入国①
マルトスを撃破したアディル達一行はそのまま竜神帝国の国境へと向かう。もちろん正式な入国手続きは出来ないし、万が一出来たとしてもアリスが竜神帝国に舞い戻った事を叔父に知らせることになるために得策では無いのだ。
「アディル、止まって」
御者台に座っているアディルに向かってアリスが声をかけるとアディルは式神の馬に思念を送り、馬を停止させた。
「ここに国境があるわよ」
アリスが指を差しながら言うがアディル達の目には何も見えない。普通の草原でしかないのだ。
かといってアリスが間違っているとは思えないので気配を探ると巧妙に隠された僅かな結界の気配をアディルは見つけた。
「確かに……ここに結界があるな」
「本当……注意しないと分からないわね」
アディルの言葉にエスティルも納得した様に返答する。ちらりとアディルが後ろに視線を移すとアリスと目が合い互いに頷いた。
「それじゃあ、ベアトリスに解析を頼むとしよう」
「まかせて」
アディルの言葉を受けてベアトリスが立ち上がり、外に出ようとするのをヴェルが制した。
「待って、何も備えずに外に出るのは危険よ。私が確認するからちょっと待ってて」
ヴェルがそう言うと外に出ようとするのを今度はアディルが制する。
「待てこういう場合はあいつらがいるだろう。
アディルの言うあいつらが
「よしそれでは俺達の安全のために扉周辺をチェックしてくれ」
アディルの言葉を受けて
「ベアトリス、頼むな」
「うん、任せて」
ベアトリスが顔を綻ばせてアディルに返答しながらベアトリスが地面に降り立った。続いてシュレイが降り立ち、そこからヴェル達が馬車から出る。
「これね……」
ベアトリスが結界の気配を察知するとしゃがみ込んで右手をかざした。右手の先に直径三十㎝ほどの魔法陣が浮かび上がった。どうやら解析が始まったようである。
アディル達はベアトリスの邪魔をするわけにはいかないので黙ってその様子を眺めているとベアトリスが振り返るとアディル達に言う。
「無効化は出来るみたい」
「そうか」
ベアトリスの言葉に全員にほっとした空気が流れる。
「でも、ちょっと時間がかかるわね」
「どれぐらいだ」
「三十分程はかかるわね」
「そうか。それじゃあ頼めるか?」
「任せてちょうだい」
ベアトリスはニッコリと笑うと結界の解析に入った。“これをこうして”“これね”という類の言葉がベアトリスの口から紡ぎ出される。
「なぁアディル」
「どうした?」
ベアトリスの様子を見ていた時にシュレイが言葉をかけてきた。
「ベアトリスが解析に成功したらどこまでいくつもりだ? もう正午を回ってるぞ」
シュレイがちらりと頭上の太陽に視線を移すとアディルは頷く。この国境近くで宿泊するのは流石に危険すぎるため、竜神帝国内に入ってから見つからない場所を確保する必要がある。
「竜神帝国内に入ってからアリスの転移魔術でアリスの実家の領内に転移しようと思っているんだが……どう思う?」
アディルの言葉にシュレイは渋い表情を浮かべる。
「俺は反対だな。転移魔術は基本的に拠点を設けた場所にしか行けない。もし、アリスが竜神帝国に戻ってきた時に罠を貼ってる可能性がある」
「考えすぎ……いや、その可能性を考慮しておくべきか」
「俺も心配しすぎという気持ちはある。転移した時に竜神帝国の者がいなかったからな。だが、竜神帝国内じゃなかったから居なかったとも考えられる」
シュレイの言葉にアディルも一理あるように思われる。アディルが悩んでいるとシュレイがふっと顔を綻ばせて言う。
「まぁ反対とは言ったがな。俺とすれば敵が出てくればそれはそれで構わないという気持ちもある」
「どういうことだ?」
シュレイの思わぬ意見にアディルは首を傾げながら言う。先程とは全く真逆の意見にアディルとすれば訝しむのは当然の事である。
「俺の考える利点は二つだ。一つは戦う事で相手の情報を手に入れる事が出来る。もう一つはアリスの仇に宣戦布告することが出来る」
シュレイの意見にアディルはニヤリと嗤う。現在の竜神帝国の情報をアディル達は何ももっていない以上情報を手に入れる事が出来るのは正直有り難いというべきものだ。
「シュレイの意見は一理あるな」
「まぁ、不要な戦闘は避けるべきだが、完全に避ける必要は無いと思うぞ」
「そうだな、どのみち戦闘は避けられない。遅いか早いかの差だな」
「ああ、そこを踏まえておいて判断してくれ」
「わかったよ」
アディルとシュレイの話が終わった所でアリスがアディルに声をかけてくる。シュレイとの会話を聞いていたのだろう。
「アディル、竜神帝国内に入ったら私とお母様が隠れていた隠れ家に転移するのを提案するわ」
「理由は?」
アディルの言葉にアリスは即座に返答する。打てば響くという言葉そのものの反応だ。
「シュレイがあげた利点の二つともう一つは、竜神帝国の官憲に喧嘩を売らないためよ」
「官憲……なるほどな」
「恐らく隠れ家を貼っているのは叔父の私兵の可能性が高いわ。それなら私も遠慮無く暴れられるもの」
アリスはそう言ってニヤリと嗤う。ゾクリとした印象を与えるような嗤いであるのだが、不思議とアディル達は恐ろしいという印象を持つ事はなかった。
「そうだな……いずれにしても喧嘩を売らないことには始まらないな」
アディルは小さく呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます