毒竜②
アディル達はアルト達の宿泊している宿屋に到着する。
「いらっしゃい」
受付の所にいる三十代半ばの男性がニコニコとアディル達を迎える。柔和そうな表情であるがこの人物がルーヌスの一員であることを知っているアディル達とすれば只者でない事は当然であった。
「あの、ここにアッシュ達一行がいると思うのですが、ツクヨミが来たと伝えてください」
アディルがそう言うと男性はニッコリと笑って質問を返す。これはアディルとアルトが事前に決めていた偽名である。ここはある意味敵地であり、用心するのは当然であった。
「そうですか。お連れ様の部屋は二階の一番奥になります。皆様方の部屋は階段を上がってすぐになります」
「はい、ありがとうございます」
男性はアディルに鍵を手渡すと受付で帳簿作業に戻った。それを見てアディル達は階段を上る。
「とりあえずアッシュ達の部屋に行くとしようじゃないか」
「そうね」
アディルの言葉にヴェルが返答する。アディル達の荷物はアディルの封印術で封じているために先に部屋に行って荷物を置く必要はないのだ。
二階に上がると廊下には二人の騎士が立っているのがアディル達の視界に入る。騎士達はアディル達を見ると一礼する。すでに顔見知りというのもあるが、受付の男性が何も行動を起こさなかったことで危険がないと判断しているのだ。
「あのさ……」
アンジェリナがアディルに戸惑いつつ尋ねる。
「アディル達と一緒にここに来ている“アルト”って人は何者なの? この人達って並の護衛じゃないわ。それにアッシュってわっざわざ偽名を使うと言う事は相当な大物って事でしょう?」
「まぁな、でもお前はとっくに目星が付いてるだろ?」
アディルは苦笑しながらアンジェリナに返答するとアンジェリナは少しだけ頬を膨らませる。アディルに馬鹿にされたと思ったのだろう。
「確かに目星は付いてるけどさすがにそんな非常識な事あるわけないじゃない。それともあんた達って実はお貴族様とでもいうの?」
(まぁ……俺とエリスは違うけど、ヴェルは侯爵家の元令嬢だし、エスティルは皇女様、アリスは良くわかってないけど“竜姫”とか呼ばれてたからひょっとしたら身分の高い令嬢かもな)
アンジェリナの言葉にアディルは心の中で自分達のメンバーの半数以上が何らかの身分のある事に思い至った。だがそれをこの場で伝えるのは得策ではないために触れないことにする。アンジェリナの事は信頼に値すると思うが、それでも魔族、竜族と共に行動しているという事をこの段階で伝えるまで判断がつかなかったのだ。
「俺達は貴族じゃないさ。ただ知り合いにツテのある人がいるというわけさ」
「え……ということは……本当なの?」
「まぁそれはあってのお楽しみさ」
アディルがそこで話をうち切ったのは別に嫌がらせが目的ではない。アルトの部屋の扉の前に到着したからだ。アディルは迷わず扉をノックすると中から“どうぞ”という返答があったためにアディルは扉を開ける。
「よぉ、お帰り。首尾はどうだ?」
扉を開けると正面のテーブルにアルトとベアトリスが座っており紅茶を楽しんでいる所であった。アルトの宿泊している部屋は相当な広さでありベッドが一つしかないところを見るとベアトリスとは別部屋のようである。
「お帰りなさい」
アルトの次にベアトリスもアディル達に声をかけ、アディル達と一緒にいるアンジェリナを見て安心したように笑顔を見せる。
「どうやら上手くいったみたいだな」
アルトも事情を察したようでニヤリと嗤う。
「ああ、幸いにも嬉しい誤算があった」
「誤算?」
「ああ、彼女がシュレイの妹のアンジェリナだ。誤算は凄腕の魔術師と言うことだ」
「ほぉ~」
アディルの言葉にアルトは興味深げにアンジェリナを見る。アルトの視線を受けてアンジェリナはやや居心地の悪そうな表情を浮かべる。
「アルト、いくら彼女が可愛いからって不躾に女性の顔を覗き込むのは感心しないわよ」
ベアトリスの言葉にアルトもバツの悪そうな表情を浮かべる。
「いや、こいつは失礼した。俺はアルトよろしくな」
「は、はい」
「私はアルトの双子の妹のベアトリスよ。よろしくね♪」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」
