シュレイ捕縛②
家を出たシュレイはそのままレムリス侯爵の領軍司令部へと向かう。一介の騎士でしかないシュレイにはレムリス侯爵家の者達と会う事は出来ない。そのため領軍司令部の方へ辞意を伝えるために向かっているのだ。
レムリス領軍司令部は、三階建ての石造りの建物であり、戦時においては軍事拠点として機能するという造りになっており、中規模の城のような造りとなっている。
シュレイはそのまま門をくぐると報告のために上官の下へと向かう。途中ですれ違う騎士達がシュレイを見て驚いた表情を浮かべる。
(なぜ驚いたような表情を……トルート隊が全滅した事を知っているのか?)
シュレイは心の中でそう考える。流れからそう考えればシュレイを見る者の驚きの表情も納得できるというものだ。
(だが、俺がギルドの方にありのまま伝えた事はまだ伝わっていないようだな)
シュレイは同時に自分が今回のレムリス侯爵家のやった事に対してハンターギルドに報告した事はまだ伝わってないと判断する。もし伝わっていれば驚きではなく敵意が向けられる事だろう。それにアンジェリナの方からもその事を尋ねられたはずだ。
シュレイはそのまま通路を進み大隊長の部屋へと向かう。大隊長の扉の前に到着したシュレイは深呼吸をするとドアをノックする。
コンコンコン……。
「入れ」
ドアの向こうから承認の言葉が聞こえて来たのでシュレイはドアを開ける。
「失礼します」
シュレイは扉を開けるとそのまま一声かけ中に入る。中に入ったシュレイの目の前に机があり、そこに二十台半ばの男が座っている。
「スタンレー大隊長殿、ご報告に参りました」
シュレイはスタンレーと呼んだ男はシュレイに非好意的な視線を向ける。このスタンレーという男はレムリス侯爵家の分家のスタンレー男爵家の当主である。貴族至上主義を体現する男で平民に対して露骨に見下すような態度を取っている。当然、平民であるシュレイに対しても冷淡であった。
「ほう……トルート隊の役立たずか……」
いきなりの侮辱の言葉であるがシュレイはまったく不快感を表すことなく無表情を貫く。心の揺らぎが全く見られない事に対してスタンレーは興を削がれたようだ。
「ご報告させてよろしいでしょうか?」
シュレイの言葉にスタンレーは目を細める。
「……まぁ良い。話せ」
スタンレーは尊大に言うとシュレイは淡々と話し始めた。
「は、まずはトルート隊は私以外全滅です」
「その程度の事は見ればわかる」
「そうですか。それでは続けます。当然ですが任務は失敗です。標的のアマテラスというハンターチームは当然ながら存命、ヴェルティオーネ嬢も存命です」
シュレイの報告にスタンレーは露骨に蔑むような視線を叩きつける。
「それでおめおめと戻ってきたのか? なぜそこで貴様も死ななかった!!」
スタンレーの怒号にもシュレイは眉一つ動かさない。
「怒鳴りつけるのは最後まで報告を聞いてからにしていただけませんかね?」
「何だと!!」
「あなたは報告を聞く気があるのですか?」
シュレイの言葉に明確な侮蔑の感情が含まれ始める。それを察したスタンレーも怒気を発し始めた。
「貴様……平民如きが貴族に逆らってどうなるか分かっているのだろうな?」
「ええ、十分に理解していますよ。まず言っておきますがアマテラスの実力は相当なものです。実際にトルート隊、
スタンレーの怒気を無視しながらシュレイは淡々と話し始める。その様子にスタンレーは一瞬呆気にとられるが次いで新たな怒気を発しようとして口を開きかける。
「きさ「おわかりですか? 卑怯な手段は戦いにおいて極めて有効です。ですが彼らはそれすら見事に対処しました。ということはまともに戦っても結果は同じです」」
スタンレーが声を発しようとした瞬間にシュレイは一際大きな声で先手を打ちスタンレーの言葉を封じた。シュレイはスタンレーへの報告を“戦い”と位置付けているのに対してスタンレーはそうではない。それ故にシュレイに後れを取っているという状況であった。
