三つ巴戦④

「アディル、さっきの術もう一回放てる?」


 アリスの言葉にアディルは即座に頷くと天尽あまつきを地面に突き刺し先程同様に五つの魔法陣が浮かび上がった。


「みんな、さっきのをもう一度やるから魔法陣から離れてくれ」


 アディルの言葉に従い全員が即座に魔法陣から離れた。先程同様に魔法陣から離れたのを確認したアディルは五竜天破ごりゅうてんぱを放った。

 魔法陣から五つの竜が現れるとアディル達から一番近い位置に顕現した門に向かって飛んだ。門からはすでにゴブリン、オーガなどの魔物が現れ始めていたがそこにアディルの放った五竜天破が飛来し、一気に肉片と化し周囲にばらまかれた。

 魔物達を蹴散らした五匹の竜はそのまま門を破壊し、転移門は閉じる。


「よし!!」


 エリスが喜びの声を上げると同時にアディルは再び魔法陣を起動し再び五竜天破を放った。一つ目の門同様に門から現れた魔物達を肉片へと変えてそのまま門を破壊する。

 たまたま竜の進行方向から外れていた運の良い魔物達は一気に混乱が広がっていく。魔物達にしてみればいきなり敵中に孤立したようなものだ。動揺しない方がおかしいというものであろう。


「これでラスト!!」


 アディルはそう言うと最後に残った門を破壊するために再び天尽を地面に差したその時、アディルの背後に突然現れた黒衣の剣士がアディルに斬撃を放ったのだ。


「アディル!!」

「危ない!!」

「後ろ!!」


 アディルの危機を察したヴェル、エスティル、アリスが咄嗟に叫ぶとアディルは確認する事無く前に跳び黒衣の剣士の斬撃を間一髪で躱すことに成功する。すぐさま自分を襲った黒衣の剣士に視線を向けた時にアディルは叫んだ。


「危ない!!」


 アディルの言葉に全員がそれぞれの反応を示す。しかし、反応は様々であるが共通している事は命を散らさないために行動したと言う事である。

 エスティル、アリス、シュレイは背後からの斬撃を受け止め、ベアトリス、ヴェル、アンジェリナはアディル同様に前に跳んで斬撃を躱した。


 そしてエリスは……


「ぐはぁぁぁぁ!!」


 エリスを襲った黒衣の剣士はエリスの背から現れた巨腕により斬撃を防がれ、もう片方の巨腕により殴り飛ばしていたのだ。殴り飛ばされた黒衣の剣士は五メートル程の距離を吹き飛ぶと地面を転がったがすぐさま立ち上がった。


 エリスは戦闘要員ではないため、背後を取られた時などの備えのために自分の服に術式を組み込んでいた。以前は自分の意思で起動していたのだが、エリスは危機的状況においては自動で発動するように術式を組んでいたのである。

 これはエリスに危害を加えることは非常に困難である事を意味する。


「なるほど、門は囮だったか」

「どうやらそのようね。アディルが門を破壊するのを見ての作戦ね」

「ああ、三つ門が発生した時に気づけば良かったな。同じやつを三つも発生させればさっきと同じ結果になるはずなのに敢えて行ったと言う事はそちらに俺達の意識を向けさせるためだったというわけだな」


 アディルの声には相手を称賛するような響きがある。実際にアディルは意識を別に向けさせて攻撃するという戦法を多用している。そのために同じような戦法をとった黒衣の剣士達に対して一定の敬意をもつのは不思議な事ではない。


「何感心してんのよ。状況分かってんの!?」


 アンジェリナが叫ぶと黒衣の剣士がアンジェリナに斬りかかってくる。アンジェリナは即座に魔矢マジックアローを放ち牽制する。それを皮切りに再びアディル達アマテラスと黒衣の剣士達の戦いが再開された。


