三つ巴戦⑨
アリスは初動をまったく読ませることなくエクレスの懐に跳び込んでいく。ほぼ一瞬で間合いを潰したアリスはエクレスの腹部に斬撃を放った。
エクレスは何とかエクレスは後ろに跳んで躱した。しかし、躱したとは言えアリスの鋭い踏み込みと斬撃にエクレスの背中に冷たい汗が流れた。
「よく躱したわね。でも反撃までは出来ないか……」
アリスは艶やかに嗤う。圧倒的な強者の風格がその顔には浮かんでおり、エクレスとしてはそれが限りなく不快であった。
「舐めるな!!」
アリスの態度を振り払うようにエクレスは叫ぶ。だがそれはエクレス自身がアリスに押されていると言う事を本能的に認めた故かも知れない。
エクレスは腰に差した剣を逆手に持つとそのままアリスに斬りかかった。
エクレスの速度は尋常ではない。並の使い手であれば反応も出来ずに命を刈り取られた事であろう。
だが、アリスはまったく動じることなくエクレスの動きを見切るとエクレスの必殺の斬撃を躱した。放たれた斬撃はアリスの喉を斬り裂こうとしたものであったがアリスはスルリと斬撃の軌道から避けるとエクレスの斬撃を空を斬らせることに成功したのだ。
エクレスは第一撃を躱されたが続けて第二撃、第三撃を放った。第一撃で放った喉への斬撃を返す刀でアリスの顔面へ第二撃を放ち、それを躱されると今度は第三撃をアリスの右太股に放った。
上下への間断無い攻撃に対処するのは難しい。エクレスは自分の剣を持つ手に肉が斬り裂かれる感触を得るものと思っていたのだがその感触を感じる事は無かった。その理由はもちろんアリスが驚異的な身体能力でエクレスの三連撃を躱したからだ。
「なかなかやるわね。頭部に意識を集中させて足を狙う。上下の振り分けに対処するのは容易じゃないから大抵ならそれで勝負を決することが出来るわよね」
アリスの言葉にエクレスの眉が跳ね上がる。エクレスは自分が闘争に身を置き、のし上がってきた事に誇りを持っていた。そこにアリスのような令嬢に上から目線で評されるなど彼の矜持が許さなかったのだ。
「でも、そこが限界よね」
「何?」
「わからない? 私の中であなたはもう格付けが済んでいるのよ」
「格付けだと?」
「こういうことよ……」
アリスは言い終わると同時にエクレスに斬りかかった。先程よりも鋭く、速く、そして何より静かであった。
アリスは言葉を使う事でエクレスの意識をアリスとの会話に向けさせたのだ。会話に意識を向かされていたエクレスは一瞬アリスの動きに対処するのが遅れてしまった。もし、これが凡百の戦闘力しかもたないというのならば十分に対処する事が出来たであろう。しかし、アリスの動きは凡百の者とは程遠いところにあった。
アリスはほぼ一瞬でエクレスの間合いに跳び込んできた。その速度はエクレスの動きを遥かに凌駕したものである。
エクレスはアリスの右手に握られている竜剣ヴェルレムに意識を向ける。これはエクレスに限らず誰しも相手の武器に意識が奪われるのは当然である。しかし、アリスはここでエクレスの想像を超える行動に出た。
アリスは剣ではなく左手の籠手であるヴィグレムによる打撃を行ったのだ。最短距離で走る拳撃をエクレスは躱すことが出来なかった。
「ぐ……」
アリスが放った拳は重さよりも速さを重視したものである。そのためエクレスのダメージはそれほど深刻なものではなかった。もちろんアリスが重さよりも速さを重視したのには理由がある。
アリスの本命は次の一手であったのだ。アリスは拳を引くのではなくそのままエクレスの右耳を鷲づかみにした。耳を掴まれるというのは実戦において致命的な悪手である。
なぜなら耳を引っ張るだけで痛みから逃れるためにそちらの方に本能的に体をそちらの方へ向けるために相手に良いように操られてしまうからだ。
アリスはエクレスの耳を引っ張るとエクレスの
「がは」
今度は速さではなく重さ重視の打撃であり、エクレスの顎はアリスの放った打撃により砕け、血が吐き出された。
アリスはそのまま掴んでいた耳を離すと竜剣ヴェルレムを振り下ろした。振り下ろしたヴェルレムはそのままエクレスの左肩から入り心臓を両断するとエクレスはそのまま斃れこんだ。
数秒の荒い息と血の塊を口から吐き出すとエクレスはそのまま動かなくなった。アリスはエクレスから視線を外すことなく後ろに跳び間合いをとるとようやくエクレスから視線を外した。
「ふぅ……」
動かなくなったエクレスから視線を外した先には仲間達の戦いの結果がアリスの目に入る。
敵を斃したという喜びよりも生き残ったという安堵の方が大きかったのは事実である。しかも、アディル達のみならず駒の損傷も皆無であったのは幸運であったと言えるだろう。
「やったわね」
ヴェルがアリスに声をかけるとアリスは顔を綻ばせる。アリスにとって
「
アディルの言葉にアリスは頷く。
「ええ、一年
アリスの言葉にアディル達は頷く。アリスの言葉の一年前という言葉はアリスの自信の現れであるようにアディル達には感じられた。実際にアリスがアディル達と出会った頃より遥かに強くなっているのは確実である。
「なるほど、一年前という事は現在は後れを取るつもりは無いと言う事か」
アディルの言葉は疑問形ではなく確定した事実を確認するかのようである。それがアリスの実力をアディルが高く評価している証拠と言える。アリスもそれを察したのだろう直接返答する事無くニッコリと笑った。
「それじゃあ、出発しようか」
「そうだな。これ以上ここに留まっていても仕方がないな」
アディルとシュレイの言葉に全員が頷くことで同意すると、アディルは馬車を引く式神の馬に思念を送るとアディル達の方に歩き出した。それに伴い
「ん? みんなあれ」
エリスが空を指差して言うと全員がエリスの指差した方向に目をやると五体の
「竜騎士……しかも、“白”……」
アリスが
「みんな、ついてるわよ。手間が省けるわ」
アリスはそう言うとニッコリと笑った。
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