毒竜⑧
「さぁ……こいつを殺されたくなかったら武器を捨てろ」
ウルディーが勝ち誇った表情でアディル達に向けて言い放った。シュレイの表情は相変わらず何もなく完全に操られているようであった。
(……まぁ時間を稼ぐとするか)
アディルはウルディーに変わらぬ様子で尋ねる。
「聞きたい事があるんだが良いか?」
アディルの言葉にウルディーはニヤニヤと不愉快な笑顔を向けながら返答する。
「手短に話せよ。俺はそれほど気が長い方じゃないからな」
(よし……かかると思ってたがここまであっさりとかかるなんてな)
アディルはウルディーが話に乗ってきた事に対して心の中でほくそ笑んだ。ウルディーのような男は自分が有利になると途端に強気になるパターンが非常に多い。アディルとすれば自分の策が上手くいったと思った時ほど警戒するのだが、世の中にはそうではないものが非常に多いのだ。
それはウルディーのような闇ギルドに所属しているものでも変わらないようであった。いや、むしろ闇ギルドに所属しているような連中ほどウルディーのような反応をする事が多いのだ。
「そうか、お前はどうして俺達とシュレイが関係ある事を知っていたんだ?」
「簡単な事だ。俺達がレムリス侯爵家に雇われているのは知っているだろう。そこにお前達と関係のある騎士の名が出るのは不思議ではあるまい?」
「なるほどな、本当にレムリス侯爵家の関係者はクズ揃いだな」
吐き捨てるように言うアディルの言葉にウルディーは愉快そうに嗤う。だが、アディルは次の瞬間に感謝を込めた表情に変わる。
「まぁシュレイをここまで連れてきた事には感謝してやるよ」
「あ?」
「だからここまでシュレイを連れてきてくれてありがとうって言ったのさ」
アディルの言葉にウルディーは訝しげな表情を浮かべた。
「俺が何の目的でお前のような不愉快な生物と会話をしたと思っている?」
「な」
「お前のようなアホは分からないだろうから教えておいてやる。単に時間稼ぎだよ」
「なんだと?」
「では時間を稼げばどのように状況が変化するのだろうな?」
アディルの言葉にウルディーは怪訝な表情を浮かべた。その時、アディル達の背後に何者かが転移してきた。
* * *
「あらあら……淑女の部屋に押し入るなんて随分と無粋な方なのね」
ベアトリスは侵入者を前に艶やかに笑う。ベアトリスの部屋に侵入したのは
「ほう……威勢の良いお嬢さんだな」
アルメイスはベアトリスの態度に含み笑いで応じる。自分が負けるとは露とも思っていない反応である。
「まぁね、心配しないでも
「あまり調子に乗らないことだな」
「あら、何を怒ってるのかしら? ひょっとしてあなたが
ベアトリスは嘲るようにアルメイスに言い放った。アルメイスが答えない事でベアトリスはさらに続ける。
「だとすれば随分と
「……!!」
「おや? 何を驚いているのかしら、あなたが
「く……」
「まぁ良いわ。これ以上あなたのような愚か者と話しても得るものは何もなさそうね」
ドンドン!!
ベアトリスがそう言った所でドアを叩く音が響いた。
「姫!! ご無事ですか!!」
護衛の騎士の言葉にベアトリスは柔らかく返答する。
「大丈夫よ。私の部屋には入っていないわ」
「しかし……」
「私よりもアルトの……まぁアルトの方が護衛はいらないわね。まぁどちらにしても入っちゃダメよ。殿方を部屋に入れるわけにはいかないのよ」
ベアトリスと護衛の騎士の会話を聞いてアルメイスは明らかに動揺する。
「お前……ベアトリス王女……なのか?」
アルメイスの言葉にベアトリスは小さく笑う。
「あら今頃気付いたの? どこまでもマヌケなのね」
「く……」
「その顔はやっと気付いたみたいね。あなた達は王家に喧嘩を売ったという事に……」
ベアトリスの言葉にアルメイスは戦慄する。最凶の闇ギルドであっても王族に敵対する意思はなかったのだ。特にヴァトラス王国の王族であるヴァイトス家の恐ろしさは他国の王族とは比較にならない。完全な相互主義者の集まりであり、敵対する者に対しては容赦という言葉はまったく存在しないのだ。
「足掻いても構いませんよ……無駄な事でも生き残るために行動するのは生物としての本能ですからね」
「く……」
「それでは始めましょうか」
ベアトリスはそう言うと足元に魔法陣が展開するとそこから一体の傀儡が姿を現した。黒いドレスに身を包んだ貴婦人然とした佇まいであるがアルメイスは顔を引きつらせるものである。
ベアトリスの指から魔力で形成した糸が伸び
「そ、それが……
アルメイスの言葉にベアトリスは言葉ではなく行動で示す。その行動とはもちろんアルメイスに襲いかかることであった。
「ち……」
アルメイスは舌打ちと同時に腰に差した双剣を抜き放った。この双剣はミスリル製のものであり数々の血を吸ってきたアルメイスの相棒である。
(く……なんだこの傀儡……)
アルメイスは
バタン!!
「姫!! ご無事ですか!!」
そこに護衛の騎士達が部屋に入ってきた。護衛の騎士達はアルメイスを見ると即座に抜剣する。
(まずい……)
アルメイスが護衛の騎士に一瞬気を取られた瞬間をベアトリスは見逃さない。
「ぎゃあああああああああ」
液体をまともに浴びたアルメイスの口から絶叫が放たれる。かけられた液体は唐辛子を煮詰めたものを抽出したものであり、それが目に入ったのだ。凄まじい激痛がアルメイスを襲いアルメイスは手にしていた双剣を取り落としてしまう。
(まぁ仕方ないわよね……)
ベアトリスはその事を笑うような事はしない。傍目にはバカバカしい攻撃でも効果は抜群というのは実の所結構多いのだ。
「がぁぁっぁぁぁぁっぁあ!!」
目から入った刺激物よる苦痛とは別の苦痛がアルメイスを襲う。
メシ……ミシ……ギョギィ!!
アルメイスの体の各所から異音が発せられるとアルメイスは余りの苦痛の為に意識を手放した。
「姫……流石に焦りましたよ」
護衛の騎士達は焦ってベアトリスに言う。
「ええ、でも作戦通りに上手くいったわ」
「はぁ……もうごめんですよ。この作戦は胃に悪すぎます」
「ふふふ。ごめんなさいね」
ベアトリスは護衛の騎士達に謝るがそれよりも作戦が上手くいった事を誇っているようである。
ベアトリスと護衛の騎士のやりとりは全て前もって決めていた事であったのだ。激しい戦いを展開し、護衛の騎士を突入させることで意識を逸らさせるというこれ以上ないシンプルな作戦であるが効果は相当高いのだ。
「さ、こいつを縛り上げといてもらえるかしら、どうやら外にも
ベアトリスはそう言うと魔法陣を展開させるとそのまま姿を消した。止めようとした護衛の騎士は深いため息をついたのであった。
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