入国⑤

“探知に引っかかった”


 シュレイの言葉に全員の表情が一気に引き締まる。この場に来る者は敵側に属する者の可能性が非常に高いのだ。


「数は?」

「探知に引っかからなかったのもいる可能性はあるが把握しているのは十だ」


 アディルが鋭い言葉でシュレイに尋ねるとシュレイは即座に返答する。アディルは仲間達に視線を向けると全員が戦闘態勢をとった。ここで食事は一旦終了という事になり、ヴェルが神の小部屋グルメルに食器、敷物などを収納する。

 アディル達が戦闘態勢に入った事で毒竜ラステマ、闇ギルドの男達も戦闘態勢に入る。その表情はみな一様に緊張をしている。


「お前達は俺達の後ろにつけ、エリス、アンジェリナ、ベアトリスの護衛だ。ヴェルは俺達の支援を頼む」


 アディルの指示に毒竜ラステマ達は安堵の表情を浮かべた。アディル達の事だからまず相手の力量を探るために突っ込ませるという可能性を考えていたのだ。

 アディル達にしてみれば竜神探闘ザーズウォルがある以上、ここ・・で駒を使い潰すのは避けようという考えなのだがそこを知らせるような事はしない。

 

「よし。いくぞ」


 アディルが武器を構え、エスティル、アリス、シュレイも同様に武器を構えた時に、姿を見せた者達がいた。


 数はシュレイの言った通り十、全身黒装束に身を包み、腰に短めの剣を帯び、両手には手甲を装着している。

 顔の半分は黒い布で覆われておりその顔の全貌はわからない。頭部にはアリス同様の角が生えており、人間ではなく竜族である事をアディル達は察した。


「アリスティア様が戻ってくるとはな」


 竜族の男が嘲りを含んだ声で言う。顔を下半分を布で隠されているためにその表情は分からないはずなのだが、アディル達は全員が布の下に隠されている表情が大きく歪んで、不愉快は表情を浮かべているのは十分に察する事が出来た。


(竜族って……他種族を見下す傾向があるのかな?)


 アディルがそう考えてちらりとアリスを見るがアリス自身は一切アディル達を見下すような態度を取った事などないために個人的なものであると考える事にした。

 人間にしても身分や民族により他者を見下す者はいる以上、個人の品性の問題と言うべきものだろう。


「隊長、どうします?」


 そこに部下と思われる竜族の男が最初に声をかけた男に問いかけた。部下の男の表情も見えないのだが、嘲っている雰囲気だけは察する事は容易であった。


「魔族が一匹で後は人間か」


 隊長の言葉に隠しようもない侮蔑の感情が含まれている。


「アリスティア様は魔族や人間如きを率いて戻ってこられたか。やはりイルジード様こそがレグノール家の当主に相応しいと言う事だな」


 隊長の言葉にアリスは穏やかな表情を浮かべているが、アディル達はアリスから発せられている怒気が凄まじい力で圧縮されていくのがわかった。弾ける一歩、いや、半歩前と言った所である。


「ねぇ、みんな。誤解しないで欲しい事があるんだけど」


 アリスは穏やかに嗤いながら言葉を発し始めた。突如穏やかに話し始めたアリスにアディル達でなく竜族の男達もアリスに視線を集めた。


「こいつらを見て竜族の品性が下劣だなんて勘違いしないでね。それからあんまりひ弱だけど油断はしないで欲しいの」


 アリスの言葉にアディル達はすぐに頷いた。


「もちろんさ。初めて会った竜族がこいつらなら竜族というのは何と程度の低い連中だと思ったがあいにくと初めてであった竜族はアリスだからな。基準がお前になってるから、竜族の品性が下劣なんて思わないさ」

「ありがとう。ほっとしたわ。まぁ余程アホでない限りこいつらを竜族の代表と認識するような奴はいないわよね」

「まぁ、挑発にしても安っぽすぎるわよね」

「三下ってこれだからダメなのよね。煽りも残念、戦闘も大した事無いのは確実ね」

「それで、もうやっていいの?」


 アディル達の声は大きく、明らかに竜族の男達の耳に届いている。もちろんアディル達は挑発することで竜族達がどのような暴発する事で戦いを有利に作る事を考えていたのだ。


「人間如きが言ってくれるじゃないか!!」


 竜族の一体が激高すると腰の剣を抜きつつ暴発的にアディル達に突っ込んできた。その踏み込みの速度は凄まじいの一言であり、人間とは明らかに身体能力が違うと言うことを思い知らされるというものであった。

 

 だが、アディル達は暴発などに慌てふためくような事はしない。ヴェルが薙刀を一閃した。

 ヴェルの薙刀に間合いというものはあまり関係ない。ある程度の距離であれば薙刀の柄の長さを操作する事が可能なため、間合いを計るというのは意味をなさないのだ。


 竜族の男はヴェルが薙刀を一閃した事に対して柄が伸び、間合いに入った事を瞬時に悟ると手にした剣でヴェルの薙刀の斬撃を受け止めようとするが、ヴェルの薙刀は男が掲げた剣をすり抜けるとそのまま男の頭頂部から両断した。


「な……なぜ?」


 頭部を両断された男は驚愕の表情を浮かべながら倒れ込んだ。ビクビクッと痙攣していたがすぐに動かなくなった。


「ジクス!!」


 隊長がたった今斬り殺された部下の名を叫ぶ。その声は驚きに満ちており理解しがたい現象に驚いていたのだ。

 他の竜族の男達もヴェルの薙刀の柄が伸びた事に対しては見抜いていたのだが、ジクスの剣をすり抜けたのは見抜くことは出来なかったのだ。


「貴様、何をした!!」


 仲間の男が激高して叫んだ。他の男達もヴェルに視線を向けていた。そして、それは悪手であることが次の瞬間にわかる。


「がっ……」

「ぐわっ!!」


 その時、仲間の二人が叫び声を上げて倒れ込んだ。一体は延髄を大きく斬り裂かれクズ口からドクドクと血が流れ、ビクビクッと痙攣をしていた。明らかに致命傷であり即死していないのが不思議なくらいである。

 もう一体の竜族の男の左肩口から血が噴き出しており明らかに深手あるのは誰の目から見ても明らかであった。


「貴様!!」


 男達が振り返った先にはアリスが立っており、竜剣ヴェルレムには男達の血がついている。


「呑気ねぇ……」


 アリスが呆れた様に言った瞬間に男の叫び声が発せられた。意識が背後のアリスに集中した際にヴェルが再び薙刀の柄を伸ばして男の頭部を両断したのだ。たった今、ヴェルが薙刀で暴発した男を斬り伏せたのがわかっていたのに意識から外すなどあり得ない失態である。


「本当に……呑気ねぇ」


 ヴェルは敵のお粗末さに呆れた声を発した。ここまで連続でお粗末さを晒せばヴェルが呆れた声を出すのは当然である。実際にアディル達の中にあった竜族に対する強敵のイメージというのはガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていたぐらいである。


「……さっさとやってしまうか」


 アディルの舌打ちを堪えそうな声が虚しく周囲に響いた。



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