三つ巴戦⑥

 ヴェルの薙刀が振るわれ、闇の竜人イベルドラグールの一体が頭頂部から両断されると血を撒き散らしながら斃れ込んだ。その表情には明らかに自分がどのようにやられたかを理解していない驚愕の表情が浮かんでいる。


「な……」


 突然に仲間が頭頂部から両断された事に隣に立っていた仲間の動きが止まり、意識がそちらに持っていかれた。


(もう一体……いけるわね!!)


 ヴェルはその隙を見逃さず薙刀を横に振るった。ヴェルの薙刀は闇の竜人イベルドラグールの喉を斬り裂いた。喉を斬り裂かれた竜族は鮮血を撒き散らしながら締めに斃れる。

 ピクリとも動かない所を見るとすでに絶命しているのだろう。


 ヴェルの薙刀術はここに来て飛躍的な進化を遂げているのは間違いない。日々の研鑽に加えて初見ではまず見切ることの出来ない。

 元々薙刀は間合いが長い武器であるが、そこからさらに柄が伸びるというのはほとんどのものは想定していない。そのためヴェルの薙刀は振るった瞬間に凄まじい速度で伸縮するために見切るのは非常に難しいために初見ではほとんど決まる。しかも、ヴェルの場合は基礎的な薙刀術も一気に上がっているために、ヴェルの薙刀の間合いが自由自在であると相手に知られても何の問題もない。むしろ知られた方がやりづらさは一気に増すという結果になってしまうのだ。


「気を付けろ!! こいつは振るう際に柄を伸ばしている!!」


 闇の竜人イベルドラグールの指揮官であるエクレスが叫ぶ。


(なるほど雑魚じゃないのは確かね)


 ヴェルはエクレスが一目でからくりを見抜いた事にエクレスの評価を少しばかり上方修正した。ここまであっさりとアディル達の口車に乗せられて黒衣の剣士達と殺し合ったために評価は高いわけではなかったのだ。


 闇の竜人イベルドラグールにはベアトリス、エスティル、アリスが襲いかかっている。

 ヴェルが先制攻撃を行い二体の闇の竜人イベルドラグールを斬り伏せた事は闇の竜人イベルドラグールにとってやはり軽い衝撃ではなかった。


 その間隙を突いてベアトリスの黒の貴婦人エルメトが滑るように闇の竜人イベルドラグールに襲いかかった。意識をヴェルの薙刀に向けていたためにその対処に一瞬であるが遅れてしまったのだ。

 黒の貴婦人エルメトは両手首に仕込んでいた剣で闇の竜人イベルドラグールの一体の喉をすれ違い様に斬り裂く。喉を斬り裂かれた闇の竜人イベルドラグールは倒れ込み、ピクリとも動かない所を見ると絶命したようでった。

 ベアトリスはすでに倒れ込んだ闇の竜人イベルドラグールにはもはや興味を示す事無く、次の相手に向かう。

 黒の貴婦人エルメトは左手を掲げるとそのまま左手を放つと闇の竜人イベルドラグールの顔面を鷲づかみにした。

 放たれた左手はワイヤーで繋がっており急速に巻き戻されるとそのまま闇の竜人イベルドラグールを引き摺ると腕に仕込まれている剣が闇の竜人イベルドラグールの喉を刺し貫いた。


「が……」


 喉を刺し貫かれた闇の竜人イベルドラグールはビクンビクンと数回痙攣を始めている間にガクリと力尽きその場に倒れ込んだ。腕に仕込まれていた剣が腕に納剣された事で自由になったのだ。

 まぁ自由になったとはいってもそれは重力によって倒れ伏すという選択肢以外はなかったのだが。


(すごいわね……ベアトリス)


 エスティルはベアトリスの傀儡術を横目に見ながら、心の中で称賛する。黒の貴婦人エルメトには多彩な仕掛けが組み込まれておりそれをベアトリスは最適な方法で使用しているのだ。その腕前はエスティルをして自然に称賛させるものであった。


