侯爵領へ⑨
男達の襲撃を切り抜けた一行は、男達の死体の検分に入る。死体となった男達を検分するのはあまり気持ちの良いものではないのだがやらないわけにはいかないのだ。
男達の死体は一箇所に集められると検分が始まる。
「おい……これを見ろ」
一人の護衛騎士が死体の一つを調べているとうなじの所に一本の針が刺さっているのを見つけた。
「迂闊に触らない方が良いですよ」
アディルの言葉にその護衛騎士は慌てて手を引っ込める。騎士が針を抜こうとした事に対してアディルが止めたのだ。これは騎士が迂闊と言うよりも似た術を使うアディルの方が警戒心が強かったと言うべきだろう。
「その針に触れた者がこいつらを操っていた術にかかるのかもしれません」
「確かにそうだな」
アディルの言葉を騎士は素直に認める。
「とりあえず俺が抜いてみます」
「おいおい、君が迂闊に触らない方が良いと言ったんだぞ?」
「はい、何の備えもなければ確かに問題ですが、備えをしておけば大丈夫です」
アディルはそう言うと腰に差した
アディルの意図を全員が察するとアディルに任せる方向で意見が一致したのだった。
アディルは迷わずうなじに刺さっている針を抜いた。
(……く)
アディルは針を抜くと手にした針から自分の中に何者かの魔力が流れ込んでくるのを感じる。流れ込んできた魔力は血液の流れに乗ってアディルの心臓に向かおうとしている事をアディルは察する。
(かなりの術だな……だが)
アディルは流れ込んでくる魔力に自らの気をぶつけると流れ込んだ魔力が消滅するのを感じた。
「ふぅ……」
アディルが一息つくと周囲の者達はアディルの身に何かが起こった事を察した。騎士達は剣の柄に手を置きいつでも斬りかかれるように構えた。
「大丈夫です。針に触った瞬間にまだ術が生きていたんでしょう。操られかけましたが対処できました」
「操られかけた?」
「はい、この針に文様が掘ってありますよね。これが何らかの魔術的な効力を発揮しているのでしょう。魔力が体に流れ込んできたのを感じました」
「では、この針を刺した者がこいつらを操ったというわけか」
「どうやらそのようですね。針に触ると操られる可能性が高いですので触らないようにしてください」
アディルの言葉に全員が頷いた。
「アディル、本当に大丈夫?」
エリスが心配そうに尋ねる。
「ああ、操られかけたが問題ない。自分の気で流れ込んできた魔力を相殺したからな」
「でも、あいつらは最初から操られたわけじゃないんじゃない?」
エリスの質問は最初から男達が操られていたわけではなく戦闘の途中から操られ始めたと言っているのだ。実際に恐怖の表情から無表情になったのをアディルも見ている以上エリスの言っている事を否定する事は出来ない。
「ああその通りだ。おそらくあいつらは条件を満たした時に自動で発動するようになっていたんだと思う」
「条件?」
「例えば恐怖の度合いが一定の強さを越えるとか……仲間が一定数やられるのを見たとかそんな類の条件だ」
「なるほどね。そういう風に設定しておけば術者はこの場にいなくても操る事が出来るというわけね」
エリスの言葉にアディルは頷く。
「それにしても中々やっかいな術ね。今回は野盗のような感じだったから躊躇わずに済んだけど、もしこれが子どもとかだったら流石に躊躇うわ」
エリスの言葉にアディルも頷かざるをえない。敵対者に容赦をしないのはアディル達の価値観からすれば当然の事なのだが、操られているような無辜の者を斬るのは流石に躊躇われるのだ。
「そうだな。とりあえずこの術者は俺達を狙っているのは間違いない。今の所候補はジーツィル、レムリス侯爵家の手の者、エスティルを狙う連中、アリスを狙う連中だな」
「候補が多いわね」
「まぁ所構わず喧嘩売ったからな」
アディルの苦笑にエリスも苦笑で答える。
「まぁそれはともかく敵は“人を操る術”を修めているというわけだ」
「こちらも対策は必要ね」
「ああ、こちら側のメンバーが操られてしまえば非常に厄介だ」
「アディルは操られた人を正気に戻すことは出来るの?」
「それは問題無い。術の概要は魔力を体に流し込んで操るというものだから、俺が直接触れて流し込まれた魔力を相殺すれば正気に戻すことが出来る」
アディルの言葉にエリスは少しばかり安心したような表情を見せる。アディルの言葉はまったく打つ手無しというわけではない事を現していたからである。
「そう、それならまったく打つ手無しというわけでないから良かったわ」
エリスの言葉にアディルが頷く。
「アディル」
そこにベアトリスが声をかけてきた。
「どうした?」
「アディルが持っている針を貸してくれない?」
ベアトリスの言葉にアディルは訝しがる。たった今迂闊に触ると危険であると伝えたばかりなのにこの言葉である。
「危険だと言ったばかりだろ」
「大丈夫よ。ここにはアディルがいるから操られても何とかしてくれるでしょ。それにもうその針には魔力が残ってないでしょ?」
ベアトリスの言葉にアディルは頷く。
「よくわかったな」
「まぁ今もそのまま針を手にしてるんだから安全性は確保されていると考えて良いわよね」
「まぁな。でこいつをどうするんだ?」
「もちろん今回の件で必要になるから回収しようと思ってるのよ」
「今回の件で?」
ベアトリスの言葉にアディルは訝しがる。この凶悪な術は使用に細心の注意を払うべきだからである。悪用しようとすれば暗殺し放題という恐ろしい術である以上、その使用方法を尋ねるのは当然の事である。といってもアディルはベアトリスなら非道な行いに使用することはないとは思っている。
「ええ、私達の中でこの針に刺されて操られてしまった場合の対処として術の解析を行っておきたいのよ」
「まぁ確かにね」
アディルはベアトリスの返答に納得すると針をベアトリスに手渡す。
「解析にどれぐらいかかる?」
「まだ何とも言えないわ。でもレムリス侯爵領に到着するまでには解析を終わらせて、対策までいきたいわね」
「そうか頼むな」
「まかせて♪」
ベアトリスはニッコリと笑った。その笑顔はアディルだけでなく同姓のエリスもほうと見惚れるほど魅力に満ちていた。
「それじゃあ早速解析を始めるからまたね」
ベアトリスはそう言うと自分の馬車の中に入っていく。
「今回の件も大事になりそうね」
「だな。面白くなってきた」
アディルはそう言うとニヤリと嗤う。アディルの言葉は反撃の機会を与えてくれた事に対する嗤いである事は間違いない。
(今回の件でどれかの陣営は大打撃を受けそうね)
エリスはアディルの嗤いからアディルの反撃が苛烈なものである事を思わずにはいられなかった。
検分の結果、襲撃してきた(させられたとも言える)男達は、見かけ通りの野盗であり、一つの盗賊団では無く複数の盗賊団である事が判明した。そのほとんどが討伐の対象となっている連中でありアディル達は図らずともヴァトラス王国の治安維持に一役買ってしまった形である。
検分が終わりアディル達は侯爵領に向けて再び出発し、その七日後にレムリス侯爵領へと到着したのであった。
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