各陣営模様④

 アディルはアリスに連れられて面会の場まで連れ立って歩いて行く。


(あのジジイの用件は不愉快だけどアディルと一緒にいるきっかけを作ってくれた事には感謝しないとね)


 アリスは心の中でセルゲオムに対してやや皮肉めいた感謝の念を送った。


「ここね?」


 アリスが扉の横に控えている騎士に尋ねると騎士は黙って一礼する。騎士は頭を上げると扉を開けるともう一度一礼した。

 アディルとアリスは騎士に軽く頭を下げるとそのまま部屋に入った。


 部屋に入ったアディルとアリスの視界には三人の男が座っているのが目に入る。


 真ん中に座っているのは銀色の髪を短く刈り込んだ偉丈夫で年齢は40代前半と言った容姿の男性、その右隣に二十代前半の男性、左には30代前半の女性であった。

 頭部にはアリス同様に角が生えている事から間違いなく竜族であろう。また容姿もそれぞれ整っておりアリスの一族であるのは間違いないだろう。


「座れ!!」


 真ん中に座っている男性が開口一番アリスに命令する。


「これはこれは大叔父様、大叔母様、エミュレント様ご機嫌麗しゅうございます」


 男性の言葉を軽やかに無視してアリスは挑発的に挨拶を行った。


「ご機嫌が麗しゅうはず無かろう。レグノール一族の恥さらしが!!」


 アリスが大叔父と呼んだ男が苛つきを辛うじて抑えて言う。男の体から凄まじいと称しても良い威圧感が発せられるがアリスはまったく堪えた様子はない。


「随分な言いようですね」


 アリスはそう言うと三人の前に座ると自分の隣をポンポンと叩いてアディルを見た。どうやらここに座ってという意思表示のようだ。

 アディルはその仕草を見てから遠慮無く座ろうとしたところ、セルゲオムが一喝する。


「誰に断って座るつもりだ下郎!!」


 セルゲオムの恫喝は凄まじい威圧感が込められていたがアディルは構わずにアリスの隣に座ると不敵な視線をセルゲオムに向けた。


「きさ「さっさと用件を言ったらどうだ?」


 セルゲオムが再び恫喝しようとした時に先手を打ってアディルが言葉を被せてきた。かなり非礼な行為でありセルゲオムは立ち上がるとアディルの胸ぐらを掴もうと手を伸ばそうとした。


「やめとけ。ここで俺に手を出す事の意味がお前にはわからんのか?」


 アディルの言葉にセルゲオムは手をピタリと止める。


「俺はアリスとともに竜神探闘ザーズヴォルに出る。俺に手を出すと言う事はお前はイルジードの手先としてアリスの竜神探闘ザーズヴォルを邪魔するつもりで来たという事か?」


 アディルは目を細めるとセルゲオムは唇を噛んで再び座った。アディルの言わんとした事を察したのだ。竜神探闘ザーズヴォルに参加する者に危害を加える事は当然認めれていない。

 もし、危害を加えた場合はその実行者は重罰に処せられるし、指示をした者も同罪として重罰に処せられることになっているのだ。


「アディル、その変にしてあげて。大叔父様は考えが足りないからそれ以上煽ると本当に手を出してくるわ。まぁアディルなら簡単にいなせるでしょうけどね」


 そこにアリスがセルゲオムに言い放った。アリスの言葉はもはや無礼の域を超えて宣戦布告に等しいものであると言えるだろう。

 事実、アリスとすればセルゲオム達に宣戦布告をしているという思いであった。


「ア、アリスティア、貴女誰に向かってそのような無礼な口をきいているのです!!」


 そこに隣に座っている大叔母と言われた女性が食ってかかる。それをアリスはやはり余裕の表情で受け流した。


「もちろん、イルジードの手先に成り下がった長老面したそこの無能によ」


 アリスはもはや容赦するつもりはないようでセルゲオムに対して無能呼ばわりした。余りの言葉にセルゲオム一家は呆然とした表情を浮かべている。


「セルゲオム、あなたは私に幼い頃、“正義を忘れるな”とか“一族のため”というのを随分と偉そうに語ってくれたわね。それが何? 私の父と母を殺したイルジードの選帝公就任に対して何も物申すことなく傘下に下るなんて情けないわね」


