竜神探闘②

 ドォォォォン……ドォォォォン……


 アディル達が敵の様子を確認していた時に太鼓の音が鳴り響いた。その音を聞いた時にアディル達全員が一斉に空を見上げた。

 前もって太鼓が鳴り響いたら空を見上げるように係官に伝えられていたのだ。もちろん、アディル達はその意図を図りかねているのだが、そこは素直に従う事にしていたのだ。


 太鼓の残響が完全に消えた所で、空中に魔法陣が浮かび上がるとそこから竜神帝国皇帝ラディムの姿が映し出された。


「あ、あれって何?」


 ヴェルの驚きの声にアリスが返答する。


「あれは、千里鏡グディースという術で映像と音声を発信することの出来る魔術よ」

「色々と凄いわね」


 アリスの説明に監視した様子を示したのはベアトリスである。ベアトリスはこの千里鏡グディースという魔術の有用性を一早く察したのだ。


『竜神帝国皇帝ラディムである。本日の竜神探闘ザーズヴォルの立ち会いは余が務める』


 ラディムが声を発するとアリスが跪いた。アリスが跪くとアディル達もそれに習い跪く。この辺りの常識はアディル達も持ち合わせているのだ。

 世の中には権力者に対して礼儀良く接することは阿るという事で無礼な態度をとるものがいるのだが、アディル達にしてみればただの失礼な奴でしかない。


 跪くアディル達の前に魔法陣が浮かび上がった。


『レグノール選帝公イルジード並びにアリスティアよ。お前達の前に浮かび上がった魔法陣の上に立つが良い』


 ラディムがそう言うとアリスは立ち上がると素直に魔法陣の上に立った。別段、何も起こった様子はない。

 ところがアリスが魔法陣に立って数秒後にアディル達の眼前に一人の男が浮かび上がった。


「イルジード……」


 その男を見たアリスの口から忌々しげな声が漏れた。


 浮かび上がったイルジードは年齢二十代前半といった美青年と称されるような男である。銀色の短い髪に切れ長の目、すっと通った鼻筋と秀麗な顔であるが現在はその表情は怒りのあまり大きく歪んでいる。

 おそらくアリスの姿もこちらのように映像が相手の元に映し出されているのだろう。


『お前達の目の前に浮かんでいる者が討ち取るべき者達だ。その者のどちらかが死なない限り竜神探闘ザーズヴォルは終わらない』


 ラディムの言葉にアディル達は浮かび上がったイルジードを見る。


『いわば自軍の大将だ。大将が討たれればその陣営に属している者は武器を棄てよ。もし、従わない場合は余への反逆と見なし断固たる態度をとるつもりだ。この意味をわからぬような者はいないと期待させてもらおう』


 ラディムの言葉は静かであるがその内容は苛烈なものである。皇帝への反逆とまで断言されればそれを無視するのは中々難しい。竜神帝国の民でないアディル達でさえラディムの言葉にゾクリとしたものを感じたのだから竜神帝国の民であるアリス達はその言葉の意味は遥かに重いだろう。


『それから竜神探闘ザーズヴォルには正々堂々などという甘えは必要ない。命のやり取りに卑怯などとのたまうような事は控えよ』


 ラディムは静かに言う。


竜神探闘ザーズヴォルいくさという位置づけという訳か)


 アディルはアリスから竜神探闘ザーズヴォルについて聞かされていたがやはり皇帝の口から直接発せられたというのでは重みが違う違うと言うものである。

 もちろん、これはアリスの言葉が軽いという訳ではなく一国を背負う皇帝の言葉は立場でより重くなっているという事である。


『これより一時間後に竜神探闘ザーズヴォルを始める。それまで各々準備をするが良い。ただし、実際・・に矛を交える事は許さぬ』


 ラディムはそう言うと浮かんでいた映像が姿を消し、アリスの足元にあった魔法陣も消えた。それと同時に浮かんでいたイルジードの姿も消えたのだ。


「さて、準備をするとしましょう」


 振り返ったアリスは静かな表情が浮かんでいた。


(アリスは冷静だな。例えそれが見せかけであってもそれが出来る事が凄いな)


 アディルはアリスのその態度を心の中で称賛する。アリスはアリスなりにこの竜神探闘ザーズヴォルに対して命を懸けているのは間違いない。だが、それを表面に出すような事はしない所にアリスの矜持があるようにアディルには思われたのだ。


「わかった。安心しろアリス。お前には俺達がついてる」


 アディルの言葉にアリスは目をぱちくりとするが、アディルの言葉の奥にある自分への気遣いを察するとニッコリと微笑んだ。


「ええ、期待させてもらうわね♪」


 アリスの言葉に明るいものが含まれた。アリスは緊張の糸を切ることなく、緊張を緩めることに成功したようである。


「さ、それじゃあ。殺気のアディルの意見のように川の近くに布陣するとしましょう」


 アリスはそう言うと颯爽と歩き出す。アディル達もアリスについていくと川の畔で立ち止まった。


 イルジード達はアディル達を見てはいるがそのまま動く様子はないようである。


「う~ん」


 そこにエリスが訝しがるような声をあげた。


「どうしたの?」


 そこにベアトリスが声をかけるとエリスはイルジード達を見て小さく言う。


「アリスの従兄妹の二人がいないわ」

「奥に引っ込んだとか?」

「その可能性もあるけど何か気になるのよね」


 エリスは首を傾げながら言うと懐からを取り出すと地面に放った。放られた符からモコモコと黒い靄が発せられると十体のウサギの姿に変わった。

 アディルがかつて式神で偵察用に作成したウサギをエリスも作成できるようになっているのだ。エリスはウサギたちに符をもたせた。


「いきなさい」


 エリスが一声かけるとウサギたちは方々に散っていく。


「エリス、分かっているとは思うが」

「まかせてあいつら・・・・も当然捜索対象よ」


 アディルがエリスに声をかけるとエリスはニッコリとわらって返答する。


「さて、お前達はエリス、ヴェル、ベアトリスの護衛だ」


 アディルが男達に告げると男達はゴクリと喉をならして頷いた。それから毒竜ラステマの六人に告げる。


「そしてお前達はアリスと行動を共にしろ」


 アディルの言葉に毒竜ラステマの六人は頷くがその顔には恐怖が色濃く浮かんでいた。アリスの側にいると言う事は必然的に敵に狙われるという事を意味していたからだ。


「さて、それじゃあ。もう少し準備をしてから開始に備えるとしようか」


 アディルがそう言うと全員で準備に入る。準備があらかた終わった所で“ドォォォン!!”という太鼓の音が鳴り響いた。


 竜神探闘ザーズヴォルの始まりの合図であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る