侯爵領へ⑥
「お前らあんまりベアトリスをからかうなよ」
「「「「はぁ~い♪」」」」
アディルが苦笑混じりに言うと四人はニヤニヤしながら返答する。アディル達のこの辺りのやり取りは本当に息がぴったりである。
「もう!! 説明を続けるわよ」
顔を真っ赤にしながらベアトリスは言うがそのよ様子は一国の王女と言うよりも市井の少女とほとんど変わらない。
「それじゃあ頼む」
アディルの言葉にベアトリスは頷くと説明を始めた。
「今回の私は転移魔術じゃなくて召喚術によりここにきたのよ」
「は?」
ベアトリスの返答は完全に予想外のものでありアディルはつい呆けた返答をしてしまう。当然、ヴェル達も同様であり意味がわからないという様な表情が浮かんでいる。その反応に気を良くしたのかベアトリスは少々調子を取り戻したようだ。
「ふっふふ……この私を舐めてもらったら困るわね」
ベアトリスは立ち上がると腰に両手をあてて胸をはった。いわゆる仁王立ちというものであるが妙にこの仕草が似合っているのは王族としての矜持からくるものなのだろうか?
「それで召喚術でどうやってここにこれたんだ?」
アディルの言葉には好奇心が多量に含まれているのは間違いない。いや、ヴェル達も同様である。その事を察したベアトリスは得意満面という表情で言った。
「私を召喚したのよ」
「は?」
「だから私は私を召喚したのよ」
「何言ってんだお前?」
ベアトリスの不思議な言葉にアディルはつい正直すぎる反応をしてしまう。ベアトリスはその事に気を悪くした様子もなくそのまま説明を続ける。
「言葉通りよ。私は召喚術を使えるんだけど自分の周囲二十メートル以内ならどこにも召喚させることができるのよ。そして自分自身を召喚したというわけよ」
「なんて非常識な……」
ベアトリスの言葉に即座にエスティルが突っ込む。普通の召喚陣を描きそこから召喚するのしかないのだが、ベアトリスは召喚陣を描くことなく召喚を行えるというのだ。魔術に長けた魔族であってもそのような芸当をする事の出来る者がいるなど聞いた事もない。増しては自分自身を召喚など非常識ここに極まれりという感じである。
「いや、普通に考えてそれって召喚っていうのか?」
アディルのもっともな意見にヴェル達も頷きながらベアトリスを見るとベアトリスは首を傾げながら言う。
「といっても私が使っているのは召喚術で間違いないんだから召喚術じゃないの?」
ベアトリスは首を傾げながらの返答にアディル達は頷かざるを得ない。
「ところでベアトリスは俺達も召喚できるのか?」
アディルの言葉にベアトリスは頷く。
「条件が揃えば出来るわね」
「条件?」
「うん、私の召喚術ではあらかじめ契約を結んだものしか召喚できないのよ。もっとも専門の召喚術士の使うものなら契約はいらないという話よ」
(言い換えればベアトリスは専門の召喚術士ではないというわけか)
ベアトリスの言葉にアディルはそう判断する。
「じゃあベアトリスと契約してみようかしら……」
エリスの言葉にベアトリスは嬉しそうな表情を浮かべる。
「おい、どんな状況で召喚されるかわかんないんだぞ。例えば風呂に入っている時とかに召喚されたらどうするんだ?」
アディルの言葉にエリスは“あっ”という表情を浮かべた。もし、いつでも召喚に応じないといけない事になったら行動が大幅に制限されてしまうし気も休まらない。
「あ、それは大丈夫よ。私の召喚術では契約者の前に召喚陣が発生するから都合の良いときはその召喚陣に飛び込んでくれれば大丈夫よ」
「随分と変わった術だな?」
「まぁ元々私の術は
ベアトリスの言葉に僅かながらひっかかりを覚えたが他者の能力を根掘り葉掘り聞くのはあまり好ましいことではないために質問を控える事にした。
「そうか、もしものための保険と考えればベアトリスと契約を結んでおくというのもありかもしれないな」
「え?本当♪」
