アンジェリナ吠える③

“あなた達って信頼できそうね”というアンジェリナの言葉にアディル達は苦笑を浮かべるが、それの苦笑には嘲りの成分は微塵も含まれていない。むしろアンジェリナのような性格の者に対してはアディル達も親近感を持つぐらいである。


「それじゃあ続きよろしく」


 アンジェリナはアディルに話を促す。いつの間にかアンジェリナのペースで話が展開されているが、別にアディル達とすれば勝負でも何でもないのでそこには触れないことにしている。


「ああ、俺達はそのまま任務に向かったわけだ」

「殺されそうになったのに?」

「まぁその辺は騎士達も灰色の猟犬グレイハウンドも正直な所大した連中じゃなかったしな」

「へぇ~あなた達って見た目と違って大胆なのね」


 アンジェリナは感心したように言う。確かに自分達を殺そうとした者達と一緒に任務に向かうというのは中々剛胆だと思われても不思議ではない。だが、実際はアディルの術で逆らえないようにしているのだ。


「まぁな、それでシュレイを含むそいつらを連れて任務の村に着いたんだが、すでにそこには妙な怪物に乗っ取られてたんだ」

「妙な怪物?」

代用品ガーベルンという奴等だ。その怪物達は殺した人間の皮膚を剥いでその皮膚を被ることでその人間になりすます事が出来る」

「……危険な怪物ね」

「まぁな、とりあえず俺達は代用品ガーベルンとその元締め達と戦闘になったんだがその時に騎士達と灰色の猟犬グレイハウンドはそいつらに殺されたんだ」

「生き残ったのは兄さんとあなた達というわけね」


 アンジェリナは納得した様な表情を浮かべているがその中にシュレイの実力を誇るようなものが含まれている。


「そういう事だ。全部終わった後に俺達は王都に戻って今回の件を全部ハンターギルドに報告したんだ」

「うん」

灰色の猟犬はグレイハウンドはミスリルクラスのハンターチームだったからな。ありのまま報告しておいた」

「その報告の時に兄さんがレムリス侯爵家の依頼を受けた事を正直に報告したのね」


 アンジェリナはため息交じりに言う。


「その通りだ。レムリス侯爵家から見ればシュレイは反逆者に等しいからな。このまま帰れば殺されるから戻るべきじゃないと言ったんだが聞き入れなかった。どうやら俺達を殺そうとした事に対する負い目を払拭しようとしたんだろうな」

「でも……」

「さっきも言ったようにシュレイ自身は俺達を殺そうと実際に襲いかかったわけじゃない。だが、断らなかった事と同僚を止めなかった事を後悔していたみたいだな」

「兄さんらしいわね」


 アディルの言葉にアンジェリナはポツリと言う。


「大体の事情は以上だ。ところでシュレイは捕縛されたという話だがいつされたんだ?」「一昨日よ」

「裁判はいつ行われる?」


 アディルの言葉にアンジェリナは少し考え込むと口を開いた。


「そうね……通常であれば取り調べに二週間程かかるけど兄さんの場合はもっと早いはずよ」

「どうして?」

「簡単よ。兄さんは平民出身の騎士だから領軍では立場が微妙なのよ。おまけにとびっきり優秀だから貴族とかからは反感買ってるのよ。大体一週間ぐらいだと思うわ」

「なるほどな」


 アディルは一言そう言うとヴェル達も納得の表情を浮かべた。


「ところで君はあの騎士達とどういう流れで戦闘になったんだ?」


 アディルはアンジェリナに尋ねるとアンジェリナはすぐに忌々しげな表情を浮かべた。


「兄さんが捕縛されてから嫌がらせが始まったのよ。窓を割られたり、罵声を浴びせられたりしたんだけどあのクズ共は私の兄さんの事を“捨て犬”とか言って侮辱したのよ」

「捨て犬?」

「ええ、私が暴れたら兄さんの立場が悪くなると思って耐えていたけど流石に耐えきれなくなって騎士達を蹴散らしたのよ」


 アンジェリナの怒気を孕んだ声にアディル達は納得の表情を浮かべる。今回のような状況になった時に被害者が耐えたからと言って攻撃の手が弱まることは一切無い。それは加害者をつけ上がらせるだけの結果しかもたらすことはないのだ。

