初日終了

 闇の竜人イベルドラグールの下っ端との戦闘を完勝で終えたアディル達は野営場所を変える事になった。

 幸いにも追っ手がかかることはなく何の問題も無く野営場所に到達したアディル達一行はそのまま野営に入る事が出来たのであった。。


 アディル達にベアトリスを入れた八人はそのまま馬車で眠り、毒竜ラステマ達は馬車の周囲で交代で休むことになっている。もちろん、周囲にシュレイなどの探知の罠、アディルが“隠遁術”により中々見つけづらいという状況を作っている。


「うわぁ~エスティルの肌ってすべすべね♪」

「えへへ~ベアトリスだって~♪」

「きゃあ、ちょっとエスティル止めてよ恥ずかしいじゃない。ってヴェルもエリスも躙り寄ってこないでよ」

「心配しないで私がベアトリスの背中を拭いてあげるわよ」

「何言ってるのよヴェル、私がやってあげるわよ」

「ちょ……ちょっとアリス、アンジェリナ助けて」

「諦めて頂戴」

「ベアトリスには悪いけどこれは分かってた事なのよ。私もされたんだから諦めて頂戴」

「理不尽~~!!」


 馬車の中から騒がしい声が聞こえてくる。女性陣が馬車の中で体を拭いている最中なのだ。

 この野営の状況で入浴というのは不可能であるが、濡れたタオルで体を拭くという事はするのだ。衛生的な理由もあるのだが、ストレス軽減という観点からもこういう行為は必要なのは間違いない。


「あいつら、何というか楽しそうだな」

「だな。ま、逆よりずっといいだろ」


 アディルの言葉にシュレイが苦笑混じりに返答する。

 馬車の中では六人の美少女達が半裸で騒いでいるというある意味天国のような光景が広がっている。

 アディルとシュレイは馬車の外で待っているという状況であるが、二人とも心の中では“中を覗きたい”という欲望を必死に押しとどめていた。


「シュレイ……耐えろよ」

「何を言ってるのかね。アディル君。こうみえても俺は騎士だった男だぞ」

「その前に男だろ?」

「そうだな……」


 アディルとシュレイはやや白々しく言葉を交わしている。この辺りはやはり二人も健全な青少年というやつらしく馬車の中で行われている事に興味があるのだ。


「アディル、シュレイお待たせ~もう入っても大丈夫よ」


 ヴェルが中から二人に声をかけるとアディルとシュレイはどことなく残念そうな表情を浮かべながら馬車の中に入ると六人はすでにくつろいでいた。


「あ、兄さん。ここに座ってください!!」


 アンジェリナが自分の隣をポンポンと叩きながらシュレイを呼ぶとシュレイは顔を綻ばせながら素直にアンジェリナの隣に座った。


「アディルはここね」


 次いでヴェルがポンポンと自分の隣を叩きながらアディルを呼ぶ。その反対の隣はエリスである。アディルの隣は基本的に輪番制であり、日々により変化するようになっている。今日はヴェルとエリスの隣に座る日なのだ。


「はい、それじゃあエスティルから回していってね」


 アンジェリナが用意したハーブティーをエスティルに渡していく。渡されたエスティルは受け取ったハーブティーを隣の者に渡していく。全員に行き渡ったところでアディルが口を開く。


