アンジェリナ吠える①
アディル達一行がレムリス侯爵領の領都である“エグワノス”に到着したのはシュレイが捕縛されて二日後の事である。
アディル達がウルディーに操られた野盗達を斃してからは襲ってくる者もおらず安定した旅路であった。
変わった事と言えば、アディルのアルトの呼び名が殿下から“アルト”に変わったぐらいである。ベアトリスがアディル達に呼び捨てにされているのを聞いたアルトが“自分の事もアルトと呼んで欲しい”と言いだした結果である。
もちろん、即座にアディル達は断ったのだがアルトは引き下がらなかったのだ。その後互いに引かなかったのであるが、最終的にはコインの裏表で勝負を決しアディルが敗れた結果、アディルはアルトへの呼び名を改めて“アルト”と呼ぶ事になったのだ。
ちなみにそのコインは両面に同じ意匠が彫られており、どちらにしてもアルトの勝利は揺るがなかったのだ。勝負が終わってからアディルはその事に気付いたのだが、“イカサマはその場を抑えないとダメだろ”としたり顔で言われてしまいアディルは“アルト”と呼ぶことを承知させられてしまったのだ。
ヴェル達は流石に異性を呼び捨てにするのは抵抗があると主張するとアルトもそこまでは無理強いすることなく“アルト君”と呼ぶことが決定することになった。
「さてアディル、これからどうするつもりだ?」
アルトがアディルに尋ねる。
「そうだな……まずはシュレイがどうなっているかの確認をしようと思う。アルト達は先に宿に行ってくれ。確認したら合流する」
「わかった。ここは敵地だ十分に注意しろよ」
「ああ、揉め事は基本的にお前とベアトリスがいるときが望ましい」
アディルの言葉にアルトとベアトリスは苦笑する。普通に考えれば王族であるアルトとベアトリスを危険にさらす行為であり認められるはずはないのだが、この数日行動を共にしたことでアディルもかなり吹っ切れたようであった。
「わかった。気を付けてな」
「ああ。それじゃあ」
アディル達はそう言うとアルト達から別れるとアディル達はさりげなく周囲を警戒しながら歩き出した。
「まずはシュレイの妹に会わないとな」
「そうね……でもさ、今更だけどシュレイの実家がエグノワスになければどうするの?」
「それは大丈夫よ。領軍に所属している騎士は家族毎にエグノワスに居を構えるのが義務づけられているのよ」
「どうしてそんなこと……」
ヴェルの言葉にエリスが首を傾げながら言うとヴェルが忌々しげに言う。
「人質にするためよ。騎士は領軍の士官なんだから当然ながら機密に触れる機会が多くなる。そのために家族を人質にすることで心変わりしないように枷を作るのよ」
「なるほどね。となると命令を拒否する事もしづらいというわけか」
「それもあるかも知れないけど、大抵はそれに相応しい者が選ばれる……シュレイの場合はどちらかと言えば実力の面で選ばれたのかもね」
「なるほどな。シュレイの実力は相当なものだったからな。それを考えれば当然の流れかもな」
アディルはそう言うとヴェル達も納得した様に頷く。
「それじゃあ、シュレイはこの
アリスの言葉にヴェルは頷く。
「ええ、間違いないわね。ただシュレイがすでに辞意を表明しに領軍司令部に行ってれば捕まっている可能性は高いわね」
「シュレイなら到着してすぐに向かってそうね」
アリスの言葉にアディル達は頷かざるを得ない。アディル達はシュレイがすぐに行動を起こす可能性が高いことを短い付き合いであったが察していた。シュレイは自分の心にある自分の行動原理に従って動くタイプの人間であり、間違いをそのままにしておくことが出来ない人物であった。
「とりあえず、聞き込みから始めよう」
「そうね」
アディル達はそう言うとすぐさま聞き込みを開始する。聞いた相手は巡回中の衛兵達である。シュレイの事を衛兵達は知らなかったが、騎士が住んでいる区画の場所を教えてもらい。そこでまた改めて聞き込みを行った結果シュレイの家を知ることが出来たのだ。
「なぁ……シュレイの家を訪ねた時のこの周囲の人達の反応……気にならないか?」
アディルはヴェル達に尋ねるとヴェル達も同意とばかりに頷いた。アディル達が尋ねた者達はほとんど例外なくアディル達に冷たい視線を向けてきたのだ。それはよそ者を訝しんでいるというものではなく、アディル達は明確な敵意を感じるほど厳しいものであった。
「ええ、恐らくシュレイはすでに出頭しているんじゃないかしら……」
「私もそう思うわ。私達を他国の間者と訝しんでいる可能性はあるけど敵意が籠もりすぎよ」
エリスとアリスの言葉にアディル達も頷く。
「となると……俺達の動きはレムリス侯爵家に伝わってる可能性があるな」
「ええ、シュレイが出頭しすでに捕縛された。その捕縛の理由が“他国に情報を売った”という類のもので発表されている可能性はあるわね」
「ああ、今更だが迂闊だったな」
「もう仕方ないわ。この段階でそこまで考えるというのは無理よ」
エスティルがアディルを慰めるように言うとアディルは少しだけ笑顔を見せる。
「とりあえず、急ごう」
「そうね。まだシュレイの家族には被害が及んでない可能性もあるわ」
「そういう事だ」
アディル達は互いに頷くと示された場所に向かう。しばらく進むと一軒家の建ち並ぶ区画につく。この辺りは下級騎士達の住居であり、シュレイの家もここにあるということであった。
ドゴォォォォ!!
その時、爆発音が響き、アディル達は顔を見合わせると音のした方向に向かって駆け出した。
(ひょっとしたら……シュレイの妹に対して領軍が何らかの嫌がらせ、いや暴力行為に及んでいるんじゃないだろうな)
アディルは不安を覚えながら考える。アディルが出会ったレムリス侯爵家の騎士達は品性下劣という評価そのままの連中であった。当然、犯罪者となった(発表があったと仮定して)シュレイの妹に対して何をしても良いと考えた者が出てもアディルとすれば当然と考えただろう。それだけレムリス侯爵家に使える騎士達の評価は低かったのだ。
そしてアディル達が現場に到着すると、ローブに身を包んだ赤い髪の少女の周囲に騎士達が倒れており、少女が一人の騎士の首を締め上げながら厳しい口調で騎士を怒鳴りつけていた。
「あんた達が兄さんを侮辱して只ですむと思ってんの!?」
少女の剣幕に完全に騎士は戦意を喪失している。いや、すでに目は殺さないでくれと訴えかけていたのをアディル達は察した。
「……ま、待ってくれ。そ、そんなつもりじゃなかったんだ」
「はぁ? この後に及んでそんな言い訳が通じると思ってるの?」
「ひ……」
首を締め上げられている騎士は少女から放たれる明確な殺意に体の震えを止まらせる事が出来ないようであった。
「……ねぇ」
ヴェルがアディルに声をかけるとアディルはやや遅れて返答する。
「ああ……」
「心配なかったね」
「だな……」
アディルの言葉に全員が沈黙で返答した。
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