襲撃③

「それにしても随分と簡単に斃せたわね」


 ベアトリスがアディルにそう言うとアディルはニヤリと笑顔を浮かべると頷いた。


「そりゃそうさ。こちらは人数も多いし、先手を打ったからな。こいつは自分の力量に余程自信があったんだろうけど油断する段階で強者じゃ無いよ」

「そうね。多分力量はメイノスとかよりも強かった可能性はあるけどね。どれだけ強いか知らないけどそれを発揮する前・・・・・に斃してしまえば問題無いわ」

「エスティルの言う通りだ。どれだけの力量を持っていようともそれを発揮しないのならもってないのと同じさ」


 エスティルの言葉にアディルが賛同する。ベアトリスもアディル達の言葉に頷かざるを得ない。


 アディル達にとって“試合”と“死合”はまったくの別ものである。“試”合の方は文字通り試すためのものであり、両者の間での取り決め、もっと簡単に言えばルールが存在する。そのルールの中でどのような戦術をとるかに頭を絞ることになる。

 対して“死”合の方は負ければ命を失う以上、手段を選んでられないのだ。そのため、不意討ち、言葉を使っての騙しなど基本中の基本とも言えるというものである。


「あいつはそこの所を勘違いしてたのさ。だから卑怯者なんてずれた言葉が出てくるのさ」


 アディルの言葉にベアトリスも一理あると頷かざるを得ない。死合であると意識しているアディル達とそうでないマルトスとではそもそも立ち位置がまったく異なっていたのだ。


「それにしてもあのジーツィルとかいうやつは今回来なかったわね」

「ああ、でも今回の件で俺達はジーツィル達に命が狙われていることがわかったな」


 ヴェルの言葉にアディルは少しばかり喜びを含んだ声で返答する。ジーツィルほどの力を持つ者との戦いはアディルとすれば望むところなのだ。


「ジーツィルがどれほどの地位にあるかが分かれば良いんだけどね」

「エリスの言う通りね。となるとさっき斃した奴から何の情報も得ること出来なかったのは今となっては惜しいわね」


 エスティルの言葉に全員が頷く。マルトスは相当な実力者である事は間違いない。そしてそれ故にアディル達は情報を得るよりも勝利を確定することを優先したのだ。


「情報を得るよりも命が優先さ。みんなもメイノスが突然強くなったのを覚えてるだろ。今回もそうならないと限らないからな」


 アディルの意見にシュレイが賛同する。


「確かにな。もし前回同様に強くなったときはアディルの奥義に頼ることになるが、あれは死合には不向きだ」

「確かにそうね。術の効力が切れると同時に動けなくなるというのはリスクが大きすぎるわ」


 シュレイの言葉にアリスが同意の言葉を示すと他のメンバー達も頷く。


「まぁその辺の事は一応考えてる。それに竜帝宝華りゅうていほうかの完成は間近だ」


 アディルの言葉にメンバー達が頼もしげな視線を向ける。メンバーはアディルが竜帝宝華を完成させるために日々修練を積んでいる事を知っていたのだ。


「それは頼もしいわね。となると私は援護できるように考えないとね」


 エリスの言葉にヴェルも頷く。エリスとヴェルは戦闘において他のメンバーほどの能力を有していない。だがその事に決して劣等感を持つこと無く自分の出来る事をしっかりと身につけようという姿勢をもっていた。

 ただ、エリスとヴェルの戦闘力をアディル達は決して軽視しているわけではない。


 エリスの符術は斥候、撹乱におおきな効力を発揮しているし、式神を自分の身に纏わせ強大な戦闘力を得るというのも初見では相当な効果を発揮するのだ。

 またヴェルの薙刀も伸縮自在の斬撃を放てるというのは初見ではまず見切ることは不可能だ。問答無用の死合においてこれほど恐ろしいものはないのだ。


「そろそろここから離れましょう。こいつの仲間が出てくる可能性が高いわ」

「そうだな。それでは行くとしよう」


 ヴェルの言葉に全員が頷くとアディル達は馬車の乗り込むと出発した。




 *  *  *


「……」

「……」


 浮かび上がった映像をジーツィルとラウゼルは呆然と眺めていた。今自分達の見たものが信じられないという思いであるのは間違いない。


「信じられん……マルトスがああもあっさりと」


 ラウゼルの呻くような声がジーツィルの耳に入る。ジーツィルが今声を発しても似たような事になるのは容易に想像がつく。


「一体何なんだ!! あのガキ共は!!」


 次いでラウゼルは荒ぶった声を上げた。ある意味驚きという自失の時間が終わり感情が戻ってきた証拠なのだろう。冷静とは遥かに遠い状況であるのは間違いないのだが。


「落ち着け、ラウゼル卿」

「これが落ち着いていられるか!! 我ら十二魔将ギルバルスの一角が敗れたのだぞ!!」

「分かっている!!」


 ラウゼルの言葉をジーツィルはさらに大きな言葉で制した。このような状況では感情に感情をぶつけるのは決して得策では無い。単に火に油を注ぐだけになってしまうという結果になるからだ。

 だが、この時はそうではなかった。ジーツィルは冷静な男であり、感情を露わにするという事が多くなかったことが幸いしたのだ。ジーツィルが声を荒げた事は、ラウゼルにとって逆に自分だけが動揺しているわけではない事を確認させ却って冷静さを取り戻す事になったのだ。


「ラウゼル卿、奴等は強い……人間だから、若いからなどという考えで奴等に襲いかかれば返り討ちにあう可能性が高いのは間違いない」

「……うむ。ジーツィル卿の言う通りだ」


 ラウゼルの声には納得しがたい感情が含まれているがジーツィルの言葉を否定したりはしない。この状況でアディル達を甘く見る発言を行えば自分が軽く見られることを承知しているのだ。


破局の騎士ダーツォルを動かそう」


 ラウゼルの言葉にジーツィルも頷く。ジーツィルとしてもマルトスを斃した者達相手に無策で挑むほど愚かでは無い。マルトスは真の力を発揮する前にアディル達に討ち取られたのだが、だからと言ってアディル達を過小評価するつもりは一切無いのだ。


「確かに破局の騎士ダーツォルに我らが油断せねばいけるな」

「そういう事だ」

「事の次第をジルベイル様へ報告し、破局の騎士ダーツォルを動かすしかないな」

「ああ、行こうか」

「了解だ。ラウゼル卿」


 ジーツィルとラウゼルは互いに頷くと浮かび上がる映像に視線を移した。


(これほどの強敵であったか……)


 ジーツィルはアディル達の力を大きく見誤っていた事を心の中で恥じていた。 

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