出発③
アディル達一行は王都から出るとそのまま街道を進む。二時間ほど歩いて周囲に人がいないことを確認するとそこで一行は停止する。
「この辺なら大丈夫だな」
「そうね」
アディルの言葉に隣に座るエスティルが即座に返答した。
「あのさ、エスティル……」
「何?」
「その……お前、何か近くないか?」
「そんな事無いわよ」
アディルが僅かに頬を染めながらエスティルに言うとエスティルからは即座に否定の言葉が発せられた。
アディルの隣に座るエスティルはピタッとアディルにくっついており、アディルはエスティルの柔らかい感触を感じているのだ。
エスティルが魔力で鎧を形成していればここまでアディルが照れることはないのだが、エスティルは現在青を基調とした可愛らしい服装をしており、スカートから覗く脚線美が思春期のアディルの心を乱していたのだ。
(ふっふふ~アディルは照れているわね。これは意識していると言う事ね♪)
エスティルは心の中で笑っている。いつもアディルの隣に誰が座るかというのは四人にとって重要な問題であるが、今までは控えめなアプローチしかしてこなかったのだ。ところが今回はベアトリスという新たな勢力が登場したことにより、エスティルは焦っており、アプローチが今までよりも少しばかり過激になっているのだ。
実際の所、過激というレベルでは無いのだが、一歩踏み出したと考えればこの一歩は限りなく大きいと言えるだろう。
「やるわね……エスティル」
「く……エスティルはいつも鎧を形成しているから油断していたわ」
「まさかここまで直接的に出るなんて」
ヴェル、エリス、アリスからそれぞれ悔しそうな声が発せられるのを、ベアトリス、シュレイ、アンジェリナはやや呆れたように見ていた。
「あんた達……一体どこまで奥手なのよ……ひっ、ごめんなさい」
アンジェリナの呟きに三人は視線を移した。三人の目には殺意にも似た光が宿っておりアンジェリナであっても恐怖を感じずにはいられなかったのだ。
「兄さん~私怖い♪」
恐怖を感じていたアンジェリナであったが即座に立ち直ると隣にいたシュレイに抱きついた。あざとすぎて見てられないレベルであるのだが、アンジェリナとすればどのような小さな機会を逃すつもりはないのだ。
「「「その手があったか!!」」」
しかし、ヴェル達はアンジェリナの行動を咎めるのでは無く称賛の声を上げた。恋愛経験皆無のヴェル達にとってアンジェリナのアプローチが参考になっており、色々おかしな方向に向かい始めている事にこの段階では誰も気づいていなかった。
(う~ん……想像以上に混沌としてるわね)
ベアトリスは馬車の中で繰り広げられる無秩序な雰囲気に圧倒されつつ、王城では決して味わう事の出来ない空気を楽しんでいた。
* * *
全員が馬車から降りるとアリスがいきなり駒達に言い放った。
「とりあえずは
アリスの言葉に
しかも、今回送り込まれるところは竜神帝国という人間の国に送り込まれるわけではない以上、その危険度は跳ね上がるのだ。
「あんた達は
アリスの言葉に
「やることはわかったわね?」
アリスはそう言うと転移の魔法陣を起動させる。
「次はあんた達の半分よ。そっちから半分の十人、次は残りよ」
アリスの言葉に今度は男達が顔を青くする。闇ギルドのメンバーとして数々の犯罪行為に手を染めてきたのだが、まさにその報いを受けているのだ。
「ちょっと待ってくれ!!」
一人の男が声を上げる。この男の容姿はとてつもなく整っており、その甘いマスクで女性達を誘惑し、手駒にするという男である。自分の容姿に絶対的な自信を持つ彼はアリスに取り入って、せめて他の者よりも良い待遇を得ようとしていたのだ。ちなみにこの男の行動と狙いはアディル達の利益と相反するものではないために可能だったのだ。
しかし、アリスは男の声に構うこと無く転移魔術を駆動させるとそのまま男は送り込まれた。
「待つわけ無いでしょう。バカじゃないの」
アリスの言葉に残った十人はゴクリと喉をならした。アリスが本心から自分達を駒と思っている事を見せつけられた思いである。
「さ……次ね」
アリスはもはや事務的に最後の男達を転移魔術で送り込んだ。さすがに三回目に送り込まれた男達は顔を青くするが何かを悟ったような表情を浮かべていた。
「さ、これで良いわ。ところでベアトリスに聞きたいんだけど」
無慈悲に男達を竜神帝国に送り込んだアリスはベアトリスに尋ねる。
「ん?どうしたの?」
「あんた、私が竜神帝国の出身と言われても別に何も驚いてなかったけど……いつから私が人間でない事を知ってたの?」
アリスの言葉にベアトリスは、納得した様に頷く。
「なんだ、そんな事、初めて会ったときよ」
「そうなの?」
「うん、当たり前だけど私達王族は対幻術の魔術を展開しているのよ」
ベアトリスの言葉に全員が納得の表情を浮かべた。王族ともなれば洗脳、毒などの対処をするのは当然である。幻術もその一つであり、アリスとエスティルの幻術もベアトリスは見破っていたのだ。
「と言う事は私も人間でないことは知っていたというわけね」
エスティルも驚きの声を上げる。
「うん、エスティルの角は羊の角のような感じのやつじゃない。やっぱり魔族なの?」
ベアトリスはまったく気にしていない様子でエスティルに尋ねるとエスティルは素直に頷いた。
「それにしても二人が魔族と竜族であることを知っていてよく忌避感を持たなかったな」
アディルの言葉は魔族と竜族への差別意識から来るものではない。人間は異質なものへの警戒感を誰しも持っている。
その警戒感は恐怖感という肥料により容易に成長し、排除という毒々しい花を咲かせることになるのだ。増してベアトリスは王族である以上、国を守るために排除の方向に変わっても不思議では無い。
「ジルドの紹介であるあなた達だから危害を加えるはず無いと思っていたもの」
「なるほどな」
ベアトリスの返答にアディルは即座に答え、他のメンバー達も頷く。
「それからレムリス領での一件であなた達が信頼に足る人達とわかったからね」
ベアトリスはそう言ってウインクをする。人によってはあざとい印象を受ける仕草であるがベアトリスのそれは悪印象からはほど遠いものである。
「最初っから分かってたなら言ってくれれば良かったのに……」
アリスがぶすっとした表情を浮かべむくれるとベアトリスはニッコリと笑う。
「何言ってるのよ。一番ビックリさせるタイミングで言うのが一番面白いじゃ無い♪」
ベアトリスはそう言う。その様子はイタズラが成功して楽しくて仕方がないという表情であった。
「ま、今回は一本取られたわね」
「エリスの言う通りね。次はやり返してあげるからね」
エリスの言葉にヴェルが付け足すとベアトリスは嬉しそうに笑った。これは演技ではなくベアトリスの本心からである。本心からの笑顔は見るものの心を和ませる効果があるのは確かであり、この時のベアトリスの笑顔に全員が自然と笑顔を浮かべるのであった。
「……よし、今駒達から合図があったわ。安全が確保されたみたい」
アリスが言うと全員が顔を引き締める。
「じゃあ、みんないくぞ」
アディルの言葉に全員が頷き、アリスが転移魔術を起動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます