三つ巴戦⑤

 “援軍”というアディルの言葉に黒衣の剣士達は鋭い視線を森からやってくる闇の竜人イベルドラグール達に向けた。


「ようやくやって来てくれたわね。レグノール家からの援軍が」


 アディルの言葉の意図を察したアリスが自分にかけた幻術を解く。するとアリスが竜族である証である頭部の角が現れた。闇の竜人イベルドラグール達の頭部にもアリス同様の角があるのを黒衣の剣士達は見た。


「く……」


 黒衣の剣士達の中から事態の変化に対する忌々しげな声が漏れる。アリスと闇の竜人イベルドラグール達が同種族である事がアディルの言葉に信憑性を与えていたのだ。


「これはアリスティア

「よく来たわね。エクレス」

「私の事をご存じでしたか?」

「ええ、闇の竜人イベルドラグールの若き幹部を知らないわけないわよ。しかし、あなたが来るなんて私も相当な大物のようね」

「それはそうでしょうね。あなたは先代の只一人の御令嬢なのですからね」


 アディル達の前に現れたエクレスと呼ばれた闇の竜人イベルドラグールの指揮官らしき男にアリスは親しげに問いかけた。

 エクレスにすればアリスに対して丁寧な口調で話すのは嫌味、嘲りの意味合いが強かったのだろうが、明らかに悪手であった。

 黒衣の剣士達に闇の竜人イベルドラグール達がアディル達を救いに来たと言う嘘に信憑性を与えてしまったのだ。


「ふふふ、でもここにいる剣士達がいる限り、そう簡単にあなた達の任務は完遂できないんじゃないかしら?」


 アリスは艶やかに嗤う。アリスの嗤いはエクレスに対しては黒衣の剣士達が自分達の障害となり、黒衣の剣士達もエクレス達がアディル達の援軍と認識したのだ。


「ふ……アリスティア様は我らを甘く見すぎていますな。この程度の奴等は何の障害にもなりませぬぞ」

「舐めるなよ下郎が……」


 エクレスの言葉に黒衣の剣士の中から敵愾心がふんだんに盛り込まれた言葉が発せられると両陣営の間の空気は一気に緊張感を増した。


(あれま……こいつらって単純だな。いかにアリスが絶妙のタイミングで合いの手をいれたとは言ってもここまであっさりと欺されるなんてアホじゃないかろうか)


 アディルは笑い出しそうになるのを表面に出す事はせずに、援軍が来た事に対する安堵感を演出している。ちらりと視線を仲間に動かすと仲間達も同様の表情と雰囲気を出している。

 どうやら全員が両陣営を共食いさせようとしている事を即座に察したのだ。チームにおいて価値観の共有というのはチームにおいて非常に大切であり、確認しなくてもそれぞれ行動する事が出来るのだ。

 ちなみにアマテラスの場合は“利用できるものは何でも利用する”というものがあり、その価値観に従って導き出したに過ぎない。


「あの魔物達もそろそろ行動開始か」


 アディルがそう言うと何体かの闇の竜人イベルドラグールが陣形を整えていた魔物達に視線を移した。

 そして、その瞬間に黒衣の剣士達が闇の竜人イベルドラグールに斬りかかった。アディルの言葉に反応した闇の竜人イベルドラグールの数人が視線を魔物に移すという隙を見せたのがその引き金となったのだ。


 黒衣の剣士達が斬りかかった事で闇の竜人イベルドラグールの方も当然ながら応戦する。静から動への急激な変化でありすぐに苛烈な戦いが展開された。


「俺達は魔物の方をやるぞ!!」

『了解!!』


 アディルの言葉に仲間達は声を揃えてアディルの言葉に応える。せっかく黒衣の剣士達と闇の竜人イベルドラグールがつぶし合ってくれるのだからアディル達とすれば邪魔をするつもりは一切無い。


