シュレイ捕縛①
シュレイがレムリス侯爵領へと到着した時すでに日は大分傾いていた。
「とりあえず家に帰るか……」
シュレイはそうひとりごちるとまっすぐに自分の家に向かう。そこには自分のたった一人の家族が自分の帰りを待っているはずだ。
いつもであれば自分の家に戻るのは楽しみであり足取りも軽くなるのだが、今日のシュレイの足取りは幾分重い。それは疲れだけではなく自分のこれからを考えた故の事である。
「だがこのまま逃げることは出来ない……」
シュレイは小さく呟く。侯爵領にもどるまでの道のりで何度も何度も“逃げる”という選択肢が自分の心に鎌首を擡げる度にシュレイは何度もその選択肢を否定してきた。
もし、自分が逃げてしまえば残された家族は相当酷い目に遭わされることは間違いないと思っていたのだ。それにアディル達にも顔向けが出来ない事もわかっていたのだ。
(思えば奇妙な関係だな……)
シュレイはそう考えてクスリと笑う。自分達は最低の方法でアディル達を殺そうとした。だまし討ちなどシュレイの価値観としてはあり得ないレベルの下劣さであったのだが、それを上司と同僚に対して強く否定する事をしなかった以上、自分も同罪であるという思いがあった。
上司と同僚はレシュパール山において無残な屍をさらすことになったが、自分は運良く生き残った。アディル達は生き残ったシュレイに対して最後の方は仲間として扱ってくれた。それが何よりも嬉しかった。
(少しばかりの信頼関係を築くことが出来たのは幸いだな……)
シュレイはそう考えアディル達の顔を思い浮かべる。アディル達の関係は互いが互いを信頼しており、互いの足りないところを補っていた。敵へに対しての容赦の無さはいっそ清々しいほどであるが、それが結局の所仲間を守る事である事を知っているのだ。
(あいつらって結構お人好しの面があるからな……俺が死んだとわかったら少しは惜しんでくれるかな)
シュレイは苦笑してそう考えていた。
(いや……あいつらは多分俺が死ぬ気なのはわかっていただろうな……)
シュレイはそう考えると少しばかり申し訳ない気持ちと感謝の気持ちがわき上がってくる。申し訳ない気持ちは自分が死んだ事で悲しませる事に対して、感謝の気持ちは自分の気持ちを優先させてくれた事に対してだ。
シュレイがそんなことを考えているといつの間にかシュレイは自分の家の前に立っていた。
「ただいま」
シュレイは静かにただいまを言ってドアを開けるとそこには一人の少女がいた。年齢は十五ほどで赤い髪にくりっとした瞳が印象的な可愛らしい少女である。まず美少女にカテゴライズされても異論は出ることはない少女である。
「え、兄さん。お帰りなさい」
少女はまず驚いた表情を浮かべるがシュレイである事がわかると輝くような笑顔を浮かべた。
「お仕事お疲れ様。少し待っててね。もう少しで食事が出来るから♪」
少女はニコニコと微笑みながらシュレイに言うとシュレイも顔を綻ばせて口を開く。
「ああ、アンジェリナ。急がないで良いよ」
「うん、ちょっと待っててね。兄さんは座ってて」
アンジェリナと呼ばれた少女はシュレイにそう言うとシュレイは食卓に座る。アンジェリナはテキパキと夕食の準備を済ませていく。シュレイが着席してわずか十五分程でシュレイの前には夕食の準備が終わっていた。
よく煮込まれたシチューとパンという食事は決して豪華なものではないがシュレイには妙に豪華なものに見えた。
「それじゃあ」
「うん」
シュレイはアンジェリナに一声かけると食べ始めるとアンジェリナも続いて食べ始める。
「おいしいな。アンジェリナの料理はやっぱり最高だ」
「もう兄さんたら大げさよ」
「いや、本当に美味しいよ」
「えへへ、まぁ褒められてるし素直に嬉しいという事で良いかな♪」
アンジェリナはシュレイの賛辞に頬を染めて嬉しそうに笑う。しかし、それからすぐにアンジェリナは訝しげにシュレイを見て尋ねる。
「ねぇ……兄さん、何かあったの? 何か様子がおかしいわよ」
アンジェリナの言葉にシュレイは小さく微笑むと首を横に振る。
「いや、今回の件ですごく疲れてな。食事も最悪だったからお前の作る料理がいかに美味しいか今更ながらに気付かされたのさ」
「それなら良いけど……」
シュレイの言葉にアンジェリナは腑に落ちない感じで返答する。
「そうだ……アンジェリナ……今回の仕事で面白い連中に会ったんだ」
「面白い?」
「ああ、“アマテラス”っていうハンターチームでな。男一人、女四人のチームなんだ」
「へぇ~その男の人って四人の女の人の誰かと付き合ってるの?」
「いや、俺の見たところ女の方は全員がその男を好きみたいだが、男はそれに対してはっきりとした態度をとってないように見えるな」
シュレイの返答にアンジェリナの眉が急角度に跳ね上がる。
「何それ!? いくらなんでも女心を弄ぶなんて非道いわ!!」
アンジェリナの反応にシュレイは苦笑を浮かべる。
「そういうな。女の子達もそれはそれで楽しそうだったぞ」
「そうなの?」
「ああ、なんか最終的にどうなるか見てみたいな」
シュレイはくくくと含み笑いをもらす。
「ねぇ、その女の人達ってどんな人達? 綺麗?」
「ああ、四人とも凄い美人揃いだぞ」
シュレイの返答にアンジェリナは少しばかり不満げな表情を浮かべる。
「ふ~ん、そんなに綺麗な人達なんだ」
アンジェリナはジト目でシュレイを見ながら拗ねた様な声を出す。その声を聞いてシュレイは慌ててフォローに入る。
「い、いやアンジェリナも負けないぐらい美人だぞ。すぐに領都の男達が放っておかなくなるさ」
「む~兄さんは全く分かってないんだから」
「何の事だ?」
「何でもないわよ」
アンジェリナの様子にシュレイは首を傾げながら困った様な表情を浮かべた。時としてアンジェリナはシュレイにこのような態度をとるのだ。大抵そのような態度を取るときはシュレイが他の女性の話をした時なのだ。
「まぁまぁアンジェリナ、機嫌直せよ」
シュレイは苦笑を浮かべながら言うとアンジェリナは拗ねつつも取りあえず触れないようにしたようである。
シュレイとアンジェリナの食事は取りあえず無事に終わって、その日はそのまま休むのであった。
翌朝、朝食を食べたシュレイはアンジェリナに一声かける。
「アンジェリナ、それじゃあ行ってくるからな。……それから」
「?」
シュレイがアンジェリナに静かに言う。
「俺は今日からまた新たな任務につくからお前は王都に向かってくれ」
「兄さん?」
「頼む……何も言わずに王都に向かってそこにいるアマテラスというハンターチームを頼ってくれ」
「兄さん……?」
「良いか? 俺の名を出してくれれば悪くは扱わないはずだ」
「う、うん」
シュレイの真剣な物言いにアンジェリナは頷く。シュレイはそれを見て小さく頷くとアンジェリナを優しく抱きしめる。
「に、兄さん」
シュレイに抱きしめられたアンジェリナは明らかに動揺した声を出す。ただし不快な響きではなく照れているという感じであった。
(アンジェリナ……幸せになってくれよ)
シュレイは心の中でそう呟くとドアを開けて出て行った。
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