 アリスの言葉にセルゲオム達は完全に言葉を失った。


「金でももらって傘下に下ったの? 大した正義だこと」

「黙れ!!」


 アリスのさらなる挑発にセルゲオムは一喝するがアリスはまったく堪えた様子はない。


「あなたがここに来た用件はわかってるわ。“一族のため”という名目で竜神探闘ザーズヴォルを取り下げるように来たのでしょうけどお断りよ」


 アリスの言葉にセルゲオム達は沈黙する。アリスに指摘された事は完全に正しかったのだ。セルゲオムは一族のためにアリスに竜神探闘ザーズヴォルを取り下げるように告げに来たのだ。


「あなた達の要望は私だけ・・に忍耐を強いるというものよ。両親を殺されてなぜ私だけが耐えなければならないの? そしてそれをどうして当然と思い込めるのか本当に不思議だわ」


 アリスから凄まじい殺気が漏れ始める。必死に押さえ込もうとしていたのだが感情が高ぶってきたことで漏れ始めたのだ。

 アリスの殺気にセルゲオム達は圧倒されていた。


(完全にアリスの独壇場だな。この大叔父とかいう貴族は明らかにアリスより格下だ)


 アディルは心の中で完全に格付けをすませていた。アリスの方が圧倒的にこのセルゲオムよりも上なのは明らかだ。エミュレントに至っては完全に空気と化している。

 アディルは感心したようにアリスを見るとその視線を受けてアリスは少し顔を綻ばせた。


「そうね……条件次第では竜神探闘ザーズヴォルを取り下げてあげても良いわ」


 アリスはそこで殺気を完全に収めると優しい声でセルゲオム達に言うとその落差にセルゲオム達は呆気にとられた。


「そ、その条件とはなんだ?」


 セルゲオムはそう言うとアリスはものすごく意地悪な表情を浮かべて言った。


「まずはイルジードの、そしてレグノール一族各家の当主とその奥方の、最後に嫡男の利き腕・・・よ」


 アリスの出した条件にセルゲオム達は呆気にとられた。無茶を通り越して荒唐無稽の域にまで達した条件であった。


(またふっかけたな。ま、これぐらいふっかけないと了解されたりしたらそれはそれで面倒だからな)


 アディルは心の中で嗤った。アリスがなぜこのような条件を提示したかをアディルは察していたのだ。


「ふざけるな!! そのような事認めるわけなかろう!!」

「そうよ。なぜ私達が首を差し出さなければならないのよ!!」

「狂ったか貴様!!」


 セルゲオム一家の烈火のような怒りは当然と言えた。その反応はアリスにとって予想の範囲内だたのだろう余裕の表情を崩すことはなかった。


「何をそこまで怒っているんですか? 首を差し出せば私は竜神探闘ザーズヴォルを取り下げると言っているのですよ。あなた方の好きな“一族のため”ですよ?」


 アリスの静かな声にセルゲオム一家はゴクリと喉をならした。アリスの静かな声に隠されたアリスの激情をこの段階でようやくセルゲオム一家は察したのだ。


「あなた方は私に一族のために忍耐を強いました。だからあなた方にも忍耐を強いたいと思ったそれだけのことです。“一族のため”に死んでください。“一族のため”なんですからどのような苦痛にも耐えられるのでしょう?」


 アリスの声には反論を許さない何かがあった。セルゲオム一家は命をかけて竜神探闘ザーズヴォルに臨んでいるアリスの覚悟を完全に見誤っていたのだ。


「どうしたんです?」


 アリスの視線は一瞬たりともセルゲオム達から離れない。真っ直ぐにセルゲオム達を見るアリスの視線に耐えれなくなったセルゲオムは視線を外した。それを見てアリスはふっと嗤う。


「あなた達の“一族のため”という言葉など所詮はその程度です。自分が苦痛に耐えるつもりがないからそのような事を主張できるのでしょうね。そういうのを卑怯と言うんですよ大叔父様」


 アリスはそう言うとセルゲオムは項垂れ、それを見てアリスは立ち上がった。


「アディル、話は終わったわ。押されたら加勢して欲しいとおもって付いてきてもらったけどこの程度なら問題無かったわ」


 アリスはそう言うとアディルもまた苦笑しつつ立ち上がった。完全勝利を収めたので、これ以上の長居は無用である。


「ま、まて……」


 セルゲオムが席を立った二人に小さい声で呼び止めた。アリスの視線は氷点の遥か下にありそれがセルゲオムに突き刺さった。


「首を差し出す決心がついたんですか?」

「う……」


 アリスが冷たく言うとセルゲオムは沈黙する。もはや完全に決着がついた以上、敗者が何を言っても意味がないのは明らかであった。


「それでは大叔父様方ご機嫌よう」


 アリスはそう言うとアディルと二人で部屋を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る