出発②

「ふふふ……流石ね。アンジェリナ」


 ベアトリスは堂々とした口調で言い放つと謎のドヤ顔を披露していた。ベアトリスの言葉にアディルとシュレイの二人は呆けたような表情を浮かべている


「ちょっと待とうか。驚いているのは俺とシュレイだけなんだが、みんなベアトリスがどうあってもついてくることを気づいていたのか?」

「まぁ……何となく」

「私も」

「うん」

「ここに来た時からどうあっても付いてくる気だとわかったわ」


 ヴェル達の返答にアディルは驚いた表情を浮かべる。


「じゃあ、なんで言わなかったんだよ。今までのやり取りは一体何だったんだよ」


 アディルの言葉は尤もであるがヴェル達は少しばかり気まずそうに互いに視線を交わした。ベアトリスはアディルの言葉には答えずにヴェル達に向けて言い放った。


「ふ……私はこうみえてもチャンスを待つような事はしないのよ。ヴァイトス家の家訓は“欲しいのなら取りに行け”なのよ」

「く……迂闊だったわ。まさか王女であるベアトリスがそこまで直接的な行動に出るなんて」

「ふ、甘いわね。エスティル……私達は実力的にまったくの互角とみているわ……だからこそ相手より先んじる必要があるのよ」

「く……」


 ベアトリスの言葉にエスティルはくっと悔しそうに唇を噛む。


「ちょっと待ちなさいよ。どう考えてもベアトリスは王族なんだから認められるわけないでしょう!!」


 そこにエリスがすかさず言うがベアトリスはまったく恐れ入ることなく言い放った。


「ふふふ、甘いわね。私に王族という足枷は無いと思って良いわ。お父様もお母様も“有り!!”と宣言されたわ」

「「「「え!!」」」」


 ベアトリスの言葉にヴェル達四人は声を揃えて叫ぶ。この辺りのやり取りはやはり付き合いの長さも関係しているのだろうか。


「ど、どういうことよ」


 ヴェルが明らかに動揺した声を上げるとベアトリスはニッコリと笑う。


「その辺の事は教えてくれなかったけど、何かみんなの話をしたら、うんうんと頷かれて今日だって“行ってこい!!”と快く送り出されたのよ」

「そ、そんな……ここでベアトリスが正式に参戦だなんて……」

「安心して良いわよ。私は心が広い女だから、みんなの事も認めてあげるわよ」


 ベアトリスの言葉にヴェル達はヒクリと頬を引きつらせる。ベアトリスの言葉は勝利宣言に他ならないのだ。それが四人には勘に障ったのは間違いない。


「何言ってるのよ。勝負が決したわけでも無いのに勝利宣言なんて気が早すぎるんじゃないの?」

「エリスの言う通りよ。この状況で私達相手に勝利宣言するなんて良い度胸ね」


 エリスとヴェルの言葉にベアトリスは腰に手を当てて高らかに宣言する。


「確かに出遅れたのは否めないけど、逆に言えばみんなまだくっついてないじゃない。今まで何をしてたの?」

「「「「はぐわぁ」」」」


 ベアトリスの言葉に四人が一斉に痛いところを衝かれたような仕草を見せる。端から見てればコントみたいだが本人達は至って真剣である。


「なぁ……みんな何を言ってるんだ?」


 アディルの言葉にシュレイとアンジェリナは呆れたような視線をアディルに向ける。アディルは決して人の感情の機微に鈍いわけでは無い。別にアディルは恋愛経験が豊富というわけでは無いのだが、ベアトリスはヴァトラス王国の王女である以上、平民の自分と恋仲になり、結ばれると言うことは想像外の事だったのだ。


「「「「アディルは知らなくて良いのよ」」」」


 アディルの疑問にヴェル達四人は声を揃えて言う。それを見てベアトリスはニンマリと笑う。


(この様子じゃあ。まだ割り込むところは絶対にあるわ)


