侯爵領へ⑧

「ぶっ殺せ!!」

「うぉぉぉぉぉ!!」


 男達が襲いかかると騎士達は慌てることなく、それぞれ抜剣すると馬車の周囲に壁となって立ちふさがった。


(よし……)


 アディルは自分達の馬車を動かすとアルトの乗る馬車の隣につける。こうすることで騎士達が護衛する方向を一面潰した形になる。それは当然ながらアディル達も襲ってくる方向が一つ減った事を意味する。


「エスティルとアリスはベアトリスを護衛しろ。やつらの狙いはヴェルであることは間違いない。ヴェルは前線に立つのは念の為に避けろ!! エリスは怪我人が出た場合のために後ろに下がっていておいてくれ。はできるだけ温存してくれ!!」

「「「「了解!!」」」」


 アディルの指示にヴェル達は端的に返答するとそれぞれ武器を構える。


(よし……みんなはこれで良し……俺は……あいつをやるか)


 アディルは男達のリーダーと思われる男をチラリと見るとそのまま御者台から飛び降りると走り出した。走りながら一本の薙刀を生成すると男の脛に容赦なく斬撃を見舞った。


「ぎゃあああああああ!!」


 足を斬り飛ばされた男が地面を転がって絶叫を放った。アディルが男の首を刎ね飛ばすのではなく足を斬り飛ばしたのは絶叫を放たせることで相手方の戦意を削ごうとした目的があったのだ。


(ん? なんだこいつら?)


 アディルは仲間の絶叫が響いているにも関わらず向かってくる男達を見て少しばかり違和感を感じたのだ。仲間の絶叫を聞いて明らかに動揺してから、しばらくすると“スッ”と表情が抜け落ちるのだ。

 男達は表情が抜け落ちるとそのまま騎士達に無表情のまま突っ込んでくのだ。


「おっと……」


 アディルはそう言うと足元に放たれた斬撃を躱した。


「おいおい……」


 アディルの声に僅かながら動揺が含まれていた。今足元に斬撃を放ったのは先程アディルが足を斬り飛ばした男だったのだ。その男がまるで痛みを感じていないかのように立ち上がったのだ。

 

(これはあり得ないな……何らかの違法薬物……もしくは……)


 アディルはいくつかの可能性に思い至るが結局の所はこいつらを生かして捕らえることは不可能と結論づける。一度決断するとアディルは騎士達に向け大声で叫んだ。


「こいつらは何らかの薬物、もしくは術がかけられている!! こいつらを捕らえるのは無理だ!!」


 アディルの言葉に騎士達も即座に同意を示す。最初の戦闘で相当な深手を負わせたにもかかわらず何事も無いように立ち上がった男達を見ればアディルの意見に反対するようなものはいない。


「はぁ!!」


 足を斬り飛ばされた男が手にした剣をアディルに投げつけようとするがアディルはそれよりも早く男の喉を斬り裂いた。斬り裂かれた喉から鮮血が舞い男はその場に倒れ込んだ。どうやら絶命したようである。


(絶命すれば動かない……と言う事は遠くから操作しているわけでは無いと言う事だな)


 アディルは動かなくなった男を見て何者かが死体を操っているというわけでない事を察する。


(俺と似たような術を使うやつが相手にいると言うことだな……さてどんな奴かな)


 アディルは心の中でニヤリと嗤う。この男達を操っている何者かはアディルの使う相手の行動を制限する術とかなり似通ったものであると考えざるを得ない。


(……まぁいいか。考えるのは後回しだな)


 アディルは襲ってきた敵に薙刀を一閃するとバッサリと斬られた傷口から血を撒き散らされると男は崩れ落ちた。アディルは容赦なく倒れ込む男の延髄に薙刀を刺し込んだ。命がある限り立ち上がる可能性がある以上、当然の事である。もし、ここで下手に情けをかけて背後から襲われれば話にもならない。

 その刃が自分に向かえばまだしも仲間や護衛の騎士達に向けられ負傷、もしくは命が奪われればアディルは悔やむに悔やまれないだろう。仲間の命を敵より優先するのは当然でありそこに疑問を差し挟む方がどうかしていると言える。


 アディルは方針を決定すると容赦なく薙刀を振るって敵を屠っていく。エスティル、アリスも同様に襲いかかってくる男達を容赦なく葬った。


 わずか二十分程の戦闘でアディル達は襲いかかってきた五十人の男達を斬り伏せることが出来た。

 男達の技量が大したことなかったのも理由として挙げられるが、それ以上にアディル達のみならず近衛騎士達の実力が男達よりも数段上であった事が圧倒的な勝利の理由であった。


「さて、終わったみたいだな」


 アルトが馬車から出てくる。抜剣こそしていないが剣を帯びているアルトに対してアディルは心の中で称賛する。

 アルトの様子は眼前で行われた命のやり取りに対してまったく恐れの色が見られないのだ。いかに護衛騎士達の腕前を信用しているとはいえ全く動揺しないのはかなりの覚悟を持っている証拠である。

 その証拠に馬車に同乗している侍女二人と文官風の青年の顔からは血の気が引いている。


(王子殿下は戦いの覚悟があるというわけか……)


 アディルは心の中でアルトの態度から戦いの心得があることを察した。また、アディルはアルトから強者の気配を感じはじめていたのだった。


「アディル、君はやはり強いな。あのジルドと互角の戦いを展開しただけの事はある」

「ありがとうございます」


 アルトの言葉にアディルは素直に一礼する。


(ん? これは……)


 アディルが攻撃の気配を察し頭を上げようとするとエウメネスがアルトを制止した。


「殿下……お止めください。今はそんな事をしてはいけません」


 エウメネスの言葉にアルトははぁとため息を一つついた。


「確かにそうだな。だが……これほどの相手……やはり手会わ……わかったよ」


 アルトは言葉の途中で思いとどまったように言うとアディルに向けて頭を下げる。アルトが頭を下げた事に対してアディルは動揺した。さすがにいきなり王子殿下に頭を下げられれば、アディルであっても動揺を隠しきることは出来ないだろう。


「すまなかった。君があんまり強いから……つい……な」

「はぁ……」


 アルトの謝罪にアディルは気の抜けた返事しか出来ない。


(一体何なんだろう……まさかアルト殿下も俺と同じ? いや、まさかな)


 アディルは頭に浮かんだその考えを必死に打ち消した。


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