三つ巴戦⑧

「さ~て、あいつは私にやらせてもらうわよ」


 アリスがヴェルレムの鋒をエクレスに向けて堂々と言い放った。


「う~ん……大物を斃せばアディルへの“役に立ちます”アピールになるのは間違いないわね」


 そこにベアトリスが即座に言う。


「な、何言ってるのよ。私はそんな不純な動機であいつを斬ると言ったわけじゃないわよ!!」


 ベアトリスの言葉を受けてアリスがやや上ずった言葉で返答する。そのような事を思ってなかったのにベアトリスの言葉によって、つい意識してしまったのだ。


「ふふふ、良いのよ。私達も考える事は一緒だもん。まぁここはアリスに任せて私達は他の雑魚共を斃す事に専念しましょう」


 ベアトリスはアリスの抗議をさらりと聞き流した。


「話を聞け~~~!!」


 アリスの絶叫が放たれるがベアトリスだけでなくエスティル、ヴェル、エリスの三人も苦笑を浮かべてアリスの抗議を聞き流した。

 この辺りのやり取りはアリス達にとっては楽しいものであるが当然ながら闇の竜人イベルドラグールにして見れば愉快なものではないだろう。


「我らをどこまでも愚弄するつもりだ?」


 アリス達の会話に対してエクレスは不快気な声をアリスに向ける。


 エクレスは若くして闇の竜人イベルドラグールの幹部に名を連ねており、これまでどのような戦いにおいても相手からこれほど舐められた態度を取られた事などなかった。そのため、その不快感はアリス達が想定していたよりも遥かに高いのだ。


(どうやら上手くいったわね)


 ベアトリスは心の中でほくそ笑んだ。ベアトリスがアリスに茶化すように言葉をかけたのは、エクレスへの挑発が目的である。アリス自身もエクレスへの挑発を行っていたが、それに違う味付けをしたのがベアトリスである。

 アリスもそのベアトリスの味付けに戸惑ってしまった事が、エクレスへの挑発にさらに効果を高めていたのだ。

 エクレスとしても戦いの挑発に色恋沙汰が入るなど経験が無かったためにさらに侮辱された気がしたのである。


(ベアトリスの言葉は最初戸惑ったけど結果的に効果があったわね)


 アリスもベアトリスの言葉に対して戸惑ったもののすぐに挑発である事を察してそれに乗っかったのだ。


「それじゃあ、みんなには悪いけど当初・・の予定通りに私があいつを始末するからみんなは後の連中を頼むわね」


 アリスの言葉に全員が頷くとすぐさま全員が行動に移した。


 エスティルとベアトリスの操る黒の貴婦人エルメト闇の竜人イベルドラグールに襲いかかる。すでに幾人ものメンバーを失っている闇の竜人イベルドラグールにとって油断するような事は一切しない。

 もし、この状況で油断などすれば逆にアリス達は闇の竜人イベルドラグールの愚かさに憐れみを感じるレベルであろう。


 カシャン、カシャン……


 ベアトリスの操る黒の貴婦人エルメトの両腕からそれぞれ仕込まれていた剣が飛び出すとそのまま闇の竜人イベルドラグールに斬りかかった。


 黒の貴婦人エルメト闇の竜人イベルドラグールを四体まとめて相手取っており、まったくひけをとっていない。それどころか四体を相手取って優勢に戦いを進めていぐらいである。

 ベアトリスの傀儡術が優れているというのはもちろんであるが、闇の竜人イベルドラグール達は、ヴェルの薙刀がいつ来るかという恐怖があり、完全にヴェルから意識を外すことが出来ないのだ。

 逆に言えばそれだけヴェルの薙刀術で仲間がいきなり斬り伏せられた事は闇の竜人イベルドラグールにとって衝撃であったのだ。


 それに加えてエスティルの剣術は闇の竜人イベルドラグールを確実に上回っており、数合剣戟を行うとそのままエスティルの魔剣ヴォルディスに致命的な斬撃を浴びせられ次々と斃れていった。

 エスティルの戦闘力は元々低いものではないというよりも一流のものであったのは間違いない。だが、アディルと出会って鬼衛流きのえりゅうの身体操作だけでなく、独特の気の操作法を知った事でその実力は開花したと言っても良いだろう。

 エスティルは自分のもっている技術と他系統の技術を結びつける事が非常に上手いために、その実力はアディル達と出会った時より遥かに伸びている。


(くそ……なんなんだこいつら、人間や魔族がどうしてここまで強い?)


「そんなに不思議?」


 エクレスが自分達の部下が次々とやられていく様子を見ながらゴクリと喉をならしているとアリスが声をかけてくる。その声には明らかにエクレスへの呆れの感情がふんだんに含まれている。


「竜族は確かに種族的には強者の部類に入るだろうけど相対的なものでしかないわよ。その程度の事に気づいていないなんて惨めなものね」


 アリスの挑発にエクレスは忌々しげな表情を浮かべつつ口を開いた。


「ふん、貴様ごときが随分と偉そうに吠えてくれるな。まぁ、あの二人の子であるお前では仕方がないだろうがな」


 エクレスはここまでやられっぱなしである事に屈辱を感じており、アリスの両親を侮辱する事でアリスの激高を誘ったのだ。ところがアリスはまったくエクレスの挑発に心を動かされた様子はない。それどころか心底失望したという目をエクレスに向けた。


「その程度なの?」

「何だと?」


 アリスの言葉にエクレスは訝しんだ。両親を侮辱するという挑発を行ったエクレスに対するアリスの反応が淡泊すぎる事はエクレスの想定していたものでは無かったのだ。


「くだらない挑発ね。確かにあなた如きに私の両親を侮辱するのは屈辱だけど、この状況で冷静さを失うような事はしないわよ。私あなたのような三流じゃないもの」

「な……」

「あなたは私が挑発した時に黙って斬りかかってくれば良かったのよ。そうすればすぐ楽にしてあげたというのにね」


 アリスが一歩踏み出した瞬間にエクレスの背中にゾワリとした感覚が走った。もちろんエクレスはそれを顔に出したりはしなかったが、アリスはすべてお見通しと言わんばかりにニヤリと嗤った。


(勝負あり……ね)


 アリスは心の中でエクレスをそう断じた。アリスはエクレスが自分に対して確実に呑まれている事を察知しているために、心の中で格付けをして格下にカテゴライズしたのだ。


(でも早めに決めた方が良さそうね)


 アリスは現段階でエクレスを格下としているが、それはあくまで現在の状況による格付けである。後日、闘技場などで改めて対峙した時は違う格付けになる事をアリスは察していた。

 もちろん、その状況でもアリスはエクレスに対して後れをとるつもりは一切ないのだが今なら勝率が高いのだ。


 アリスは勝機を感じるとエクレスに斬りかかった。


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