 ベアトリスが心の中でそう思っているときにジルドが声をかけてきた。


「ベアトリス様、本当について行かれるおつもりですかな?」

「勿論よ!! たとえジルドの言葉であってもここは引くつもりはないわ」


 ベアトリスの返答にジルドは苦笑を浮かべる。


「いえ、別に引き留めなどしませんよ。黒の貴婦人エルメトだけでは不安ですのでこちらもと思いまして」


 ジルドはそう言うと懐から一つの珠を取り出した。その珠には符が幾重にも貼られており、何かしらとんでもない雰囲気を醸し出している。


「これが説明書ですので、上手くお使い下さい」

「ありがとうジルド。あなたの作った新作という事ね」

「はい、みんなもベアトリス様を頼むよ」


 ジルドはアディル達に視線を移すと頭を下げる。


「わかりました。ベアトリスなら足手纏いになる事は絶対にないですし、それどころか戦力としては申し分ないです」


 アディルはジルドにそう言って返答する。ジルドの頼みを断るわけにはいかないし、アディル達がベアトリスを連れて行く事を渋ったのは実力と言うことではなく、王族と言うことだけであったのだ。


「よし、ベアトリス頼むぞ」

「まかせてちょうだい♪」

「ところでアルトはどうした?」


 ここでアディルはこの場にいないアルトについてベアトリスに尋ねる。アルトもフットワークが軽いために、参加したがるはずである。


「アルトは今回、レムリス領から王族直轄地になった領地の視察よ。視察といっても実際は統治のための人材の選出、税が適切に徴収されているかの調査、司法が機能しているかの調査などやることは目白押しよ」

「大変そうだな……」

「まぁアルトなら大丈夫だと思うわ。なんだかんだ言って仕事は真面目にやるからね」


 ベアトリスはやや誇らしげにアルトについてアディル達に言う。アルトとベアトリスの仲は良好であるようでアディル達としてはほっとする。

 王族が権力を巡って相争うというのはいつの世にも起こりうる。少なくとも現時点では権力争いが起こる気配はないようだ。


「それじゃあ。話は決まりね」


 ベアトリスはニッコリと笑って話をうち切る。この辺りの話はさっさとうち切るのが良いのだ。話を長引かせてしまえばそれだけ面倒になるのがわかりきっているからである。


「あらあら、ベアトリス様も行かれるのですか?」


 そこにジルドの妻であるマーゴが大きなバスケットを持ってきた。バスケットの中からはミートパイのかぐわしい香りが辺りに広がってきた。


「うん、ひょっとしてマーゴそれはお弁当?」

「はい、アディル君達が私のお弁当を楽しみにしてくれているから毎回作ってるんですよ」

「え~ずるい」


 マーゴの返答にベアトリスは抗議を行う。ベアトリスもアルトもマーゴとは面識があり、マーゴの料理の腕前を知っているのだ。


「あらあら、心配しないで下さいね。たくさん作ったからベアトリス様の分もちゃんとありますよ」

「本当!! やった~!!」


 ベアトリスはマーゴの言葉に嬉しそうな声を出した。その様子は王女ではなく何処にでもいる一人の少女のものである。ベアトリスのその様子に一行は微笑ましい雰囲気が醸し出された。


「よし、それじゃあ行こうか」


 アディルがそう言うと全員が頷くと作成した馬車にアマテラスは乗り込んだ。御者台にはいつものようにアディルが座り今回は隣にエスティルが座った。ベアトリスはこの事について文句を言うような事はしない。


「それじゃあ、行ってきます」

「気を付けてな」

「無事な姿を見せてね」

「はい」


 型通りであるが心のこもった見送りの言葉をもらいアディル達は竜神帝国に向けて出発したのである。

 ちなみにその後ろに毒竜ラステマと二十人の駒達が幽鬼のような顔をしながらついていくという状況はかなりシュールなものであった。

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