毒竜⑨
アディル達の背後に何者かが転移してきたがアディル達はまったく警戒することはない。これは誰がこの場に現れるか当然の如く知っているからである。
「お待たせ♪」
やけに明るい声が周囲に響く。それから間髪入れずにもう一度何者かが転移してきた。アディル達はそれに対しても警戒を一切示す事はなかった。
「お、間に合ったな」
こちらもやけに明るい声である。もちろんこの声の主はアルトとベアトリスの二人だ。
「いや、これ以上にないタイミングだ。どこかで様子を伺っていたんじゃないのかと思ってしまうレベルだ」
アディルの言葉にアルトとベアトリスは笑う。命のやり取りをしている場でありながらアディル達に悲壮感は一切無い。それどころか来るべきカードが揃ったという雰囲気である。
「なんだそのガキ共は……そのガキ共がお前達の待っていた状況の変化か?」
「ああ、そうだ。頭の悪い
ウルディーの言葉にアディルは思い切り馬鹿にしたように言う。
「アディルは容赦ないわね」
「そうね」
「まぁここまでバカに出来る連中がいるんだからしたくなるわよね」
「さっさとやっちゃいましょうよ」
ヴェル達は苦笑混じりに言う。こちらも余裕の表情を浮かべて明るい声で言う。
「ちょっと、そんな事どうでも良いから早く兄さんを……」
アンジェリナは少し怒ったように言う。
「大体、あんなアホに兄さんを操らせる事自体、兄さんへの冒涜よ!! 細切れにしてやるわ!!」
今まで抑えていたのだろうアンジェリナは魔力を放ちだした。その魔力は非情に刺々しい敵意に満ちており直接むけられたわけでもないのにアディル達は少しばかり身震いする。
「アンジェリナ、一応いっとくが周辺の住居にあまり損害を出すなよ」
アディルの言葉にアンジェリナは口の端をあげて嗤う。
(あ、これ……容赦する気ゼロだわ)
アディルはそう考えた瞬間にアンジェリナの周辺に火球が浮かび上がった。その数はかるく見積もって三十を超えている。
「私の兄さんへの恋路を邪魔するような連中は灼いてあげるわ!!」
アンジェリナはそう言うとウルディーとロジャールに火球を一斉に放つ。ロジャールとウルディーは後ろに跳んで火球を躱した。チラリとアンジェリナはアディルに視線を移すとアディルはシュレイに向かって駆け出した。
エスティルはウルディー、アリスはロジャールにそのまま斬り込んでいく。そのタイミングは完璧であり、戦いは一気に動く事になった。
アディルはシュレイに対して斬撃を放つ。もちろん殺害が目的ではない。しかし、生半可な斬撃ではシュレイには通じないのは明らかだ。
キィィィィン!!
シュレイはアディルの斬撃を受け止めるとそのままクルリと剣を返してアディルの手首を狙ってきた。アディルはその攻撃に即座に反応するとスルリと剣を引いた。
(強いと思っていたけどこれは予想以上だな……)
アディルは今の攻防でシュレイの実力お高さを確認する。アディルの斬撃は一流の騎士であっても受ける事は難しいものである。にも関わらず受け止め即座に反撃するなどそれだけでシュレイの技量の高さをうかがわせるには十分である。
(これは無傷で捕らえるのは難しいな……)
アディルはそう考えるとアンジェリナをチラリと見る。アンジェリナは再び火球を自分の周囲に浮かべるとロジャールとウルディーに向けて一斉に放っている。ウルディーの方へと放つ火球が多いのは偶然ではないだろう。
しかも、エスティル、アリスには全く当たらないように放っている所からもアンジェリナの技量の高さが伺い知れるというものだ。
(仕方ない……これは本気でやらないといけないな……となると剣での勝負は避けた方が無難だな)
アディルはそう考えるとシュレイの剣を奪う事を第一に考える。正直な話、操られているシュレイは本来のシュレイの戦い方からかけ離れているのは間違いない。作戦というものはなくただ本能に従って剣を振るっているに過ぎない。
だが、本能に従って一切の手加減もなく振るう剣の速度と重さはアディルが手こずるには十分な理由があると言える。
いつものシュレイとどちらが強いかは正直なところ判断が分かれるところであろうが、それでも油断できる状況でないのは確かであった。
(いくか……)
アディルは一気に踏み込む。狙うのはシュレイの剣を持つ右手だ。その動きは緩やかなものでありまったく激しさは感じられないものである。だがそれ故にシュレイはアディルの斬撃に一呼吸遅れた。アディルの斬撃をシュレイは受け止めた瞬間にアディルはシュレイの右手首を蹴り上がた。
シュレイの剣は空高く飛びそのまま地面に突き刺さった。そこでアディルは
(よし……入る!!)
完璧なタイミングで放たれた正拳突きにアディルは攻撃の成功を確信する。しかし次の瞬間にそれが間違いであった事がわかった。アディルの正拳突きをシュレイは腹部で受けた。
ガシャァァァン!!
陶器が砕け散るような音が周囲に響き渡る。
(防御陣!! しまった……)
陶器が砕けたような音はシュレイの腹部周辺に形成された防御陣が砕けた音であったのだ。アディルはそれに気付いた時、シュレイは最小限度のダメージでアディルの攻撃を耐えた事を察したのだ。
その事に気付いた瞬間にアディルの顔面に凄まじい衝撃が発した。シュレイが魔力を込めた一撃を放ったのだ。
「く……」
アディルはその衝撃に一瞬であるが動きが止まった。シュレイはその隙を見逃すことなく次の一撃を見舞う。並の使い手ならば頭部が吹き飛ぶかのような凄まじい一撃であった。
だが、アディルはそれこそ待っていた一撃だったのだ。凄まじい威力のある攻撃は諸刃の剣である。それを躱された時に生じる隙は決定的なものであろう。
アディルは放たれたシュレイの一撃を頬に受けた瞬間に顔をよじって受け流すと同時に放たれた腕を掴むとそのままの勢いでシュレイを投げ飛ばした。
「が!!」
地面に叩きつけられたシュレイの口から大量の息が吐き出された。それは苦痛からのものではなく叩きつけられた故のものであるが、動きが止まったのは間違いない。アディルは倒れたシュレイをひっくり返すと首筋に小さな針があるのを発見する。
(よし……)
アディルは迷わずシュレイの首筋にあった針を抜き取るとベアトリスを見て叫んだ。
「ベアトリス!! 頼む!!」
アディルの言葉にベアトリスは承知したとばかりに駆けだした。
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