入国②

「よし……終わったわ」


 ベアトリスの言葉に全員がベアトリスの元に集まる。ベアトリスが解析をしている間、アディル達はベアトリスの周囲に展開して護衛していたのだ。


「お疲れ様」

「うん、もっと褒めてくれて良いのよ♪」

「あ、ああ、ありがとうベアトリス」


 ベアトリスはイタズラっぽく笑いながらアディルに言うとアディルはやや戸惑いながらベアトリスに礼を言った。アディルの礼を受けてベアトリスは嬉しそうな表情を見せる。


(やるわね……ベアトリスったら)

(アディルも鼻の下をのばしてんじゃないわよ)

(このままじゃ、アディルをとられちゃう……何とかしないと)

(アディルは渡さないわ)


 ヴェル達はアディルとベアトリスのやり取りにかなり焦っている。何しろベアトリスは王女という立場をかなぐり捨ててアディルを落としにかかっているようにしか見えない。ヴェル達は今まで抜け駆けしないようにしていたのだが、ここに来てそれが完全に裏目に出ている事を思い知らされていたのだ。


「ちょっと、アディル鼻の下をのばしてんじゃないわよ」


 アリスが可愛らしい唇を尖らせてアディルに文句を言うとアディルは少々バツの悪そうな表情を浮かべた。アディルも少しばかりベアトリスに照れていた自覚があったのだ。


「う……すまん」


 アディルが素直に謝罪した事でアリスは少しばかり溜飲が下がったようであった。


「まぁまぁ、あなた達も淑女協定なんかにいつまでも拘ってちゃダメよ♪」


 ベアトリスの言葉にヴェル達は“くっ……”という表情を浮かべた。この辺りの事はどうやらヴェル達も自覚があったのである。

 そもそもアディルの修行の邪魔にならないようにしようと話し合った淑女協定であったが、ベアトリスはその淑女協定に参加していないために何ら遠慮するつもりも謂われも無いのだ。

 そうなればもはや淑女協定に拘れば拘るほどヴェル達にとっては大きな足枷になるだけでしか無い。


「そうね……ベアトリスの言う通りだわ」

「ふふふ……小出しにしてきたけど本気になるしか無いわね」

「現時点をもって淑女協定は破棄するということでいいわね?」

「異論はないわ。竜族は配偶者は決して固定されているわけじゃないから、みんなの事も配慮するわよ」


 ヴェル達四人は妙に目を据わらせながら言う。


(これは……まさか本当にみんなは俺の事が? いや、まさかみんなのような女の子が俺を? いや、ないない)


 アディルはヴェル達の会話を聞いて“ひょっとしてみんなは俺に気があるのでは?”と考えたのだがぶんぶんと頭を振ってその考えを打ち消した。


「みんな、その話は後にしよう」


 シュレイが苦笑を浮かべながら言う。アディル達に不協和音が生じることはないと信頼しているのだが、それでも優先すべき事があるのは事実だ。


「とりあえず竜神帝国内に入ってからすぐに転移した方がいいな。アリスは準備してくれ」

「あ、うん。わかったわ」


 アディルの言葉にアリスは虚を衝かれたかのような表情を浮かべつつ慌てて返答した。それと同時にヴェル達も恥ずかしそうな表情を浮かべたのは、自分達が何しにここに来ていたかを思い出して恥ずかしくなったのだ。


「ベアトリス頼む」

「うん♪」


 ベアトリスが返答するとアディルは頷くと毒竜ラステマと男達に視線を移して言い放った。


「ここからは時間との勝負だ。国境を越えればすぐに俺達は転移する。お前達はすぐに俺達の周囲に展開しろ。もし転移魔術の範囲外に出た場合は当然置いていくことになる。国境破りは重罪だ。この意味がわかるな?」


 アディルの言葉に男達は意図を察しそれぞれ頷いた。アディルはもし官憲に捕まった時にどのような目に遭わされるか分からないと言う事を告げたのだ。


 男達が頷いた事で準備が終わったと結論づけたベアトリスは術式を展開すると国境沿いの結界に直径三メートルほどのあなが空いた。巧妙に隠されたため最初は気づかなかったのだが、視覚ではなく孔が空いた雰囲気を感じるのだ。


「いくぞ」


 アディルがそう言うと先陣を切って国境を越える。次いでアリス、ヴェル、エスティル、エリス、ベアトリス、アンジェリナ、シュレイの順番で入国する。毒竜ラステマ、闇ギルド二十人も走りながら国境を越える。

 彼らはアディル達が遅れた場合に置いていくと発言した以上、本当に置いていくことを理屈抜きで察していたのだ。


 アディル達はアリスの周囲に集まり、その周囲を毒竜ラステマ、闇ギルドの男達が取り囲んだ。


「アリス」

「うん」


 転移魔術が起動し、ぐにゃりと視界が歪み視界が戻った時には、そこは先程の場所ではなく森の中であった。目の前には荒れ果てている小さな家があった。


「ここよ……」


 アリスが苦い表情を浮かべながらアディル達に言う。母親と隠れ住んでいた辛い記憶を思い出したのだろうか。それとも今は亡き母の思い出を忍んでいるのか。それはアディル達には判断つかない。


(お母様……私戻ってきました。仇と……そして決着をつけます)


 アリスは心の中で小さく呟いた。その瞳には確かな決意が宿っていた。


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