毒竜⑦

「兄さん……良かった無事だったのね」


 アンジェリナがシュレイの姿を見つけると嬉しそうに顔を綻ばせる。だが、すぐさま要すがおかしい事に気付き身構える。


「アンジェリナ!!下がってろ」


 アディルは天尽を構えるとシュレイもそれに対応するようにシュレイも剣を構えた。シュレイの目には意思というものが抜けているのを感じたアディルはすぐさまこれがアディル達を襲った野盗達と同様に操られている事を察した。


「ははは!! さぁ殺し合え!! お前達はそいつを助けに来たのだろう!!」


 エスティルとアリスから距離をとったウルディーがニヤニヤしながら叫ぶ。ロジャールも同様に勝ち誇った表情をアディル達に向けている。


「お前達のうちどちらかがシュレイを操っているというわけか……」


 アディルは沈痛な面持ちで言うとウルディーの得意満面な笑みがこぼれる。非常に不快な表情でありアディルは反射的に拳をウルディーの顔面にめり込ませてやりたくなる。


「おいおい、なんだその目は? 俺の命令一つでそのガキを殺す事ができるんだぜ」


 ウルディーの楽しそうな声はアディル達にはこの上なく不快なものであった。



 *  *  *


 踏み込んできた毒竜ラステマのレグスに対峙するのはヴァトラス王国の王子であるアルトであった。


「ふ……ガキ一人にこれだけの数の騎士か……」


 レグスは小さく笑う。その表情にはまったく同様というみられない。それだけ自分の技量に自信があるのだと言うことを知らしめている。


 それに対してアルトの護衛達は緊張のために冷たい汗をかいている。レグスから発せられる威圧感に押されているのは明らかである。


「ところでお前は何だ? この地方の人間は窓から入ってくるのが基本なのか?」


 しかしアルトはまったく声の調子を変えることなくレグスに問いかける。その様子にレグスは僅かながら違和感を感じた。


(周囲に騎士がいるから自分に危害が及ばないとでも思っているのか……)


 レグスは心の中でニヤリとほくそ笑む。自分が安全だと思っている者が恐怖に歪んだ表情を浮かべるときほどレグスの嗜虐心を満たしてくれるものはない。


「どうした? 窓から入ってくると言う習慣があるのか? それとも毒竜ラステマのような闇ギルドならではの習慣かな?」

「何?」


 アルトの言葉にレグスは僅かながら動揺を示した。アルトが自分が毒竜ラステマのメンバーである事を知っている事に警戒するのは当然というものである。


「おいおい、お前は毒竜ラステマのレグスだろう? ここに踏み込んできたと言うことはお前らがレムリス侯爵家に雇われたという事か。そしてこの宿にいる者達を皆殺しにしようという命令を受けたというわけか……」


 アルトの言葉にレグスは得体の知れない不気味さを感じ始めていた。自分を最凶の闇ギルドの毒竜ラステマのレグスである事を知ってこの余裕であり、少しも恐怖をしていない事に対してレグスが警戒を始めていたのだ。


「まぁ良い……お前が誰のどのような依頼を受けたかはこの際関係ないな」


 アルトが騎士達に視線を移すと騎士達もそれぞれ頷いた。


「はい、領軍がこの場を取り囲んでいるのは確実のようです。確実に毒竜ラステマとレムリス侯爵家には関係があります」

「ふふふ……どこから攻めるかと思っていたが何の問題もないようだな」


 アルトの言葉にレグスは訝しがりながら声を発する。


「お前達は……一体……何者だ?」


 レグスの言葉にアルトはニヤリと嗤って返答する。


「教えるわけないだろう。まぁお前達が刑場に運ばれたら教えてやる」

「なんだと?」


 レグスが不快気に言った瞬間にアルトは動く。電光石火と呼ぶに相応しい動きでほぼ一瞬でレグスの懐に潜り込むとそのまま左正拳突きをレグスの腹部に放った。

 レグスはその一撃を咄嗟に腕で防ぐがその拳撃の重さにレグスの体は十㎝ほど床から浮いてしまう。そのままアルトは右手を広げて“目打ち”を放った。レグスは顔をよじることでアルトの目打ちを躱す事に成功した。


「よく躱したな。まぁ……だから何というところか」


 アルトの言葉にレグスは訝しがる。アルトの言葉は捕らえようによって様々な意味に捕らえることが出来るためにレグスは一瞬混乱したのだ。もちろんこれはアルトがレグスに少しでも疑念を持たせるための言葉だ。


(どうやら今の一撃にかなりこいつは動揺したようだな)


 アルトは心の中でそう結論付ける。いつものレグスならばこの程度で動揺する事は無かっただろうが、今までの会話からレグスの中にアルトの正体は何者なのかという意識がめばえてしまったのだ。そこに先程の強烈な一撃でありすっかり浮ついた状況になってしまったのだ。


 アルトは重心を一瞬で移動させ、その勢いを利用してノーモーションで跳んだ。その動きにレグスは虚を衝かれてしまったのだ。アルトの右拳がレグスの顔面に放たれ、レグスは躱しきる事が出来ずにまともに受けてしまった。


「く……」


 レグスは自分が一手後れた事に気付くがこの状況では反撃は難しい。しかも一撃を入れた事でアルトの攻撃は激しさを増した。

 拳、肘、手刀、掌抵と次々と繰り出される攻撃にレグスは防戦一方になっていく。レグスは防御を固めアルトの打ち疲れを待つ事にするが、それでもアルトの攻撃は止む気配が一向にない。


(なぜ……止まらない……こいつ化け者か!!)


 レグスが途切れない攻撃に一瞬だけ意識が途切れるとその瞬間をアルトは見逃すことなく強烈な一撃をレグスの腹部に叩き込んだ。


「が……」


 腹部に入れられた強烈な一撃にレグスの動きが止まるとそのままアルトはレグスの膝、顎、鎖骨に強烈な打撃を間断なく叩き込むと。レグスの膝が折れる。


(とどめ……)


 アルトは魔力を掌に集めるとレグスの顎にそっと触れる。そして次の瞬間凄まじい衝撃が発せられレグスの首が急激に回転する。


 ギョギィィィ!!


 異音が発しレグスは口から血が噴き出すとそのまま倒れ込んだ。


「よし……縛っておけ」


 アルトは事も無げなく騎士達に告げた。

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