入国③

「とりあえず、今日はここで休みましょう」


 エリスの言葉に全員が頷く。ここは深い森の中でありこの時間から森の外に出るにはかなり無理をする必要がある。

 それならばここで野営を行い翌朝に森を出る方が良いと言えるだろう。


「エスティル、いつ襲撃があるかわからないから、少し大きめの馬車を作成してくれ。八人が寝られるぐらいのサイズだ」

「了解」


 エスティルが即座に了承すると次いでベアトリスに言う。


「ベアトリス、しばらくは安全面を重視して俺達と一緒に寝てもらうがいいな?」

「もちろんよ。この状況でワガママなんか言わないから安心してちょうだい」


 ベアトリスは即座に返答する。ベアトリスは王女という立場ではあるが王家の教育方針でどのような劣悪な環境でも生活できるように教育されており、不満を漏らすことはないのだ。


「それじゃあ、周囲に警戒用の罠を貼るとするか。毒竜ラステマが主導して周囲に警戒用の罠を貼れ。闇ギルドの連中は十人が毒竜ラステマに手を貸せ」

「「「「はい」」」」


 アディルの言葉に毒竜ラステマと男達は即座に返答して動き出した。


「シュレイ、アンジェリナも警戒用の罠の作成をしてくれ」

「わかった」

「了解、さ、兄さん行きましょう♪」


 アディルが言うとシュレイとアンジェリナは即座に了承して罠の作成に入る。基本的にアディルの毒竜ラステマと男達への評価は低いため、彼らが作成する警戒用の罠を信頼していない。もっと簡単に言ってしまえば、“無いよりはマシ”と考えているレベルである。

 それに対してシュレイとアンジェリナの警戒用の罠にアディル達は全般の信頼を置いていた。シュレイとアンジェリナの貼る罠は気配察知に主眼が置かれており、アディル達全員が二人の貼る罠をくぐり抜けることが出来なかったのだ。

 

「ヴェル、エリスは偵察用の式神を放ってくれ」

「わかったわ」

「うん」


 ヴェルとエリスがそう返答すると二人は式神を作成すると周囲に放った。ちなみに二人が作成した式神は、ヴェルが黒兎うさぎであり、エリスは小鳥であった。

 ヴェルは符を媒介して黒兎うさぎを作成したが、エリスは符を使わずに式神を作成していた。エリスの式神の能力はこの数ヶ月で飛躍的に向上しておりアディルと互角か上回る程である。

 さすがに戦闘に使用するのであれば符を媒介するのだが、それ以外ではそのまま作成することが出来るようになっているのである。


「お前達は二人一組を作ってここを中心に大体五十メートルの辺りに歩哨として立て、一組余るだろうからそいつらは予備としていつでも入れるようにしておけ」

「はい」


 アディルは残りの闇ギルドの男達にそう言うと男達は荷物を下ろして二人一組になるとアディル達から五十メートル程の距離で四隅に立った。


「意外と扱いとすれば普通なのね」


 ベアトリスがアディルに言うとアディルは心外というような表情を浮かべる。


「当たり前だろ。俺はあいつらを使い捨ての駒とは言ったが別に意図して潰そうとしてるわけじゃないさ」

「それもそうね。何も無理してここで・・・使い潰す必要はないものね」

「そういう事だ。今回の件は何が起こるか分からないからな。無駄に散らせるつもりはないさ」


 アディルの言葉はかなり非人道的なものであるが兵法とすればあながち間違ったものではない。ここは竜神帝国であり自分達のホームグランドではないので基本的に補給は期待できないのだ。そのような状況で無駄に駒を捨てることは出来るはずがないのだ。


「それじゃあ。シュレイ達が戻ってきたらすぐにメシに出来るように用意はしておこうか」


 アディルがそう言うとアディルは封印術からいくつかの荷物を取り出す。敷物を取りだして地面にひき、エスティルが神の小部屋グルメルからマーゴのつくったミートパイを取りだし、切り分け始める。

 食事の準備はわずか五分ほどで終了すると後はシュレイとアンジェリナを待つのみである。


 食事の用意を済ませてから十分ほどでシュレイとアンジェリナはアディル達の元へと戻ってきた。


「お疲れ様、二人とも」


 ヴェルが二人に声をかけるとシュレイとアンジェリナは顔を綻ばせた。二人の視線の先にはマーゴの作ったミートパイがある。アディル達と行動を共にするようになってから二人もすっかりマーゴの料理の虜となっていた。

 アンジェリナはシュレイを落とすための手段の一つとしてマーゴから料理を習い始めるようになったのはやはり恋する乙女としては基本なのかも知れない。


「美味そうだな」

「うん♪」


 シュレイとアンジェリナはニコニコしながら敷物に座り込む。もちろん、アンジェリナはシュレイのとなりにちゃっかりと座り込んだ。


 アディルの隣にはエスティルとヴェルが座った。どうやら彼女たちの中で誰がとなりに座るかは御者台同様にローテーションがあるらしいために特に揉めることはないようであった。


「よし、それじゃあメシにするとしようか」


 アディルの言葉で食事が始まる。


「おいしい~♪」

「ああ、美味いな♪」


 マーゴの作ったミートパイを全員が口に入れてほぼ同時に至福の時が訪れたかのような表情を浮かべた。美味いものを食べればそれだけで幸せを感じる事ができるのは種族、身分の貴賎は関係ないのだ。


 アディル達の食事が始まってからしばらくして毒竜ラステマ達が戻ってきた。アディルは毒竜ラステマ達に向けて新たな指示を出した。


「お前達は各自で食事を摂っておけ」


 アディルは毒竜ラステマ達にそう言うと食事に戻る。毒竜ラステマ達の食糧関係は基本的に自分で用意するようにしている。

 毒竜ラステマの六人は神の小部屋グルメルを有しているために食糧、水などの心配はないが、闇ギルドの男達はそうではない。それぞれ携帯食料品を水で戻して、食べるという味気ない食事をとることになっているのである。

 自分達の味気ない食事とアディル達の食べている食事の差を見てかなりうちひしがれているのだがアディル達は取り合うことはない。

 

「アリス、いよいよ明日から本格的に行動開始なんだけど、何かしらプランはあるのか?」


 アディルが質問するとアリスは頷く。


「うん、竜神探闘ザーズウォルよ」


 アリスは力強く言い放った。


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