襲撃②

 アディル達が国境沿いに向かって移動して五分ほどした時にアディル達の馬車の前面に転移の気配を察した。


「アディル」

「ああ、みんな。敵だ!!」


 エスティルの言葉にアディルは即座に反応して叫んだ瞬間に馬車から全員が飛びだした。ここはすでにヴァトラス王国はなく竜神帝国の国境近くである当然ながらいつ敵が現れても良いように全員が身構えていたのだ。


 全員が飛び降りたのを確認するとアディルとエスティルは視線を交わすとエスティルが馬車を解除する。魔力の結晶体である馬車の部分は跡形も無く消え去った。


 アディル達全員が地上に降り立ったとき、アディル達の十メートル先に一人の黒髪の大男が両手持ちの戦槌を持って現れた。もちろんこの男はマルトスである。


「我こそはマルトス=レーベント!! 要件は判っておろう?」


 マルトスは大音量で名乗ると猛獣のような獰猛な笑みを浮かべつつ凄まじい殺気を放った。完全にアディル達を獲物と見定めたような表情であり、その顔には自信というものが漲っている。

 また、その凄まじい殺気に二十人の男達はカタカタと歯を鳴らしている。さすがに毒竜ラステマは震えるのを堪えているようであるが、頬を冷たい汗が一筋流れており緊張しているのがわかる。


「アリス、こいつはお前の追っ手か?」


 アディルの言葉にアリスは少し首を傾げ首を横に振った。


「正直分からないわ。叔父が新たに雇った刺客かも知れないけど、知らない奴よ」


 アリスの言葉に全員が頷いた。


「お前……あの代用品ガーベルンとやらの元締めの一員か?」


 アディルの問いかけにマルトスはニヤリと嗤った。


「ほう、察しが良いな。いかにも儂は……」


 マルトスが愉快そうに口を開いた瞬間にアディルが早速動いた。アディルは気配を極力消し、一足飛びでマルトスの間合いに一気に踏み込んだのだ。

 間合いに踏み込んだアディルは腰に差した愛刀の天尽あまつきを抜き放つと同時に斬撃を放った。狙った箇所はマルトスの両太股である。アディルは天尽に当然のように気で覆っており、マルトスの鎧に覆われた足でさえ斬り飛ばすことが可能な斬撃であった。


 キィィィィィン!!


 マルトスは手にした戦槌でアディルの斬撃を見事に受け止めた。だがこれで終わりでは無い。アディルは斬撃を受け止められた状態でそのまま天尽を振り抜くとマルトスの巨体が浮き、そのまま弾き飛ばした。


「な……」


 マルトスの口から驚愕の声が発せられた瞬間にアディルの背後からヴェルとアンジェリナの魔矢マジックアローが数十本放たれマルトスに直撃する。


「ちっ」


 マルトスの口から舌打ちが漏れる。二人の放った魔矢マジックアローはマルトスに何らダメージを与えていないのだが、それでもアディルに反撃する事は出来なかったのだ。


「シュレイはみんなを守って!!」

「了解!!」

「行くわよアリス!!」

「うん!!」


 最小限度の会話を終えるとエスティルとアリスがマルトスに斬りかかった。すでにエスティルの手には魔剣ヴォルディス、アリスの手にはヴェルレムとヴィグレムが装着されている。


 エスティルとアリスはアディルと遜色ない動きでマルトスに斬りかかると一気に戦いの主導権はアディル達に傾いた。


(く……なんだこのガキ共は……)


 マルトスは三人の絶え間ない攻撃に心の中で呻いている。三人の斬撃は常に鎧の継ぎ目を狙っておりマルトスは気が休まる暇が無いのだ。


「くそ!!」


 マルトスは咆哮すると戦槌を大きく振り上げた。それは焦りから来るものである事は間違いない。マルトスの焦りを察したアディルは勝負に出る。


 振り上げた戦槌が振り下ろされるよりも早くアディルは間合いに跳び込むと首元に斬撃を放った。攻撃をしようとしていた所にカウンターで放たれた斬撃であり、マルトスは思わず仰け反って躱した。

 アディルはそのまま天尽を手放すと左掌をマルトスの胸の位置にそっと触れると次の瞬間に右掌でその左掌ごと掌打を放った。


「が……」


 マルトスの口から苦痛の声が発せられる。鎧に覆われていたはずの自分の身に生じた凄まじい衝撃にマルトスは思わず苦痛の声を発してしまったのだ。


(な……なんだこの衝撃は……鎧をすり抜けて)


 マルトスが思わぬ衝撃に一瞬混乱した隙をアディルは逃すことはしない。アディルは膝を抜き沈み込むとそのまま飛び上がりマルトス顎先に掌打を叩き込んだ。マルトスの巨体が宙に舞い、引力に引かれて地面に落ちる。マルトスは混乱しておりこの急激な状況の変化に対応する事は出来なかった。


「よし!!」

「とどめ行くわよ!!」


 エスティルとアリスはマルトスが地面に倒れた瞬間、いや、倒れる一瞬前にはすでにとどめのために動き出していた。エスティルはマルトスの心臓に、アリスは喉にそれぞれ剣を突き立てた。


「がぁ……」


 心臓と喉を貫かれたマルトスが事情を察したのはそれからすぐの事である。事情を悟ったマルトスは憤怒の視線をアディル達に向けると弱々しい言葉を発する。


「ひ……ひきょ……う……も…の……」


 卑怯者という言われたアディルは心底失望したかのような表情を浮かべた。アディルは投げ捨てた天尽に手を向けると手から発した黒い靄が天尽に纏わり付くとそのままアディルの手に戻る。


「がっかりさせるなよ……まったく」


 アディルはそう冷たく言い放つと容赦なくマルトスの首へ天尽を振り下ろした。


「まっ」


 マルトスは待てと言いたかったのだろうがそれよりも早くアディルの斬撃が振り下ろされるとマルトスの首が地面を転がった。

 アディルがマルトスの絶命を確認している間、ヴェル達は周囲の警戒を行う。新手がこないとも限らない以上、警戒するのは当然であった。


 すると、マルトスの体がボロッと崩れだし塵となってマルトスの体は崩れ去った。


「どうやら死んだみたいだな」


 アディルの言葉に全員が頷く。すでにメイノスで経験している以上、アディル達の驚きはそれほどでも無いが、そうでないアンジェリナ、ベアトリスの衝撃は大きかったようである。


「何なのこいつ……」

「敵さ……それで十分だろ」


 アンジェリナの言葉にアディルが即座に返答する。あまりにも簡潔な返答に一行は苦笑するのであった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る