入国⑥

 アディルは言い終わるよりも早く男達に斬りかかった。

 アディルのその動きは、速力がずば抜けているというよりも一切の気配を発しないものだ。そのため、刺客の男達はアディルの攻撃への対処が一瞬遅れる事になった。

 

 アディルほどの実力者の斬撃に対し一瞬でも対処が遅れるというのは死を意味する。アディルはまるで瞬間移動したかのように刺客の男の懐に跳び込むとすれ違い様に胴を薙いだ。


「が……」


 腹部を大きく斬り裂かれた刺客はその場に蹲る。自分が斬られた事を理解した事で一気に心が折れたのだろう。苦しげに呻きながら蹲った。


 アディルは斬り捨てた刺客の隣に居る仲間の首に容赦なく突きを放つと、アディルの天尽あまつきが刺客の喉を貫いた。呆然とした表情を浮かべた後、アディルは貫いた天尽を横に薙ぐと鮮血が舞い、そのまま刺客は倒れ込みすぐに動かなくなった。


 アディルが斬りかかってそのまま二体の刺客を斬り伏せた時にエスティル、シュレイも刺客達に斬りかかった。無論、背後を取っていたアリスも同様であり刺客達はろくに剣を交わすことも出来ずに斬り伏せられたのであった。


 残りは“隊長”を名乗る竜族の男である。この男にはアリスが斬りかかった。


 アリスはまず隊長の首に斬撃を放った。鋭い斬撃に思わず隊長は仰け反って躱した。しかしこれは隊長の命が助かった事を意味するものでは無い。間髪入れずにアリスは隊長の両太股へ斬撃を放つ。

 

 シュパァァァァ!!


 両太股に放たれた斬撃を隊長は躱すことは出来ずに鮮血が舞った。この首から足への斬撃はアディルの基本戦術と言うべきものであり、アリスも多用しているのだ。


「く……」


 隊長の口から苦痛の声が発せられる。隊長の苦痛の声は事実上、アリスに敗れた事を意味しているのは明らかであった。


「はぁ!!」


 隊長は闇雲に斬撃を繰り出す。だが、このような破れかぶれの斬撃を対処できないアリスではない。アリスは冷静に隊長の放った斬撃を躱すとそのまま返し技で隊長の剣を持つ手首を狙う。


 シュン!!


 アリスの斬撃が隊長の右手首を斬り飛ばすと隊長の右手は剣を握ったままあらぬ方向に飛んでいった。

 斬り落とされた右手首の部分が瞬間的に熱を発し、それが痛みに変わった段階で隊長は自分の敗北を悟った。


「ま……!!」


 返す刀でアリスが隊長の喉目がけて斬撃を放った。アリスの放った斬撃は隊長の左肩から入り、何の抵抗もなく右肩に抜けた。傷口から鮮血が舞うと隊長は目をグルンとさせ白目になったまま地面に倒れ込んだ。

 地面に伏した隊長の体はビクビクッと痙攣し命の残滓が残っている事をアディル達に知らしめたが十数秒でそれも収まると隊長は動かなくなり、命が流れ尽くした事をアディル達に教えてくれた。


 十体の竜族の刺客はアディル達の前に斬り伏せられ全員が命を落とすという結果となったのだ。

 アディル達は刺客達に対して全身全霊で挑み、戦闘の流れを確保する事に労力を惜しまなかったのに対し、竜族の刺客達はアディル達が人間である事から油断して事に臨んだのだ。

 戦いに対する取り組み方に対して最初から両陣営には大きな隔たりがあったのだ。ある意味、当然の結果であり驚くべき事ではない。


「……アリス」

「何?」

「こいつら弱いな」

「……うん」


 アディルが呆れた様に言うとアリスもまた呆れた様に返答する。負ければ命を失うような戦いにおいて油断するなどアディル達にとってはあり得ない暴挙であったのだ。そのためアディル達の間に流れる空気に微妙なものが流れるのも当然であった。


「まぁ戦い方次第で負けないと言う事が証明されたんだから良しとしましょうよ」


 エリスの言葉にシュレイも頷く。


「だな、今回の件はアリスの仇討ちが目的だ。アディルの目的には合わないかも知れないが相手が弱いというのは幸運だと思おうぜ」


 シュレイの言葉は正論でありアディル達も素直に頷く。


「ところで、こいつらは見た所明らかに刺客なんだけど、アリスの母親のは……こいつらか?」


 アディルが言うとアリスは小さく首を横に振る。


「こいつらは闇の竜人イベルドラグールといって叔父直属の私兵よ。お母様を殺したのは、その頭領のウルグ=マボルムよ」

「となるとこいつらは闇の竜人イベルドラグールの下っ端という事か」

「そういう事、幹部級はこいつらとは別次元よ」


 アリスの言葉にアディルはニヤリと嗤う。アディルにしてみればアリスの仇を討つのは第一であることは理解しているのだが、強者との戦いはアディルにしてみれば望むところなのだ。


「提案があるんだけど、ここを移動した方が良いんじゃない?」


 そこにアンジェリナが口を開いた。アンジェリナの意見は当然のものである。闇の竜人イベルドラグールが送り込まれたにも関わらず帰ってこなければ確実に新手が送り込まれることになるのは間違いない。


「そうね。余計な戦闘はここでは避けるべきよ」


 ヴェルもアンジェリナに同意する。他のメンバーも同様のようである。というよりもこの状況でここに残るというのは無謀というものだ。


「よし、二十分で準備を整えて移動しよう。アリス、この周囲で野営するポイントはあるか?」

「そうね……暗くなるまでの時間を勘案すると……」


 アリスがアディルの質問に対して思案に入る。竜神帝国の土地勘のまったくないアディル達よりもアリスに任せた方がこの状況では問題無いだろう。


「ここから二時間ほど行った所に野営出来るスペースがあるからそこに行きましょう」

「了解だ。よし、お前らすぐに準備をしろ。時間はきっちり二十分だ。用意が終わって無くても時間が来れば出発する!!」


 アディルの言葉に毒竜ラステマ達は撤収の準備に入る。アディルの言葉が本気である事を毒竜ラステマ達は知っているのだ。サボタージュをここで行えば間違いなくアディル達はさっさと置いていくのは間違いない。


「エスティル、馬車を三台用意してくれ」

「わかったわ」


 アディルの提案にエスティルは即座に同意する。エスティルはアディルの意図を即座に理解したのだ。


「エリスは二十体ほどの鎧武者を作成してくれ」

「了解」


 次いでアディルはエリスに式神の作成を依頼すると自分も式神を作成する。わずか十分ほどでアディル達の周囲に式神を馬車が完成する。


「よし、とりあえず出発させるか」


 アディルは二台を別々の方向へと出発させた。それを見送りアディル達は馬車に乗り込んで野営のポイントへと向かうのであった。


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