閑話:憂鬱
「はぁ……」
少女は物憂げにため息を吐き出す。金色の髪に碧い瞳、白磁の肌にすべてが絶妙のバランスで配置された目鼻口と一度見たら忘れられないような美少女である。しかし、頭部に二本の角が生えており、それが彼女が人間でない事を知らしめている。
彼女の年齢は十四歳ほどであり、あと数年もすれば間違いなく社交界でもてはやされるであろう事は疑いない。
「アリスお姉様……」
少女は悲しそうに呟く。
彼女の名はルーティア=ジリアン=レグノールという。父は“現”レグノール選帝公家の当主であるイルジード=ザルク=レグノールだ。
約一年前に兄であるエラン=ヴェラドス=レグノールが急死した事でレグノール家を継いだのだ。
ルーティアは父がどのような手段でエランから当主の座を奪い取ったのかを知っていた。そしてそれがルーティアを苦しめていたのだ。
伯父のエランはルーティアを可愛がってくれていたし、一人娘のアリスティアもルーティアの事を本当の妹のように可愛がってくれていた。また、ルーティアもアリスに懐き、本当の姉妹のように仲が良かったのだ。
自分の父が敬愛していた叔父一家を不幸にしたという事実はルーティアの心に大きな傷を負わせることになったのだ。
逃げ出したアリスティアとその母であるリーリアであったが、父の私兵集団である
もちろん、父イルジードは対外的には伯父一家は事故死である事を発表していたがそれを信じる者などほとんどいない。
だが、イルジードは統治者として優秀であったのは間違いない。早々にレグノール家を掌握すると一族の者達は反抗する事無くイルジードの傘下に入ったのだ。
事を起こす前にイルジードは周到に根回しを行い、兄しかもレグノール選帝公殺害という大罪を犯しても罰せられることはなかった。
「伯父様……伯母様」
自分を優しく慈しんでくれた伯父と伯母がすでにこの世にいない事の衝撃からは立ち直りつつあったルーティアであったが、日を追う事に心の中に重しとなってのしかかりルーティアはふさぎ込むようになった。
「お姉様に謝罪だけは出来ないわ。私はお姉様への贖罪はお姉様の憎悪を受け止める事……」
ルーティアは伯父一家が亡くなった事に対してアリスに謝罪したい気持ちは誰よりも強いのだが、それだけは出来ないと思っていた。謝罪の言葉など言えば優しいアリスティアは必ず自分を許すだろう。
ルーティアとすれば、アリスティアの優しさにつけ込むような気がしておりそれだけは出来ないと考えていた。
「お姉様は……必ず戻ってくる。そして私達を断罪するのでしょうね」
ルーティアの声は暗く重い。
ルーティアはその事だけは確信していた。
* * *
レグノール家の一室で二人の男女がいた。他に誰も居ない部屋に男女が二人ともなれば甘い空気を連想しても不思議でないのだが二人の間に流れる空気は暗く重い。
男の方は金色の髪に碧い瞳の十七歳程の少年であり、その容姿はルーティアとよく似ている。そろもそのはずで少年の名はレナンジェス=ジームレン=レグノールという。現レグノール選帝公家の嫡男であり、ルーティアの兄である。
女の方はエルナ=ヴィード、十六歳でやや薄めの金色の髪に薄い碧い瞳をもつ少女であるが地味な印象を受ける。容姿は十人並みと称される感じだ。エルナはレグノール選帝公家の分家の分家であるヴィード家の出である。
ヴィード家の爵位は准男爵であり、爵位などあってないようなものである。そのため、その子女は別の家に仕えるのが常である。
ヴィード家は本家筋に仕える事が多く、エルナは幼い頃よりレナンジェス、ルーティアに仕えてきた幼馴染みのような関係であった。もちろん、アリスとも顔馴染みである。
「ルーティアの様子はどうだ?」
レナンジェスの問いかけにエルナは静かに首を横に振った。エルナの仕草の所々にルーティアを心配している感情が表れている。
「そうか……」
エルナの返答にため息交じりにレナンジェスは呟いた。
「レナンジェス様、ルーティア様はアリスティア様の事を心配されております。やはりアリスティア様が見つからない限りお心が晴れることは決して無いかと」
「わかっている。だが、アリスの居場所が判明すれば確実に父は刺客を送ることになるだろう。そしてそれがアリスのさらなる怒りを買うのは間違いないだろうな」
レナンジェスの言葉に同意するかのようにエルナは頷く。
「私はアリスティア様の事をレナンジェス様やルーティア様ほど存じませんが、あの方が一方的にやられるとは考えられません」
「そういう事だ。父も母も一族の者もアリスを甘く見ているがそうではない。伯父上よりもよほど警戒すべきだ。願わくばこれ以上アリスの怒りを買うのは避けた方が良いのだがな」
「しかし現段階で、もはや取り返しがつかない状況ではないですか?」
エルナの言葉にレナンジェスは苦渋の表情を浮かべる。エルナに言われるまでもなくレナンジェスはその事を知っている。
「父上はどうして伯父上を……」
それは事が起こってから何度も何度も自分の中に問いかけた事であった。父イルジードと伯父であるエランの仲はそこまで悪いようには見えなかったのだ。
(それとも私が見抜けなかっただけか)
レナンジェスはその事に思い至るといつも心が重くなる。
「エルナ、お前はどうする? 我が家は主殺し、兄殺しの家系だ」
レナンジェスは自嘲気味にエルナへと問いかける。このやりとりもまた幾度となくくり返されてきたものであった。
「私はレグノール家に仕えているのではなく。レナンジェス様に仕えているのです。地獄までお供させていただきます」
エルナはまったく揺るがずに返答する。これもいつもの二人の間のやり取りであった。レナンジェスはエルナをそっと抱きしめる。
抱きしめられたエルナは少し体を緊張させたがすぐに安心したように緊張を解いた。
(せめて、エルナは守らなければな)
レナンジェスは心の中で決意を新たにした。
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