「さて、続けます。敗れた我々は幸いにも彼らによって命を奪われる事はありませんでした。トルート隊、
「なんだと!?」
シュレイの報告にスタンレーは驚愕する。スタンレーはてっきりトルート隊はアマテラスによって殺害されたとばかり思っていたのだ。
「トルート隊はアマテラスがハンターの任務で立ち寄った村で
「
「はい、殺した人間の皮を剥ぎ、その皮を被る事でその人間になりすます事が出来るという怪物です。そしてメイノスという騎士も額から二本の角が生え、斃したら死体は塵となりました」
「にわかには信じられんな」
スタンレーは信じられないという表情を浮かべている。その事に対してシュレイはスタンレーを責めるつもりはまったくない。
「物証はすでにハンターギルドに提出し、今回の件は同時に報告済みです」
「な……」
「
「貴様……まさか……?」
「はい、レムリス侯爵家が
シュレイの報告を受けてスタンレーは呆然とした表情を浮かべる。そして移転して怒号を発した。
「貴様はそれを黙って見ておったのか!! なぜ止めなかった!!」
スタンレーは怒号と共に凄まじい殺気をシュレイに叩きつける。
「黙って見てなどいませんよ。私は彼らの言葉が真実であるとハンターギルドに報告しました」
「貴様は何を考えているのだ!! この裏切り者が!!」
スタンレーはシュレイにさらに怒号を叩きつけるが、当のシュレイ自身はまったく動じることなくさらに続ける。
「私は卑怯な方法で彼らを殺そうとした事に対してものすごく後悔しています。なぜこの命令を受けたとき抗わなかったのかとね」
シュレイの自嘲じみた言葉にスタンレーは一瞬、気圧された。シュレイの放つ雰囲気は静かであるが激情が内部に渦巻いていることに気付いたのだ。
「この任務……いえ、犯罪行為に参加しなければ私は自分がまともな騎士であるという幻想に浸ることが出来ましたがそれはもう叶いません」
「な、何を言っている?」
「スタンレー大隊長殿……私はこのレムリス侯爵家の騎士である事が嫌になったのですよ。そこで騎士を辞めるためにここに来たのです」
「なんだと?」
「あなたのような人間には私の決断は理解できないでしょうね。あなたは騎士のつもりかも知れませんが実際はそうではない。上からの指示に何一つ疑問を持つ事なく盲従しているだけの
シュレイは小さく笑う。その笑顔は歪ではあるが妙にスッキリとしたものであった。
「私は自分が意思を持つ人間であることを思い出しました。それ故に私は騎士を辞めます。長らくお世話になりました」
シュレイはそう宣言するとスタンレーに対して一礼する。
「貴様は我らを裏切っておいて只で済むと思っているのか!!」
一拍をおいてスタンレーは再び激高する。シュレイに言われた事のショックから立ち直ったのだろう。同時にスタンレーの心にシュレイに対する怒りの感情が後から後から発し始めた。
「もちろん只で済むなんて思っていませんよ」
シュレイの言葉にスタンレーは嗜虐的な笑みを浮かべる。
「そうか良い度胸だな。誰かおらぬか!!」
スタンレーが人を呼ぶとすぐに扉を開けて数人の騎士が入ってきた。
「そいつは反逆者だ。われら領軍の名誉を著しく傷付けおった。すぐに連れて行け!!軍事裁判にかける!!」
「はっ!!」
スタンレーの激高に騎士達はシュレイの周りに展開した。シュレイの実力が領軍の中でもトップクラスである事を警戒したのだ。その様子をシュレイは小さく笑うと騎士達に向けて言う。
「抵抗などしないから安心してくれ」
シュレイは腰に差していた剣を外すとそのまま床に落とした。それを見て安心した騎士達はシュレイを取り押さえる。
(……これで良い)
シュレイは心の中で小さく呟いた。
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