毒竜引き渡し③

 扉を開けた先には毒竜ラステマのリーダーであるロジャールがふてぶてしい表情を浮かべてアディル達を睨みつけている。


(……媚びないか。見直したな)


 アディルはロジャールの態度に少しばかり見直す気になった。最凶の闇ギルドとかいっても正直な話、戦闘においてアディル達はまったく及ばなかった。そのような状況であってもアディル達にふてぶてしい態度を取ることの出来る胆力はやはり評価されるべきであろうとアディルは考えたのだ。


「お前達毒竜ラステマはこれからアマテラスの管理下に入る」


 アルダートがロジャールにそう告げるがロジャールは嫌らしい嗤いを浮かべただけで返答しようとしない。


(……ん?)


 アディルはこのロジャールの態度に、やや違和感を覚えた。ロジャールの嗤いにはアディル達に従うものかという気概よりも何かしらの余裕を感じたのだ。そうまるで自分達の事を重要人物であるかのような勘違いをしているように感じたのだ。


「アルダートさん。何かこいつ勘違いしているみたいなんですが?」

「ふむ……君もそう感じたかい?」

「はい。みんなはどうだ?」


 アディルがメンバー達に尋ねるとメンバー達も同様のようで首を傾げていた。ロジャールの態度に自分達が重要人物であると勘違いしているのはアディルだけではなかったのだ。


「ちなみにアルダートさん達はこいつらに何と伝えてあるんです?」

毒竜ラステマにはこれからアマテラスの指揮下に入る……と伝えてある」


 アルダートの返答にアディルは少し考えて結論を出すとロジャールに向け言う。


「お前ひょっとして俺達の指揮下に入るというアルダートさんの言葉を都合良く解釈しているんじゃないだろうな?」

「え……」


 アディルの言葉にロジャールは僅かばかり動揺したような反応を返した。その反応にアディルはロジャールが自分達に都合の良いように解釈をしている事を察したのであった。


「お前達が処刑されないのは別に国家がお前達の能力を惜しんだからじゃないぞ」

「な……」

「もっと言えば俺達も別にお前達の能力なんか・・・惜しくも何ともないぞ。全員大したものじゃ無いしな」

「なんだと!!」


 アディルの言葉にロジャールはここで激高するがその声の大きさに対して目には不安が浮かんでいた。


「何を驚く? 戦闘力、能力すべて稚拙だ。正直な話俺達はお前達の能力を評価して配下に加えようとしているわけじゃないぞ」

「そ、それでは俺達を何のために……」


 ロジャールは誰の目にもわかるくらい動揺していた。アディルは呆れた様な表情と声をロジャールに向ける。すでに先程までの見直すという評価は完全に崩れ去っていた。


「簡単だ。これから行く場所はどのような敵がいるか分からない場所だ。そんな場所にお前達を連れて行くのは死んでも心が痛まない連中が必要というわけだ」

「……」

「別の言い方をすれば遠慮無く見捨てる事の出来る捨て駒・・・が必要なんだよ。わかるか? 俺達がお前達を配下にするのはお前達の能力を見込んでのことではない。遠慮無く見捨てる連中が欲しいだけだよ」

「そ、そんな……」


 アディルの言葉はよほどロジャールにとって予想外であったのだろう。アルダートからアマテラスの指揮下に入るという事を聞いた時に、ロジャール達は自分達の能力を惜しんで殺さない、いや殺せないという結論に至ったのだ。それをあっさりと打ち砕かれた事はロジャールにとって衝撃だったのだ。


「さて、自分の立場が理解できたところで話を進めようか」


 アディルの声にはまったくロジャール達への情など感じられなかった。その事がロジャールにはアディルの言葉が本心であると思い知らされた。


 アディルは懐から符を取り出すと符から黒い靄がモコモコと溢れ出した。


「な、何をするつもりだ!!」


 ロジャールは露骨に怯えた声を発した。今までのアディルの言動と自分達を蹴散らした力量から自分が抵抗しても無意味であるという想いを強くしていたのだ。


「お前が気にするようなことじゃない」


 アディルはそう言うと発生した靄がロジャールに覆い被さってきた。


「うわぁぁぁぁぁぁあ!! 止めろ!! 止めてくれぇぇぇ!!」


 気味の悪い靄が自分を覆った事にロジャールは恐慌をきたした。その姿はかつて自分達が殺してきた者達とまったく同じものであったが、その事に対してロジャールは想いを巡らすだけの余裕はなかった。


「さ……終わりだな」


 黒い靄が完全にロジャールの体に吸い込まれていったところでアディルがロジャールに言う。ロジャールは自分の体に何が起こったのかを理解していないようだ。実際にロジャールは黒い靄が覆う前となにも変わってなかったのだ。


「これは一体……」

「気にしなくて良い。さて……お前は俺達の事実上の奴隷となったわけだ。ご主人様の言う事には絶対服従しろよ」


 アディルの言葉にロジャールは不快感を刺激されたが表立って反抗するような事はしない。アディルが発生させた黒い靄の正体がよく分からない以上、反抗するのは悪手以外の何ものでもないのだ。


「さて、アルダートさん、他の連中にもさっさとやってしまいましょう」

「あ、ああ」


 アディルはそう言ってロジャールが収容されている独房を出て行く。アディルが独房を出て行く際に振り返り口を開いた。


「そこにいろ」


 アディルがそう一声かけるとロジャールは何も言うことなくアディル達を黙って見送った。扉は鍵どころか閉められてもいないのだがロジャールはアディルの言葉通りそのまま独房の中に留まる。

 それからしばらくしてロジャール同様に仲間の独房から先程ロジャールが発したような恐怖の叫びが聞こえてくる。


(あいつらも……さっきの黒い靄を……)


 ロジャールは黒い靄の正体に身震いする。どうしてもその恐怖が先立ってしまいアディルの命令を破ることが出来ないのだ。


「さて……ついてこい」


 アディルが再び姿を見せるとロジャールは素直に従う。独房の外にでると仲間達の顔が見えるが一様に顔を青くしており心が完全に折れているのをロジャールは感じた。


「アルダートさん、それではこいつらは俺達がもらっていきます。絶対に碌な死に方をさせないことをここに誓いますね」


 とんでもない事を淡々と宣言するアディルに毒竜ラステマの六人は顔を青くする。アディルが本心から言っていることはわかっていたからである。


「さて、これで駒が揃ったと言う事でいよいよアリスの故郷に向かうと言う事ね」


 ヴェルの言葉にアディルは小さく首を振る。


「いや、こいつらを使ってもう少し準備をしようと思ってる」


 アディルはニヤリと嗤ってヴェルに返答すると毒竜ラステマ達はさらに心が重くなったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る