「ああ、但し俺達を呼び出すときにはそれなりの理由が必要だぞ。またこちらの状況次第では応じることは出来ないという事を理解してくれるか?」
「もちろんよ♪」
アディルの言葉にベアトリスは即座に答える。その表情は本当に嬉しそうだ。
「それじゃあ、エリスとアディルは大丈夫ね。ヴェル達は?」
ベアトリスは少し不安気にヴェル達に尋ねる。
「私も大丈夫よ」
「私も良いわよ」
「もちろん私もよ」
ヴェル達は即座に了承の返答を行うとベアトリスは嬉しそうな表情を浮かべる。
「それじゃあ。さっそくやってくれ」
「うん」
アディルの言葉にベアトリスは頷くと両手を自分の前に持ってくると詠唱を始める。するとベアトリスの両手から五つの珠が生み出される。その五つの珠は無色透明であり大きさは直径1センチほどの小さいものである。ベアトリスはそれを一つずつアディルに手渡すと少し申し訳なさそうに言う。
「その珠にそれぞれ自分の血を一滴ぐらい垂らしてもらって良い?」
「なるほど、契約には血が必要というわけか」
アディルはそう言うと指先を小刀で切ると手渡された珠に一滴血を垂らした。すると珠は少しだけ光り輝くとすぐに光が消え、元の無色透明の珠に戻った。
「これでいいか?」
アディルは御者台から振り返りベアトリスに言うとベアトリスは頷くと珠を受け取った。それからヴェル達四人からも珠を受け取ると大事そうに袋に入れると自分の懐にしまい込んだ。
「これで契約は完了よ。もしもの時にはみんなに助けてもらうわね♪」
「ああ、そうしてくれ」
ベアトリスの言葉にアディルは即座に返答しヴェル達も同意とばかりに頷いた。こうしてアマテラスとベアトリスの間で契約が成立したのだった。これがきっかけで後にアディル達は大きな事件に巻き込まれることになるのだった。
「よ~し、みんなと友達になれたし、契約も出来るし良いこと尽くめね♪」
ベアトリスが嬉しそうに言うとヴェル達も顔を綻ばせる。
「さ~て、友達となったみんなと話したい事があるのよ」
「どんなの?」
「ふふふ~恋バナよ!!」
「「「「は?」」」」
王女のベアトリスの口からあまり似つかわしくない言葉が出た事にヴェル達は呆けた返答をしてしまったのだが仕方の無い事と言えるだろう。
「ふっふふ、政略的な事など関係のない恋バナこそ至高!!」
「はぁ……」
「む……何よエスティルその反応は?」
「いえね……恋バナってどういう事よ。そもそもあなたどうしてそんな言葉を知ってるのよ」
「情報源は侍女達の会話よ。あの人達聞こえないように話しているつもりかも知れないけど結構聞こえるものよ」
「まぁ、そりゃそうよね」
エスティルが同意を示すとベアトリスは嬉しそうに笑う。
「そうよ。そのくせ私が混ざろうとするとみんな畏まっちゃって混ぜてくれないのよ!!他の貴族の人達のは家格がまず話の最初にくるから何か面白くないのよ」
「まぁ確かに侍女達も主であるあんたと恋バナなんか出来るわけないわね」
「それがいかに空しいか……みんななら理解してくれるわよね?」
アリスの言葉にベアトリスはみんなを見渡して尋ねると四人は頷く。まぁエスティルは実体験から、残りは想像からのものであるがベアトリスの境遇に少しばかり同情したのも事実であった。
「というわけで恋バナしましょう!!」
ベアトリスは嬉しそうに言うとヴェル達も頷く。ベアトリスは確かに王女という高い身分であるのは間違いないが、一人の少女であるのも事実である。ヴェル達もその事に今更ながら思い至ったのだ。
「わかったわ。それじゃあ恋バナをしましょうか」
エリスが言うと全員笑顔を浮かべるとその場に座る。そしてベアトリスが口を開こうとした時である。
「ん? なんだあいつら?」
護衛の騎士の一人の言葉に全員の視線がそちらに向かう。アディルの進行方向に野盗のような格好をした男達が立ちふさがっていた。
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