 アディルは地面に天尽あまつきを突き刺すと、五竜天破ごりゅうてんぱを放った。もはや四度目の五竜天破ごりゅうてんぱであり結果は決まっていた。アディルの放った五匹の竜は魔物達を蹴散らしながら門に直撃し門は粉々に砕け散った。

 アディルの放った五竜天破ごりゅうてんぱの威力と門が砕け散った事で生き残った魔物達は後ずさりを始め、そのまま逃亡を始めた。この辺りの状況判断力は生物の本能に従った方が助かる可能性が高いのは当然であった。

 

「よし。あとはあいつらを始末すれば終わりだな」


 アディルの言葉を受けてアリスが頷く。


「ええ、“敵の敵は味方”ってやつね。本当に都合良く踊ってくれるわ」

「まぁこの場合は両方敵だからな。“敵の敵は”と言った所だな」


 アリスの言葉にアディルが苦笑混じりに言うと他のメンバー達も納得したように苦笑を浮かべて頷いた。

 まさしくアディルの言う通り、黒衣の剣士と闇の竜人イベルドラグールはアディル達の口八丁によりアディル達のを斃すために駒となって殺し合っているのだ。


「あくどいわね」

「そんなに褒めるなよ。俺とすればこんな簡単にかかるとは思ってなかったんだよ」

「まぁ、その事に対しては私も同感ね。こんなに単純な奴等だったのかしら」


 アリスの表情は苦笑を通り越して呆れていた。


「でもそろそろ気づくだろどっちをやるんだ?」


 そこにシュレイがアディルに尋ねるとアディルはニヤリと嗤って言い放った。


「そりゃ、もちろんどっちともだ。互い消耗した所で一気に叩いてしまおう」

「わかった」


 アディルの言葉の意図を察したメンバー達はそれぞれ攻撃準備に入る。


 そして黒衣の剣士と闇の竜人イベルドラグールの一体ずつが斬り合いから一旦距離をとった者達がおり、それぞれがアディル達に一瞬だけちらりと視線を走らせた。


(ここまでだな)


 アディル達は両者が争うのはそんなに長い時間でない事は察していた。お互いにアディルの仲間であると考えていたからこそ殺し合っているのだからそれが嘘をわかれば両陣営の怒りはアディル達に向かってくるというのは自明の理だ。


 ちらりとアディル達を見た黒衣の剣士、闇の竜人イベルドラグールがそれぞれ、アディル達に襲いかかってきたのはその直後であった。

 アディルは天尽あまつきを逆手に持つと襲いかかる黒衣の剣士、闇の竜人イベルドラグールに向かって歩を進めた。

 間合いに入った瞬間にアディルは逆手に持った天尽を振るう。天尽の鋒が地面に突き刺さるとそのまま鋒が光を生じた。

 黒衣の剣士、闇の竜人イベルドラグールの二体は咄嗟に身構える。アディルの行動に危険なもの、いや生命の危機を本能的に察したのだ。

 だがその自分の身を守るための咄嗟の行動も無意味であった。


「てぇい!!」


 アディルは気合いを込めた声と同時に天尽を振るう。


 ドゴォォォォォォ!!


 その時、天尽の鋒から爆風が生じ二体をまとめて吹き飛ばした。吹き飛ばされた二体は空中で両断され、上半身と下半身を分断されたまま地面に落ちる。

 闇の竜人イベルドラグールは目を開けたままピクリとも動かない所を見ると空中に落ちた時にはすでに絶命していたのだろう。

 黒衣の剣士は地面に落ちるとボロボロと塵となって消滅していく。


「な……」

「貴様ら……」


 アディルがまとめて黒衣の剣士、闇の竜人イベルドラグールを斬り伏せた事により、それぞれがアディル達の口八丁にのせられて殺し合いをさせられた事を察した。

 一瞬の自失、しかし怒りが爆発するよりも早くアディル達は両陣営に襲いかかったのだ。


 ヴェルが薙刀を振るい、アンジェリナが火炎奔流フレイムトォーレント、次いでベアトリスが黒の貴婦人エルメトを走らせ、エスティル、アリス、シュレイもそれに続いた。


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