 ただし、アディル達の戦闘の目的はここで黒衣の騎士達を討ち取ると言うよりも陣形を整えるのがその目的である。


 短いが苛烈な剣戟が行われるとアディル達は陣形を整えることが出来た。アディル、エスティル、アリスが前衛に、シュレイ、ベアトリス、ヴェルが中衛、エリスとアンジェリナが後衛という風にである。


「お前達は下がっていろ!!」


 アディルは毒竜ラステマ達に向かって声を張り上げると命令を受けた毒竜ラステマ達はそのまま立ち止まった。

 毒竜ラステマ達がこの黒衣の剣士達と戦えば少なくとも半数は屍をさらすことになると思った事によるアディルの指示であった。


「はぁ、あっちも陣形を整え始めたわね」


 ヴェルが忌々しげに呟く。ヴェルの視線の先には先程破壊し損ねた門があり、そこからゴブリン、オーガ、トロルなどの魔物が陣形を整えているのが目に入っていたのだ。


「いやいやこいつは困ったな。竜神探闘ザーズウォルのために戦力を消耗させるわけにはいかんのだがな」


 アディルのぼやきにも近い心情の吐露に他のメンバー達は苦笑を浮かべた。声の調子にまったく悲壮感が含まれていないから、まったく追い詰められている印象はないのだ。


「お前全然悲壮感がないな」


 シュレイの言葉にアディルもまた、嘲るような表情を黒衣の剣士達に向けると言い放った。


「そりゃ、せっかくの初手で俺達を分断して都合の良い状況を作り出しておいて、その優位をすぐに失ったマヌケが相手だ。負けようも無いのに悲壮感なんかもつわけ無いだろ」


 アディルの言葉に黒衣の剣士達から僅かばかり怒りの気配が立ち上がった。あからさまな挑発である事はわかってるのだが、アディルの挑発の内容がまったく的外れではないのがさらに怒りを増幅させたのだ。


「あ、そうそう。ところでさお前達は何者なんだ? 見当はついているが一応確認しようと思ってな」


 アディルの人を食ったような問いかけに黒衣の剣士達は沈黙を守る。


「ジーツィルの教育が行き届いているようだな。そういえば、昨日斃したアホもお前達の仲間か? 確か名前は……なんだっけ?」


 アディルがメンバー達に向け先日斃したマルトスの事を尋ねる。もちろんアディルはマルトスの名を忘れていなかったのだが、そこは挑発に使えるとの判断によっての事である。


「さぁ?」

「何だったっけ?」

「そもそも名乗った?」

「名乗ったじゃない。まぁ興味なかったから誰かが覚えてるだろうと思って私は覚えなかったわ」


 アマテラス結成からのメンバーであるヴェル達四人は流石にアディルのこの言葉が挑発であると察していたために即座に乗っかってきた。


「兄さん、覚えてますか?」

「え~と……マルス? ……だったような気がする」


 シュレイとアンジェリナも一呼吸遅れて挑発である事に気づくと乗っかってくる。


「どうでも良いじゃない。あんな雑魚なんて正直私の出番がなかったぐらいだから三下だったわけでしょ」

「まぁそれもそうだな。済まなかったなつまらんこと聞いてしまった」


 ベアトリスの“三下”という言葉はどうやら黒衣の剣士達にとって怒りを爆発させる火種となったようである。ベアトリスもまたマルトスの事を三下という断ずることで黒衣の剣士達を挑発することに参加したのである。


「おのれ、言わせておけば!!」

「マルトス様の仇を討たせてもらうぞ!!」


 黒衣の剣士達は怒りの声とさっきをアディル達に叩きつけてきた。その黒衣の剣士達の殺気を受けるがアディル達はまったく慌てることはない。

 そして、アディルは余裕の表情で森の方向に指差しながら黒衣の剣士達に言い放った。


「お、援軍が来たぞ」


 アディルの言葉に黒衣の剣士達は森の方向に視線を動かすと、黒装束の竜族達がこちらに向かってきているのが見えた。


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