反撃⑤

「これは殿下、このような夜更けに一体いかがなされました?」


 レムリス侯爵であるエメトスがアルトに尋ねる。エメトスは今一事情が分かっていないようであるがこの時間帯に王族であるアルトとベアトリスが来るという事に対してただ事ではないという事は理解しているようであった。


「そうです。いくら両殿下といえども非常識とのそしりを受けるのもやむを得ないのではないのでしょうか?」


 次いでイザベラが発言する。その目には明らかにアルトとベアトリスを非難する感情が含まれているのは間違いない。


「いやいや、本来であれば私もベアトリスもレムリス家に顔を出すつもりは無かったのだが事情が変わってね。急遽レムリス家に顔を出す必要ができたのだよ」


 アルトの言葉にエメトスとイザベラは怪訝な表情を浮かべた。王族が領内に訪れて領主に一言もないというのは本来であればあり得ない事だ。


「元々私達は王家の直轄地であるエイヒメスの調査が目的だった。もし宿泊先の領主達が我々を歓迎した場合、エイヒメスの調査対象に気取られる可能性があったために一般人を装って移動中であったわけだ」

「「……」」


 アルトの言葉にエメトスとイザベラは沈黙する。極秘任務である以上、行く先々で歓迎されれば秘匿性が失われるためにそれを避けるために途中の貴族達に告げなかったというのは一応の筋が通っている。


「そこで今夜はレムリス侯爵領の宿屋に泊まり、翌朝には出発するはずであった……」


 アルトはそこで一旦話を区切る。


「そこで我々は毒竜ラステマと言う闇ギルドの襲撃を受けたのだ」


 アルトの口から毒竜ラステマという単語が発せられた時にイザベラの背中に冷たい汗が流れた。


「幸いにも私達を護衛してくれている近衛騎士達と護衛のために雇ったハンターチームである“アマテラス”のために退けることができた」

「ヴェルティオーネ……それに貴様はあの時の……」


 アルトが告げた言葉によりようやくエメトスが呆然とした声を出した。そこにはレムリス侯爵家を出奔したヴェルとその際に啖呵を切った少年であるアディルがいたのだ。


「ご機嫌よう。レムリス侯、そして夫人」


 ヴェルティオーネがエメトスとイザベラに対して淑女の礼を持って挨拶を行う。もちろんヴェルがそのような礼儀作法に則った挨拶を行ったのは嫌味のためである。


「お前、よくここに顔を出せたな!! とっとと出て行け!!」

「そうよ、この恩知らず!! あなたは家を出るときに何と言ったかもう忘れたの!!」


 エメトスとイザベラの言葉にヴェルはまったく意に介することなく淡々と言葉を紡いだ。


「あなた方は殿下の言葉をきちんと聞いていたのですか?」

「何だと?」

「殿下は言いましたよね。護衛のためにハンターチームを雇ったっと」

「それがどうした?」

「まだ分かりませんか? 私は両殿下の護衛に雇われたハンターチームである“アマテラス”のメンバーなんですよ。護衛対象者を護衛するという職務を放棄するわけ無いじゃ無いじゃないですか」


 ヴェルの言葉に二人は反論を封じられた。それを見てヴェルは目を細めるとそのまま話を続ける。


「何と言ってもこのレムリス侯爵領で両殿下の暗殺未遂事件が起こったばかりですから、離れるわけにはいきませんよ」


 ヴェルの言葉の両殿下暗殺未遂事件という言葉にエメトスとイザベラの顔が引きつった。エメトスとイザベラはヴェルを殺すために雇ったはずであったのにアルトとベアトリスが暗殺対象となっていたからだ。


「まさかとは思いますが私を殺そうとしたように毒竜ラステマを侯爵と夫人が雇ったというわけではないですよね?」


 ヴェルの言葉にエメトスとイザベラは顔を青くした。その変化は急激なものでありヴェルの発言が痛いところを衝かれたという事の何よりの証拠であった。


「ちょっと待って!! ヴェル、あなたはまさか侯爵夫婦に命を狙われているというの!?」


 ベアトリスがややわざとらしくヴェルに尋ねる。ベアトリスの演技にアルトが少し顔を背ける。


(今、アルトは笑いを堪えたな……まぁ仕方ないと言えば仕方ないな)


 アディルはアルトの気持ちが痛いほどよくわかった。なぜならばアディルもまた口元に浮かびかけた笑いを唇の端を噛んで堪えていたからである。


「はい、侯爵夫人が私を殺そうと部下の騎士達に命じて陵辱して殺そうとしたのです。そしてそれを救ってくれたのはこのアディルなんです!!」

「な、なんてこと……いくらなんでも侯爵夫人の非道な行動は目に余るわね」

「ああ、これは領内で権力を濫用している可能性が高いな」


 ヴェルの言葉にアルトとベアトリスは少しばかり演技の入った口調で言った。


「まぁ茶番はこのぐらいにしていいんじゃないか?」


 笑いを堪えつつアディルが言うとアルトとベアトリスも顔を綻ばせた。


「そうだな。茶番はここまでにしよう」

「そうね」


 アルトとベアトリスはそう言うとエメトスとイザベラを真っ直ぐ見つめた。2人の視線にエメトスとイザベラはゴクリと喉をならした。


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