいる。


 動けない二人の駒に向かって闇の竜人イベルドラグール斧槍ハルバートを振り下ろした。


「まっ!!」


 苦痛に呻きながら命乞いをしようとした駒の頭部に容赦なく振り下ろされた斧槍ハルバートのために駒は血と脳漿を撒き散らしながら糸の切れた人形のように倒れ込んだ。


「殺せ!!」


 闇の竜人イベルドラグールの一人が叫ぶと雄叫びをあげてアディル達に襲いかかってきた。

 アディル達は挟撃を許してしまったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る