反撃④
アディルはレムリス侯爵家の扉を躊躇いもなく開け放った。突如開け放たれた扉に使用人達は顔を不快そうに顔を歪める者、不安そうにアディル達を見る者などそれぞれの反応を示した。
「おい、そこのお前、反逆者のレムリス侯爵と性悪女を連れてこい」
アディルは目に入ったメイドの一人を指差すと差されたメイドは恐怖の表情を浮かべた。
「そうね。言っておくけどお休みとかいう理由は通らないわよ。たたき起こしてらっしゃい!!」
アディルの言葉にヴェルが続けて言う。声の主がヴェルであることに気付いた使用人達は呆然とした表情を浮かべた。
「ヴェルティオーネ……様?」
「え? どうして……ここに……」
「亡くなったはずじゃないの?」
数人のメイド達の呆然とした言葉を聞いてヴェルの柳眉が逆立つ。ヴェルにとってこのレムリス侯爵家の者達は自分の敵と認識しているので、その視線は限りなく冷たいものであった。
「ひ……」
ヴェルの冷たい視線を受けて数人のメイドは短い悲鳴を上げた。屋敷にいた頃のヴェルは使用人達の嫌がらせにも敵意を見せることはなかったためにその落差のために恐怖を感じたのだ。
「良いからさっさと連れてきてくれないかしら。あなた達と話すのも嫌なんだからこれ以上声をかけさせるような苦痛を味あわせないでくださらない?」
ヴェルの言葉にゴクリとメイド達は喉をならした。さらにヴェルはジロリと睨みつけるとメイド達は慌てて侯爵達を呼びに行った。
数分後、メイド達が顔を青くして戻ってくるとアルトに告げる。
「今しばしお待ちください。主達は身支度を調えております」
「身支度を調えた所で別に罪が軽くなるわけではないのだがな」
「……っ」
アルトの皮肉たっぷりの返答にメイドはもはや卒倒しそうな様子である。その様子を見てヴェルもまた冷たく嗤う。
このメイド達はヴェルの母親の形見が捨てられた時にヴェルの目の前で楽しげにその事を話していたのだ。
「レムリス侯爵は本当に自分の立場が分かっていないのね。まぁ無能故にこんな事態になっているのだけどね」
ヴェルの言葉は静かなものであるが自然とこの場にいる者達の耳に残った。レムリス家の関係者達は顔をさらに青くして、アディル達は苦笑を浮かべている。
「ヴェル、あんまりこの人達をいじめちゃ可哀想よ。一応こいつらも仕事でやってたんでしょうからね」
エリスの言葉にヴェルは皮肉気に嗤うと返答する。ヴェルはエリスが道徳心から窘めているわけではなく煽るために言っている事を即座に察したのだ。その証拠に最初は“この人達”と呼んでいるのにそのすぐ後に“こいつら”と呼んでいたのだ。
「そうね。仕事だから私の母の形見を捨ててそれを私の前で楽しげに話してくれたのよね」
ヴェルの言葉にメイド達はさらに血の気が引いていく。もはや顔色は青を通り越して土気色となっている。ヴェルの言葉はメイド達にとって死刑宣告を告げる冷酷無慈悲な検察官のように見えたのは間違いないだろう。
「あ、そうなの? やっぱりレムリス家に人間ってクズしかいないのね。普通母親の形見を捨てられてそれを本人の前で声高に話せるなんてできないわよね」
エリスの言葉にメイド達はうつむいてしまう。自分達のしてきた事がどれほどの事なのかを思い切り突きつけられているのだ。
「そうよね。普通に考えればできないわよね。でもこの連中はできるのよ。だってクズだもの。そして今こいつらは自分達は苛められていると被害者の心境で堪え忍ぶとか考えてるのよ。どこまでも気持ちの悪い連中だわ」
ヴェルの口撃は止むことはない。もともとヴェルは心優しい少女なのだが敵と見定めた連中にはまったく容赦をすることはない。しかし、ヴェルは非常に冷静であるために反撃するタイミングを見計らって行う。メイド達に反撃しなかったのも今はその時ではないと判断したに過ぎないのだ。
「ヴェルの実家って本当に碌なやつがいないのね。うちも大概だけど流石に同情するわ」
アリスもうんうんと頷きながら言う。
「あれ、アリスの方も碌でもない奴が多いの?」
「まぁね。まぁうちの場合は親戚筋が碌な奴じゃないのよ」
「へぇ~アリスのその辺の話って聞いた事無いわ」
「まぁね。あんまり愉快な話と言うわけでもないからね」
アリスの身の上話に及ぼうとした時に邪魔が入る。その邪魔とはレムリス侯爵家一家が姿を見せたのだ。
「アリス、お前の話は後で聞かせてもらおうか」
アディルの言葉にアリスは苦笑を浮かべながら言う。
「まぁいつまでも内緒というわけにも行かないしそろそろ伝えるべきよね」
「ああ、よろしく頼む」
アディルはレムリス侯爵家一家に視線を移すとニヤリと嗤った。前哨戦は終わりいよいよ本戦が始まろうとしていた。
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