「それでアリス、今後の予定を頼む」


 アディルの言葉にアリスは頷くと返答を始めた。


「まずは皇都“アルドネア”へと向かうわ」

「皇都か。竜神探闘ザーズウォルの申請は皇都じゃないと出来ないのか?」


 シュレイの言葉にアリスは頷いた。


「ええ、面倒だけどね竜神探闘ザーズウォルの相手が竜族の時には皇都で行う事になっているのよ」

「なんで?」


 アリスの竜族の時には皇都で行うという言葉にエリスが素直すぎる反応を示した。


「竜族はこの竜神帝国の支配者階級なのよ。でもそれは他種族を虐げる事が認められているわけではないのよ」

「つまり、支配者には支配者たるに相応しい振る舞いが求められるという事か?」


 アディルがそう言うとアリスは頷く。


「簡単に言えばそういう事ね。それから竜神探闘ザーズウォルまで皇帝陛下の保護を受ける事になるのよ」

「皇帝の?」

「ええ、竜族の長である陛下による謝罪の意味も込められているという話よ」

「同族が済まない……私の監督不行届だったという事か?」

「まぁ簡単に言えばそういう事ね。まぁ皇帝陛下が器の大きな所を見せるための制度というのが本当の所ね」

「なるほどな。それはそれでこちらとしては助かるな」


 アディルの言葉に全員が頷く。少なくとも竜神探闘ザーズウォルを申請すれば、それで竜神探闘ザーズウォルまでの安全は確保されるというのは大きいのだ。

 もちろん、その保護を頭から信じるような事はしないが、少なくとも公的に襲撃を受けるわけではないのでそれだけでもマシと言えるだろう。


「ねぇアリス、ここから皇都まではどれぐらいなの?」


 エスティルがアリスに尋ねるとアリスは視線をエスティルに視線を移す。


「そうね。ここから二日ほど行った所にエルミズという都市があるからまずはそこに行くのよ。そこから、転位装置で皇都に行くわ」

「転移?」

「うん。この竜人帝国は各都市を結ぶ専用の転移装置があるのよ」


 アリスの言葉にベアトリスが訝しげな表情を浮かべる。


「ちょっと待って、でも私達は言ってみれば密入国者よ。そんな私達が転移装置なんか使っちゃって良いの?」


 ベアトリスの言葉ももっともである。普通に考えて国境破りをした以上、この竜神帝国では身分を証明するものがないのだ。そんな輩が転移装置などを使用する事が出来るとは思えない。

 ところがアリスは何でもないように返答する。


「それは大丈夫よ。この竜神帝国の国境警備は万全と言ったの覚えてる?」

「うん」

「国境をぐるりと取り囲む結界は本来であれば何の痕跡も残さずに通り抜けることは出来ないわ。私達は何の痕跡も残さずに入国した以上、まともに入国したとみなされるから安心してちょうだい」

「システムが万全すぎるから、逆に破られた時の事を想定していないというわけか?」

「そういうわけよ。ベアトリスのような術式の解析を行う事の出来る人なんて本当に少ないからね」


 ベアトリスはアリスからの称賛を受けて嬉しそうに顔を綻ばせる。お世辞抜きの称賛であり、ベアトリスとしても悪い気がするわけがないのだ。


「ん? ちょっと待って」


 そこにエリスが首を傾げながらアリスに尋ねた。


「ベアトリスが来る事は今日の朝、急遽決まったのよね……? もし、ベアトリスが来なかったらどうするつもりだったの?」


 エリスの言葉に全員がその事に気づいたようでアリスに視線が集中する。


「その時は正規の手順を踏んで竜神帝国に入国するつもりだったわ。竜神探闘ザーズウォルの申請を行うまでに叔父の邪魔が入って大変だったけどベアトリスのおかげで戦力の消耗はほとんどないという状況になったわけよ」


 アリスはあっさりと言い放ちアディル達は苦笑する。実の所、アリスの言葉は間違いではない。正規の手順を踏んでも竜神帝国に入国は叶うだろうが、すぐに叔父の知るところになり、刺客が差し向けられてくるのは間違いないだろう。そうなればかなりの戦力の消耗を強いられることになったであろう。


「ベアトリス様々だな」


 アディルが笑って言うとベアトリスは顔を綻ばせた。アディルに褒められてベアトリスはご満悦という状況であった。

 とりあえずの予定がアリスから告げられるとアンジェリナの口から欠伸を噛み殺す声が漏れる。それを皮切りに全員の口元に欠伸が発せられた。不思議な事に欠伸というのは伝染するものなのだ。


「さ、とりあえず今日は休むとしよう」

「そうね。ジーツィルの仲間……闇の竜人イベルドラグールの下っ端との戦闘とかなり濃い一日だったわね」

「だな。明日は一日移動だ。よく寝ておこう」


 アディルの言葉に全員が頷くとそのまま就寝の準備に入った。


 就寝の準備と言っても神の小部屋グルメルから柔らかいマットを敷き詰めて、タオルケットのような薄手の布を被るという簡単すぎるものだ。ものの五分もかからずに準備が終わると全員が横になる。

 御者台に一番近い所にアディル、その隣はヴェル、次はアリス、エリス、ベアトリス、エスティル、アンジェリナ、シュレイとなっている。

 男性陣が両端になりベアトリスとエリスを守るという位置づけである。


「それじゃあ、お休み」

「お休みなさい」


 就寝のあいさつが済むとすぐに安らかな寝息が聞こえ始める。戦力が思ったより消耗しなかったとは言えやはり全員が疲れていたのは事実であったのだ。


 アディル達の竜神帝国での初日はこうして終わったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る