各陣営模様⑤

「くそ!! あの小娘が」


 現レグノール選帝公イルジードは忌々しげに叫んだ。ここはレグノール選帝公の執務室である。

 イルジードの机の上には何十枚もの書類が乱雑に置かれている。使用人達の退職届、懇意にしていた商会からの取引の中止の申し入れ、そしてルーティアの婚姻を打診していたレイスナー選定公家からのお断りの手紙によりついにイルジードの怒りが爆発したのだ。


 イルジードの風当たりが強くなった理由はもちろんアリスがイルジードを相手取り竜神探闘ザーズヴォルを訴え、それが受理されたためである。

 元々、前レグノール選定公であるエランとその妻リーリアの死、そして一人娘のアリスティアの失踪、ここまで揃えばイルジードへ疑惑が持たれるのは当然すぎるというものだ。しかしイルジードはその疑惑を暴力、金により押さえ込んできたのだ。そのためにイルジードが選定公を継ぐことに対して異論が出なかったのだ。


 ところが今回の竜神探闘ザーズヴォルで訴えられた事により、所かしこから異論が吹き出してきた。

 特に不満を表明してきたのは領民達であった。前選帝公のエランもイルジードもどちらとも統治者として優秀なのは間違いない。だがエランの方がより領民の生活向上に積極的であった事が不満が噴き出した事になるのだ。。


 イルジードは自分が追い詰められ始めている事を察していた。このままでは自分は兄殺し、主殺しとして断罪されるしかないのだ。それを払拭するためには竜神探闘ザーズヴォルにおいてアリスに勝つしかないのだ。

 どのような事情があろうと竜神探闘ザーズヴォルにおいては商社こそが亜正義であるという証明がされる。人間からすれば奇妙な風習と言えるだろうが、竜神帝国においては勝者が正義とする考えが根強いのだ。“全てを得るか失うかオールオアナッシング”というやつである。

 そのため、イルジードは戦力を集め始めていた。もちろん配下の闇の竜人イベルドラグールを動員するのは勿論であるが、若き幹部のエクレスが無残な姿で発見された事に対してアリスが決して油断できない相手である事を察していたのだ。


「……アリスを始末できていれば……」


 イルジードの言葉は本心からのものである。アリスが竜神帝国を逃亡してから配下の者達を放ち息の根を止めようとしていたのだが上手くいかなかった事が大いに悔やまれていた。


「誰だ?」


 イルジードは何者かの気配を察すると魔力で剣を形成するとあらぬ方向へと視線を走らせた。


「……なるほど、手を組むに値する男というわけだな」


 虚空から若い男の声が発せられると二人の全身鎧フルプレートに身を包んだ二人の騎士が現れた。


「何者だ!?」


 イルジードの発した声は鋭く、そこには一切の恐れも含まれていない。


(強いな……)


 イルジードは二人の騎士達の力量をそう察している。


「慌てないで欲しい。レグノール選帝公」


 騎士の一人の言葉にイルジードは訝しがるような視線を向けた。


「争うつもりはない。もちろんこのような方法でレグノール選帝公に会いに来た非礼をまずは詫びよう」


 騎士はそう言うとイルジードに向かって一礼する。


「貴様らは何者だ?」


 イルジードは騎士が一礼した事に対して腰ばかり警戒を緩めた。イルジードの実力ならば騎士達の一礼は大きな隙であり、その際に斬りかかる事も可能であった。その事を目の前の騎士達が知らないはずがない。

 それを敢えて行った事に対してイルジードはこの騎士達が自分に対して敵対する意思がないという事の証拠のように思えたのだ。


「私の名はジーツィル」

「私はラウゼルだ」


 騎士達はイルジードに名乗る。


「そうか。それでは当方も名乗ろう。レグノール選帝公のイルジードだ。それで何のようだ?」


 イルジードの言葉にジーツィルが返答する。


竜神探闘ザーズヴォルに俺達を参加させて欲しい。今日はその事を告げに来た」

「どういうことだ?」


 ジーツィルの言葉に流石にイルジードは困惑した。


「選帝公を訴えている姪の仲間と私達は浅からぬ因縁があってね。仲間を殺されているし、上司から始末するように言われているが我々二人だけでは苦しい」


 ジーツィルの言葉にイルジードはニヤリと嗤う。ジーツィルの言葉はある意味イルジードにとって付け入るチャンスであるのは間違いない。


「もし、受け入れられぬと言うのであれば我々は高みの見物を決め込んでお前達の勝利を祈らせてもらうとしよう」


 そこにラウゼルが割って入ってきた。


「ほう……つまり私を利用しようというのか?」

「そちらが我らを利用しようというのならそうなる」

「つまり対等な同盟を結びたいと言う事か……」


 ラウゼルの言葉にイルジードは小さく言う。


「悪い話ではあるまい? お前は姪とその仲間が死ねばそれで良い。そしてそれは我々の目的と一致する」

「確かにな」

「どうだ手を組まないか? それがお互いにとって最も利益のある選択だ」


 ラウゼルの言葉にイルジードは再びニヤリと嗤う。


「確かに魅力的な話だな」

「だろう」

「だが断る」


 イルジードの言葉にラウゼルは理解できないという表情を浮かべた。


「なぜだ?」


 ラウゼルの言葉にイルジードは指を壁に向けると言い放った。


「お前達が信用できないからだ」


 イルジードの言葉にジーツィルとラウゼルは訝しんだ。確かに信用できないと言えばそこまでだが、イルジードが壁を指差した事が疑問であったのだ。二人はすぐに得心がいったように頷いた。

 イルジードの行動の意味を察したのだ。


「そうか……それなら仕方がないな。お主が姪達を始末してくれればこちらの手間も省けるというものだ」


 ジーツィルはそう言うと黙って懐から小さな珠を無言で放った。放られた球をイルジードは難なく手にした。


「ラウゼル卿……残念だが交渉は決裂した。もうここには用はない」

「だな」


 ジーツィルとラウゼルはそう言うと煙の様にふっと消えた。


(席を空けておかねばならんな)


 ジーツィルは小さく嗤いながらそう心の中で呟いた。

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