 そのエスティルも闇の竜人イベルドラグールを容赦なく斬り伏せており、すでに四体の闇の竜人イベルドラグールが血泥に沈んでいる。


 アリスもまた闇の竜人イベルドラグールを斬り伏せながらエクレスに向かっていった。


 *  *  *


 ヴェル達が闇の竜人イベルドラグールに襲いかかっている中で、黒衣の剣士達には別の不幸が襲いかかろうとしていた。


 アンジェリナの魔術である火炎奔流フレイムトォーレントが黒衣の剣士達に向けて放たれると一体の黒衣の剣士に炎の奔流が直撃した。アンジェリナは自分達が踊らされた事に気づいた一瞬の自失をしていた者に狙いをつけており、一番自失から立ち直るのが遅そうなものを狙ったのだ。

 しかも、運の良いことにその黒衣の剣士の周囲には比較的近い位置に黒衣の剣士だけでなく闇の竜人イベルドラグールも数体居たのだ。

 

 直撃を何とか避けた黒衣の剣士、闇の竜人イベルドラグールも無傷というわけにはいかなかった。アンジェリナの火炎奔流フレイムトォーレントの威力は凄まじく余波であっても相当なダメージを負わせる事に成功した。


「く……」


 アンジェリナの火炎奔流フレイムトォーレントの余波で左半身を灼かれた黒衣の剣士の一体が忌々しげな声を発した。


「水剋火、水気を持って火気を剋す!!」


 そこにアディルが水気を纏ってアンジェリナの炎を突っ切って黒衣の剣士に斬りかかってきた。アディルの水気により相殺され炎の中を突っ切ってきたアディルに黒衣の剣士は完全に虚を衝かれた形となってしまった。

 アディルは黒衣の剣士の間合いに入ると同時に天尽あまつきを降るって黒衣の剣士の喉を容赦なく斬り裂いた。アディルに斬り裂かれた黒衣の剣士の首は皮一枚残しただけでありかろうじて飛ばなかったのだ。

 倒れる黒衣の剣士に目もくれずにアディルは次の相手に狙いを定める。


(次はあいつか……)


 アディルはたまたま・・・・隣に立っていた闇の竜人イベルドラグールに狙いを定めると両太股に向けて斬撃を見舞うとスッパリと斬り裂かれた両太股から鮮血が舞い、闇の竜人イベルドラグールの視線はアディルではなく自らの太股へ向かった。


「じゃあな」


 アディルは返す刀で|闇の竜人の首を刎ね飛ばした。首が飛ばされた闇の竜人イベルドラグールの体は傷口から血を噴き出させていたのだが、数秒後には糸の切れた人形のように倒れ込んだ。


(よし、やつらは混乱からまだ立ち直っていない。そっちから潰すか)


 アディルが新たな敵に狙いを定めるために視線を動かすと、一体の黒衣の剣士をシュレイが斬り伏せるのが見えた。


 シュレイもまた混乱から立ち直る前の者に狙いを定めると上段から剣を振り下ろした。黒衣の剣士は不意を衝かれた事もあったのだが何とかシュレイの上段斬りを受け止める事に成功した。

 しかし、シュレイはそのまま剣に魔力を込め、全身の力を使って黒衣の剣士をその力で圧倒した。黒衣の剣士は腕の力のみでシュレイの剣を受け止めていたが、シュレの方は全身の力だ。

 シュレイの剣は黒衣の剣士の剣を断ちきるとそのまま頭部を両断した。シュレイもまたアディルから体の使い方を教わっており、自らの剣術に鬼衛流きのえりゅうを組み込んでおり、それが実戦でも活かされつつあったのだ。


(シュレイは鬼衛流うちの身体操作を身につけているし、それを自分の今までの業と融合させている)


 アディルはシュレイの進化を心の中で称賛していた。シュレイもまたアディル達に追いつくために日々の研鑽を欠かすような事はしないのだ。


「おのれぇぇぇ!!」


 一体の黒衣の剣士がアディルに突きを放ってきた。自失から立ち直ったかのように見えるが体の動きがバラバラで隙だらけであり、動揺から立ち直っているわけではない事をアディルは即座に見抜いた。

 アディルは黒衣の剣士の突きを紙一重で躱すと同時に黒衣の剣士に対し歩を進めるとそのまますれ違い様に黒衣の剣士の脇腹を斬り裂き、返す刀で黒衣の剣士の延髄に刃を振り下ろした。

 延髄を斬り裂かれた黒衣の剣士は鮮血を撒き散らしながら膝から力が抜けるとそのまま倒れ込んだ。


(あと……三体か)


 アディルは黒衣の剣士を見てニヤリと嗤った。


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