 止める気配がないと判断した段階で反撃した方が遥かに問題解決には有効であるのは間違いない。


「しかし、騎士達相手に大立ち回りをしてしかも余裕で蹴散らす事が出来るなんて君の実力は相当なものだな」

「まぁね。私はこうみえても魔術師だしね。頭の悪い騎士達がいくらやってきたからと言って何の問題もないわ」

「ところで君はこれからどうするつもりだ?」


 アディルの質問にアンジェリナは返答する。


「もちろん、兄さんを助け出すつもりよ。邪魔するやつは叩きつぶしてやるわ。私から兄さんを奪おうとするものは只じゃ置かないわ」


 アンジェリナの言葉にはまったく迷いという者が感じられない。これから相手するのはレムリス侯爵家の領軍相手に一戦交えようとしている雰囲気をアディル達は感じたのだ。


(断言できるところがすごいな……しかし、それにしてもこの子のシュレイに向ける感情は……それにさっきの“捨て犬”という言葉に激高して騎士達を蹴散らした……ということは……)


 アディルはそう考えた所で妙に納得する。自分の考えた事が正しかった場合、アンジェリナの態度には大いに納得する事が出来るというものだ。


「一つ聞きたいんだが、君はシュレイをどうやって助けるつもりだ?」

「決まってるじゃない。このまま領軍司令部に突撃よ」


 あまりの返答にアディルだけでなくヴェル達も二の句が告げないという表情を浮かべる。今までのアンジェリナから放たれる雰囲気からその可能性を考えていたのだが、実際に言葉として聞けばそうなってしまうのも仕方がない。


「だからこのまま突撃よ」

「ちょっと待て!! 君はシュレイを殺すつもりか?」

「なんでそうなるのよ。私は兄さんを助けるつもりって言ったじゃない。それがどうして兄さんを殺すという結論になるのよ」

「いや、普通に考えてシュレイは死んじゃうでしょ」


 そこにアリスがつい突っ込みを入れる。その突っ込みにアンジェリナはむっとした表情を浮かべた。その表情を見てアリスは呆れながら言う。


「当たり前でしょ。もし助けたとしてもすぐに追っ手が迫ってきて殺されるわよ。結局の所、シュレイもあなたも死んじゃうわよ」


 アリスの言葉にアンジェリナはぐぬぬという表情を浮かべる。


「それにあなたが領軍司令部に乗り込んだ場合に目的はシュレイなんてことはわかりきってるんだから絶対に奴等はシュレイを盾にあなたに迫るんじゃないかしら?」


 次にヴェルがアンジェリナに言うとさらにぐぬぬという表情を浮かべた。エリスとヴェルの正論に反論出来なくて悔しいという感じであった。


「じゃあどうしたら良いって言うのよ!! 兄さんが殺されちゃう!! そんなの絶対嫌よ!! 黙って見てるなんて出来るわけないじゃない!!」


 アンジェリナは力一杯叫ぶ。それは絶叫と呼ぶに等しいものであった。ポロポロとアンジェリナの目から涙がこぼれ始める。


(あぁ……やっぱり不安だったんだな。半ばやけになっていたというわけか)


 アンジェリナの様子にアディルはその心情を把握する。どう考えても家族の命が危ないのに何も有効な手段を思いつくことが出来なかった事に対する不安が溢れ出したのだ。


「俺達はシュレイを助けに来たと言っただろうが手を組んでシュレイを助けるぞ」

「でも……でも……兄さんが死んじゃう」

「大丈夫よ」

「え?」


 ヴェルがアンジェリナの肩を抱きながら優しく言う。

 

「レムリス侯爵家は傷付けられた威信を回復するためにもシュレイを処刑しなくてはならないわ。そのためには堂々と裁判を行う必要があるわ。今頃領軍は証拠を作っているところよ。だからこそ逆にシュレイは安心よ少なくとも裁判が終わるまではね」

「うん……」

「だから安心して、私達と組んでレムリス侯爵家に一撃加えるのよ」


 ヴェルの言葉にアンジェリナは頷く。アンジェリナの目から流れる涙はすでに止まっている。代わりにアンジェリナの目には大きな力が含まれているのをアディル達は察した。


「やるわ……私は何が何でも兄さんを助け出し添い遂げてみせるわ!!」


 アンジェリナの宣言にアディル達は顔を見合わせる。アンジェリナの宣言は兄妹に対するものではなかったからである。


「あのさ……ちょっと聞きたいんだけど」


 エリスがアンジェリナに戸惑いがちに尋ねる。


「何?」

「あなたってシュレイの妹よね?」

「そうよ」

「でも添い遂げるって……?」

「別におかしいことじゃないでしょ?」

「いやいや、兄妹で使う言葉じゃないでしょ」

「ああ、私と兄さんは血のつながりはないのよ。だから何の問題もないわ」

「あ、そうなんだ」


 アンジェリナの返答にエリスは納得した様に頷く。今までのアンジェリナの言葉の違和感がすべて払拭された気分である。アディル達も同様であった。


「ふふふ、見てなさい。私の恋路を邪魔して只で済むと思っているなんて甘いわよ。領軍のやつら……目にもの見せてやるわ!!」


 アンジェリナの宣言にアディル達は苦笑するのであった。

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