アンジェリナ吠える②

「とりあえず話を聞きましょうよ」


 エリスが言うとアディル達は頷く。しかし顔を見合わせるとまた微妙な空気がアディル達の間に流れた。シュレイの言葉から妹は大人しいイメージがあり、目の前で展開されている光景の落差に戸惑っていたのだ。


「た、助け……」


 首を締め上げられている騎士が震える手をアディル達に助けを求めようと伸ばした。それを見てアンジェリナはアディル達に視線を移した。アディル達とアンジェリナの視線が交叉する。


「何よあなた達……言っておくけど見世物じゃないわよ」


 アンジェリナは努めて冷静さを保とうとした口調でアディル達に言う。しかし、その冷静さは薄皮一枚程度のものであり、その下には激情が渦巻いている事をアディル達は察している。


「え~と、とりあえず話を聞きたいことがあるんだが、君はシュレイの妹さんか?」


 アディルの問いかけにアンジェリナは騎士の首を締め上げていた手を離すと騎士はそのまま地面に落ちるとゲホゲホと咳き込んでいた。


「そうよ。あなた達兄さんを知ってるのね。兄さんとどんな関係よ?」


 アンジェリナはそう言うと凄まじいばかりの威圧感をアディル達、より正確に言えばヴェル達女性陣に叩きつけ始める。その凄まじい威圧感に女性陣は反射的に戦闘態勢に入った程である。


「む……どの人であっても強力なライバルである事は間違いないわね」


 アンジェリナはヴェル達を見て小さく呟く。距離的にアディル達の耳には届かなかったのだが僅かながら放つ雰囲気に不安が含まれた。


「俺達はシュレイの仲間・・だ」


 アディルの言葉にアンジェリナの雰囲気が少しばかり和らぐ。


「……ひょっとしてあなた達って“アマテラス”?」

「あ、あぁそうだ」


 アンジェリナの言葉にアディルが戸惑いつつ返答する。


「そう……なら聞くけどあなた達は王都にいるはずじゃない。なんでエグワノスにいるのよ?」

「シュレイに会いに来た」

「嘘ね……」


 アディルの返答をアンジェリナは一言で切って捨てる。この反応にはアディル達は驚く。


「なぜ嘘だと思う?」

「簡単よ。兄さんは家を出るときに私に王都に向かいそこであなた達を頼れと言ったわ。そしてその日に兄さんは捕縛され、今日あなた達が王都からエグノワスにやってきた。ただ世間話にやってきたというには都合が良すぎるわよね」

「確かにな」

「兄さんに会いに来たのは間違いないわ。でもそれは手段であって目的じゃない。あなた達は兄さんをどうしたいの?」


 アンジェリナの言葉にアディル達は感心したように頷く。アンジェリナはシュレイが捕縛され精神的に追い詰められもっと取り乱していてもおかしくないにも関わらず、アディル達の目的を冷静に聞き出そうとしているのだ。


「俺達はシュレイを助ける・・・ために来た。まだ捕縛されていない可能性もあったし、君が俺達と合流すればシュレイは捕縛されるような事をしないのではないかと思って会いに来たというわけだ」


 アディルはそう言うとアンジェリナの反応を伺う。


「そう……それじゃあ。兄さんに何があったのか教えてもらえる?」

「ああ、もちろんだ」


 アディルは即座に返答する。アディルが事情を話そうとした時に首を締め上げられていた騎士の背中に魔力の塊が直撃すると騎士は“ぐえ”と一声あげるとそのまま気絶した。


「気付いていたのか?」


 アディルが言うとアンジェリナはさも当然とばかりに頷く。


「もちろんよ。こいつらのような奴等のやりそうなことと言えば不意を衝くぐらいしかないじゃない。それに僅かながらも殺気が漏れてたわよ。兄さんのような一流どころと違って殺気の御し方もしらないようなやつの対処なんて簡単よ」

「なるほどな」

「それで兄さんに何があったの?」

「ああ、ここだと人目につくから歩きながら話すことにしよう。付いてくるか?」


 アディルの言葉にアンジェリナは当然の如く頷く。この辺りの思い切りの良さは単にアディル達を信用しているというよりも自分の戦闘力の高さからくる余裕からくるものであることをアディル達は察していた。

 アディル達とアンジェリナは連れだって歩き出した。


「まず事の始まりはレムリス侯爵家が俺達を殺そうとしている事だ」

「へぇ、侯爵家と揉めてるね。原因は?」

「こっちのヴェルが侯爵家の連中に殺されそうになってな。俺が助けると同時に宣戦布告したわけだ」

「ヴェル……?」


 アンジェリナがヴェルを見るとやがて納得いったように頷くと口を開いた。


「あなた……レムリス侯爵家のヴェルティオーネ様ね? そういう事……病死したと聞いていたけど実際は殺されそうになって逃げ出したというわけね」


 アンジェリナの言葉にヴェルは静かに首を横に振る。


「ちょっと違うわね。殺されそうになったのは事実だけど、逃げ出したと言うよりも縁を切って堂々と出てきたわよ」

「だんだん見えてきたわ。ひょっとして兄さんはヴェルティオーネ様を殺すために送り込まれた刺客だったと言うこと?」


 アンジェリナが少しばかり申し訳なさそうな表情を見せる。信頼していた兄が目の前の少女を殺そうとしていた事に対して罪悪感が刺激されたのだろう。


「あんまり気にしないで良いわよ。シュレイは私を殺すように命じられていたようだけどそれを実行しようとしてないわ。実行しようとしたのは一緒に来た騎士達であり、灰色の猟犬グレイハウンドというハンターチームよ」


 ヴェルの返答にアンジェリナは少し安心したような表情を浮かべる。


「そうよね。私の兄さんがそんな事するわけないわよね。兄さんは領軍のクズ共とは違うのよ」


 アンジェリナの言葉にアディル達は苦笑する。領民にというよりも領軍の家族にこうまで悪し様に言われている領軍の信頼度の低さは相当なものである。


「まぁ続きを話すぞ。俺達は騎士達と灰色の猟犬グレイハウンドを蹴散らした所でシュレイに出会ったんだ。シュレイは騎士達の代わりに俺達の駒になることを提案したんだ」

「え?」

「もちろん、俺達に協力させたのは事実だ。シュレイは俺達に協力することで同僚達を助けようとしたんだろうな」

「その同僚達は? まさか兄さんだけに押しつけてあなた達は見逃したってわけないわよね?」

「いや、その時のシュレイに押しつけて自分達だけ助かろうと言う根性が気にくわなくてな。そのまま駒として任務に連れて行ったんだ」


 アディルの返答にアンジェリナは満足気に頷く。


「それで良いわ。兄さんに押しつけて自分だけ助かろうなんて絶対に許されないわ」

「まぁな。俺達もそんな奴等を野放しにするほどマヌケじゃないさ」

「ふむふむ、あなた達って信頼できそうね」


 アンジェリナの言葉にアディル達は苦笑した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る