アンジェリナはアルトとベアトリスから放たれるロイヤルオーラともいうべき気品に気圧されているようである。アルトとベアトリスは気さくな人柄であるが王族として生きてきたために自然と放たれる王族としての気品があるのだ。
「それでアンジェリナ嬢はシュレイを助けたるために俺達と共に動くと考えて良いのかな?」
「は、はい。もちろんです。あの……それからアンジェリナ嬢なんて私にはつけなくていいです。私は平民ですので両殿下に敬称をつけられるような身分ではありません」
アンジェリナが二人を両殿下と呼んだことに対してアディル達にチラリと視線を向けるとアディル達は首を横に振る。それを見て二人はニコニコと微笑んだ。アンジェリナの察しの良さに安心したのだ。いかにシュレイの妹としても足手纏いなら参加させるつもりはなかったのだ。
「そうかわかった。それでは君の事はアンジェリナと呼ばせてもらうよ」
「私もアンジェリナと呼ぶわね」
「は、はい」
アンジェリナがそう返答するとアルトとベアトリスはニッコリと微笑みながら言葉を続ける。
「それじゃあ俺の事はアルトと呼んでくれ」
「私はベアトリスね♪」
「へ? いや、それは……」
アルトとベアトリスの言葉にアンジェリナは困惑の表情を浮かべる。王族を呼び捨てにするなど平民であるアンジェリナにとってはハードルが高いというレベルではないだろう。
(まぁ普通に考えればそうだよな……そして意外とこの二人って中々引かないんだよな)
アディルはそう思っていた所にエリスが助け船を出してくる。
「アンジェリナ、諦めなさい。この二人はなぜかこの点では中々引かないのよ。諦めて、二人を呼び捨てにしなさい」
「でも……王族の方々を呼び捨てなんて……」
「私も最初はそう思ってたけど、一度呼んでしまえば心理的抵抗を超える事は出来るわ。さすがに公的な場で呼び捨てに何かすれば不敬罪に問われることになるだろうけど私的な場なら罰せられることもないわよ」
「でも……」
エリスの言葉にアンジェリナはチラリと入り口の所に立っている二人の騎士を見る。主君であるアルトとベアトリスを平民が呼び捨てにしてしまえば不敬罪で罰せられることも十分い考えられるのだ。
「大丈夫よ。騎士の方々もその辺の事は見逃してくれてるから」
エリスの言葉にアンジェリナは次々と外堀を埋められていく。エリスがアンジェリナを説得している間に、アディル達とアルト、ベアトリスは楽しく談笑している。その中で互いに呼び捨てや君付けで呼んでいる姿がアンジェリナの耳に入ってくる。
これはエリスが説得に回った時にエリスが小さくアディル達にサインを送った故の行動である。アディル達もアルトとベアトリス呼び捨て、君付けすることによって心理的抵抗を和らげようという意図もあるのだ。
「う~分かったわよ。でもさすがにアルト殿下は男性だからみんな達同様に君付けさせてもらうわよ」
アンジェリナはついに折れると宣言する。するとアルトとベアトリスは満足そうに頷いた。
「よし、これで決まりね。さぁアンジェリナ!! 私と恋バナしましょう♪」
「へ?」
「私達の年齢なら恋バナの一つや二つしないでどうするのよ!!」
「へ?へ?」
戸惑うアンジェリナにアディルが苦笑と共に言う。
「ベアトリス、アンジェリナには恋する相手がいるからな。たっぷりと恋バナしてこい」
「本当!? ふふふ、さぁアンジェリナ行きましょう♪」
ガシッとベアトリスはアンジェリナの腕を掴むと自分の部屋に向かってアンジェリナを引きずっていく。ベアトリスはその細腕にもかかわらず意外と腕力があるのだ。
「さぁ!!行くわよ。ヴェル達も何ボサッとしてるのよ。あなた達も行くわよ」
ベアトリスはヴェル達にも声をかけるとヴェル達も苦笑しながらも立ち上がる。苦笑はしているのだが楽しみにしてる気配をひしひしと放っているためにアンジェリナは絶望の表情を浮かべながらベアトリスに引きずられていくのであった。
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