申請②

「それは陛下に対してもかな?」

「もちろんです」


 イルメスの言葉にアリスは即座に返答する。アリスの返答を聞いたときにイルメスから凄まじい威圧感が発せられた。

 その威圧感は物理的に全てを押しつぶすような恐怖を周囲に与え、イルメスの部下達である竜騎士達は表情を強張らせ、飛竜ワイバーン達もまた怯えたように首をすくめている。

 しかし、アリスだけでなくアディル達も児湯夫を表すような事はしない。むしろ、いつ戦闘になっても対処できるように全員が身構えている。

 互いに一歩も引かない睨み合いが一分ほど続いた。アリスとイルメスの視線は互いの間でぶつかり合い周囲の者達には火花が発しているように思われた程である。

 そして両者の睨み合いはイルメスの言葉によって終わった。


「そうか、それで良い」


 イルメスはそう言うとふっと表情を緩めると先程まで放っていた凄まじい威圧感が嘘のように消えた。

 意外そうな表情を浮かべたアディル達に構うことなくイルメスはアリスに優しく笑いかける。


竜神探闘ザーズヴォルは訴えた者、訴えられた者のどちらかの死によって決着がつく。文字通り命をかけるのだ。そのような戦いに臨む以上、一切の甘さを排除せねばならん」

「それでイルメス卿の試験には合格したと見て良いですか?」


 アリスの言葉にイルメスは静かに頷く。


「もちろんだ。アリスティアだけでなく仲間達もな」


 イルメスはアディル達に視線を移すと満足そうに頷いた。


「君達、アリスティアを頼む。この子は我が友の忘れ形見なのだ」

「もちろんです。俺達は必ず勝ちます」


 アディルが返答するとイルメスは顔を綻ばせた。きっぱりと言い放ったアディルの言葉に好印象を持ったのだろう。


「それではイルメス卿、皇都へ私達を送り届けていただけますか?」


 アリスの言葉にイルメスは目を細める。


「それは先程の言葉と矛盾しないか? 竜神帝国の者達を信用しないのだろう? そうなれば君達を私達が嵌める可能性があるから我々に協力を求めるのは危険という判断はないのか?」


 イルメスの言葉にアリスが傲然と嗤って返答した。


「私は竜神帝国の方々は信用しないと言いましたが、すべてを信じないと主張したつもいは一切ありませんよ。私は白竜騎士団の自分の任務に対する責任感を信用しています」

「ものは良いようだな」

「ですが事実でしょう?」


 イルメスは苦笑混じりに言うとアリスはいけしゃあしゃあと称して良いような声で言う。

 アリスの言葉は“あなた達の責任感と矜持を利用する”と宣言したのに等しいというなかなか良い根性している宣言なのだ。

 その事をこの場に居る全員が察しているがイルメスや配下の竜騎士達も悪い印象を受けたようには見えなかった。それどころか配下の竜騎士達はイルメスにここまで堂々と主張するアリスに対して一種の感動すら覚えていたのである。


「ふははははは、アリスティアやるようになったな。エランもリーリアも鼻が高かろうて」


 イルメスは楽しそうに笑い、笑いを納めるとアリスティアに続けて言う。


「白竜騎士団の名にかけて君達を無事に皇都へ送り届けることを約束しよう」


 イルメスはそう言うと部下の竜騎士を見ると竜騎士達は即座に動き出した。数人の竜騎士達が手にした槍を掲げると地面に直径二十メートル程の魔法陣が浮かび上がった。


「団長、用意が調いました」


 竜騎士の言葉にイルメスは頷くとアリスに視線を移した。


「用意が出来た。これより君達を皇都へ転移させる」

「よろしくお願いします」


 アリスは即座にそう言うと毒竜ラステマ達に視線を移すと手でこちらに来るように合図を送ると毒竜ラステマ達は駆け足でアディル達の元にやってきた。


「それじゃあ、行きましょうか」


 アリスの言葉にアディル達は頷くとそのまま魔法陣の中に入ると魔法陣が起動した。




 *  *  *


 ぐにゃりと歪んだ視界が元に戻ったとき、アディル達は別の場所に立っていた。


 等間隔で円形に並べられた十数本の柱の中心に立っており、地面には魔法陣が浮かんでいる。


「イルメス卿、早速ですが竜神探闘ザーズヴォルの申請を行いますので取り次ぎを行います」

「心得た」


 アリスの言葉にイルメスは端的に返答する。先程までの親しげな雰囲気は一切無いのは彼が任務に忠実であろうとしている心情の表れなのかも知れない。


「ついてきなさい」


 イルメスの言葉にアリスはアディル達に視線を向けて頷くと次に毒竜ラステマ達に対して冷たく言い放った。


「聞いての通りよ。私達はこれから竜神探闘ザーズヴォルの申請に行ってくるからあなた達はここにいなさい。……そうね、私達が戻ってくるまであそこの一角で待機しておきなさい」

「はい」


 アリスの言葉にロジャールが素直に呟いた。ロジャールだけでなく駒の全員がイルメスの放つ威圧感に腰砕けになりそうになっており、そこに屈しなかったアディル達に対して格の違いをまざまざと見せつけられた気持ちであったため、もはやアディル達に逆らおうなど一切考えられないレベルであったのだ。


「お待たせいたしました。イルメス卿」

「うむ」


 アリスはそうイルメスに告げると、イルメスは静かに返答し歩き出し、アディル達もそれに続いた。


「ねぇ、ここって皇都のどのへんなの?」


 エリスがアリスに尋ねるとアリスは少しばかり表情を緩ませて口を開いた。


「ここは白竜騎士団の本部よ。皇都には五つの竜騎士団が置かれててその一つよ。それぞれの竜騎士団の本部には皇城への転移陣が設置されてるから、イルメス卿はまずここに私達を連れてきたという訳よ」

「なるほどね。さすがにその辺りは抜かりはないわけね」

「まぁ大帝国の皇都だしね」


 アリスとエリスの二人の話を耳にしながら全員がイルメスに付き従って行く。本部の建物の中に入り、しばらくすすむと一つの扉の前に到着した。二人の竜騎士がその扉の前に立っており明らかに重要施設という印象を受ける。


「入りなさい」


 竜騎士の敬礼を受けてイルメスが扉を開けるとそこには部屋の中心に直径五メートルほどの魔法陣が浮かび上がっていた。

 今までの話の流れからこれが皇城に繋がっている魔法陣であろう。


「それでは魔法陣の中に入りなさい」

「はい」


 イルメスの言葉に従ってアディル達は魔法陣の中に立つと魔法陣が起動した。



 

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