襲撃①

 アディル達が転移した場所は草原であった。アディル達から見て、右手には森林地帯があり、左手には山岳地帯があった。

 転移してきたアディル達の前に毒竜ラステマと二十人の男達が立っている。アディル達が現れた事に対して彼らは安堵の雰囲気を発している。アディル達が現れるまで、彼らは自分達を囮にして、自分達は別ルートから侵入するのではという懸念があったのだ。


「アリス、ここは竜神帝国の領土内か?」


 アディルが尋ねるとアリスは首を横に振ると口を開いた。


「ううん。ここは竜神帝国の国境沿いよ。竜神帝国は国境全体を結界で覆っているのよ。もし、侵入しようとしてその結界に触れればそれが追尾装置になって官憲が捕まえに来るわ」


 アリスの言葉に全員が少し考え込む。国全体を覆う結界を張るというのは相当な魔力が必要なのは間違いない。その魔力源が気になるところであるが竜神帝国の技術であろうからその辺の事は後回しにしておくことにしていた。


「それは結界に触れる事で……自動的にマーキングされると言う事だな」

「そういう事ね」

「効果が結構しょぼいという感じだが、追跡さえ出来れば確実に捕らえる自信があると言うことか……」


 アディルはそう言うと自然と笑みがこぼれてくる。国境を守る者達の実力が高い事を感じずにはいられなかった。アディルとすれば実に喜ばしい状況であった。


「ねぇみんな」


 そこにエリスが思いついたように言うと全員の視線がエリスに集中する。


「ちょっと思ったんだけど、ベアトリスにその結界を解析してもらってマーキング効果を無くすように出来ないかな?」


 エリスの言葉に全員の視線がベアトリスに集中する。皆の視線を集めたベアトリスは少し考えるとニッコリと笑って言う。


「やってみるわ。駄目だったら別の手を考えれば良いんじゃないかな」


 ベアトリスの言葉にヴェルも頷く。


「そうね。ベアトリスに術式を解析してもらうというのはいい手だと思うわ。いずれにしてもやってみないと始まらないというやつよ」


 ヴェルも賛同すると全員が頷いた。確かにここで考えても埒があかないのは確かだ。


「よし、決まりだ。アリス、取りあえず国境沿いまで移動しよう。ここからならどのくらいで着く?」

「大体……一時間程度歩けば国境沿いよ」

「そうか、それじゃあ移動するとしよう」


 アディルの言葉に全員が頷くと再びエスティルが馬車を魔力で形成し、アディルが式神で馬を作ると乗り込んだ。御者台には先程同様にアディルとエスティルが乗り込む。ただ先程と違ってエスティルは魔力で鎧を形成している。


(ちょっと残念だな……)


 アディルは心の中で小さくため息をつくのであった。



 *  *  *


「見つけた……」


 浮かび上がった映像を見て、ジーツィルの端正な口元が嗤いの形を作り上げるとラウゼルが視線を動かした。


「ようやくか」

「ああ、ヴァトラス王国が思いの外広かったな」

「ふ……まさか二ヶ月かかるとはな」

「そう言わないでくれラウゼル卿」


 苦笑混じりにジーツィルが言うとラウゼルと呼ばれた騎士も苦笑を漏らした。


「見つけたのなら早速そいつらを斬りに行こうでは無いか」


 黒髪短髪の騎士が早速立ち上がった所でジーツィルが制止する。


「お待ちください。マルトス卿。あの者達を甘く見ると思わぬ痛手を負うことになります」


 ジーツィルの制止の言葉にマルトスは目を細める。その目にはジーツィルに対する嘲りの感情が強く含まれていた。


「臆したか!!」


 マルトスの返答は非礼の極みとも言うべきものである。慎重に行くべきだと考えての言葉に嘲りを含まれた言葉を投げ掛ければジーツィルとて黙っている訳にはいかない。


「マルトス卿はあの者達の事を何も理解していない。メイノスを斬ったあの者達を弱いと断じる根拠を答えていただきたい」


 ジーツィルの返答に明らかな険がこもった。


「ふん、メイノス程度を斬ったところで強さの証明になどなるまい。貴様にとってみればメイノスは強者の部類に入るのであろうが儂にしてみれば何の問題もない。お主らはそこで見ておくが良い」


 マルトスはそう吐き捨てるとマルトスの姿がふっと消えた。


「……阿呆が」


 マルトスが転移魔術を展開し転移したことに対しジーツィルとラウゼルは互いに視線を交わすとジーツィルが呟いた。


「マルトスならばあの者達に敗れる事はあるまい」

「そうとばかりは言えぬよ」

「何?」


 ジーツイルの言葉にラウゼルは訝しんだ。マルトスの実力を知らないジーツィルではないはずなのに口から紡がれる声にはマルトスが敗れる可能性が含まれている事に訝しがるのも当然であった。 


「あの者達の戦い方には特異なものを感じるのだ」

「特異……だと?」

「うむ……特にアディルとか言う少年はこの世界ではかなり特異な戦い方をする」

「ふむ、特異……か。だがマルトスの圧倒的な膂力は全てを粉砕するのではないか?」

「その可能性が高いのは私も理解しているが、どうしても私はあの少年達を甘く見ない方が良いという不安を消せないのだ」


 ジーツィルの言葉をラウゼルは沈黙しながら映像の方に視線を移すとアディル達の前にマルトスが巨大な戦槌を持って立ちふさがるのが見えた。


(まさかとは思うが……この戦いはけんに回るのが得策か)


 ラウゼルはそう判断するとアディル達とマルトスとの戦いを見るという事にする。元々それほどアディル達の討伐などささやかな事であるし、マルトスが手柄を独り占めしたところで大した功績になるとは思えなかったからだ。


 しかし、このラウゼルの判断が甘かった事をジーツィルとラウゼルは思い知らされる事になるのであった。


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