侯爵領へ⑤

「さて晴れて友達になった私達の間に殿下とか様とかいう敬称は不要よね!!」


 ベアトリスの言葉にヴェル達は顔を見合わせる。ヴァトラス王国の王女であるベアトリスの意見は一般的に中々ハードルが高い。要するにベアトリスは自分の事を呼び捨てにしろと言っているのだ。


「いや、流石にそれは無理ですよ」

「そうですよ。いくら何でも王女殿下を呼び捨てには出来ないでしょう?」


 ヴェルとエスティルが即座に申し出を否定すると途端にベアトリスは不満げな表情を浮かべた。


「何言ってるのよ。私達は友達よ。そう友達という関係の前には身分というものは引っ込むのが道理よ!!」

「いや、道理が引っ込んじゃダメでしょ」

「そうよ。エスティル。その反応こそが友達の反応よ♪」

「いや、あのね」

「さぁ、ヴェル、エスティル、アリスも私の事をベアトリスと呼ぶのよ♪」


 妙にテンションを上げるベアトリスにヴェル達は顔を見合わせる。


「ねぇ、アディル……王女殿下、絶好調なんだけど良いのかしら」

「俺は何も聞いてないから大丈夫だ。それよりも女同士と言うことでそろそろエリスにも声がかかると思うぞ」

「え? 流石に王女殿下を呼び捨てなんかに出来るわけないわ」

「そうなんだけど……王女殿下の今のテンションを考えればそう簡単に諦めないと思うぞ」「王女殿下を呼び捨てになんかしたら間違いなく不敬罪でしょっ引かれるわよ」

「可能性としては十分にあるけど本人が呼んで欲しいと言ってるんだから大丈夫じゃないか?」

「そんなわけにはいかないでしょ」


 アディルの脳天気な提案はエリスによって否定される。


「エリス!! あなたはわかってくれるわよね♪」


 そこにベアトリスが御者台に座ってるエリスに声をかける。


「ふぇ!!」

「聞いてたんでしょ? エリスなら私の気持ちを察してくれると思ってるわ」

「え~と……」


 エリスがアディルに救いの目を向けるがアディルは指で後ろを指差した。話をつけてこいというアディルの意図を察したエリスは、はぁとため息をつくと後ろに向かう。


「え~とですね。まず私達は王女殿下と友達になるのは良いのですが王女殿下を呼び捨てにするとかなりの確率で不敬罪でしょっ引かれてしまいます。そして私達のような一介のハンターに呼び捨てされれば王家の威信にも関わりますよ」


 エリスは早速、ベアトリスに自らの意思を伝える。アマテラスの中で交渉能力に最も長けたのがエリスである以上、彼女にまかせるのが一番なのだ。


「それなら他の者の前では敬称付けて呼んでくれれば大丈夫よ。そうすれば王家の威信が傷付くことはないわよ♪」


 ベアトリスの言葉にエリスはうっと詰まる。ベアトリスの意見通り、エリスの告げた理由は実の所ベアトリスの述べた理由であっさりと解決してしまうのだ。


「誰かに聞かれてしまえば……」

「気を付けて♪」

「恐れ多いんですって」

「慣れて♪」

「私は平民ですので」

「同じ人間よ♪」


 エリスは抵抗するが即座にベアトリスはそれを否定する。冷静に考えれば勢いで押し通しているのだがエリスが押されているのは間違いない。


(エリスでも無理だな)


 アディルは心の中でそう断じると案の定、エリスから降参の声が発せられた。


「わかった。わかりました」

「本当? やったわ♪」


 エリスを説き伏せたベアトリスはものすごい嬉しそうな笑顔だ。


「さぁエリス、私の事は何というの?」

「べ、ベアトリス」

「ん~良く聞こえないわ~♪ もう一度言って♪」

「ベアトリス!!」


 エリスが大声でベアトリスの名を叫ぶとベアトリスはさらに輝くような笑顔を浮かべると今度はヴェルに向けて言う。


「さぁ、次はヴェルよ。私の事は何というの?」

「べ、ベアトリス……」

「あれぇ~? ヴェルまでそんな小さい声で照れてるのかなぁ♪」

「ベアトリス!!」

「ふっふふ~満足満足っと……さぁてあとはエスティルとアリスね」


 ベアトリスはエスティルとアリスに照準をしぼる。エスティルとアリスは苦笑しながら言う。


「はいはい、ベアトリス」

「ベアトリスの勝ちね」


 エスティルとアリスがさらりと言ったことにベアトリスも満足したのかエリスとヴェルに行った鬱陶しいやり取りが省略されたのは幸いだったろう。


「さぁ~て……あとは……」


 ベアトリスはアディルに向け口を開こうとしたところで先にアディルが声をかける。


「ベアトリス、ところでお前いつ転移魔術の術式をしかけたんだ?」

「ふぇ」

「いやな。お前が転移してきた時の事を考えたんだがヴェル、エスティル、アリスが後ろにいて術式が仕掛けられている事に気付かない事なんかないだろ? となると通常の方法じゃないわけだよな?」

「え~と、その……」


 アディルからの質問にベアトリスはしどろもどろになる。顔が少々赤いのをヴェル達四人は気付いた。


「あんた、どうしたのよ?」


 アリスが訝しむようにベアトリスに尋ねると顔を赤くしたベアトリスは動揺を強くした。


「にゃ、にゃんでもないわよ。そ、そうね。私がここに来たのは魔術だけど、そもそもここに転移魔術できたわけじゃないのよ」


 ベアトリスの返答にヴェル達はニヤニヤし始める。ベアトリスが動揺した理由を察したのだ。


「なるほど、ベアトリスは意外と予定にないリアクションをとられると弱いというわけね♪」


 ヴェルの言葉に他の三人も頷く。


「そ、そんなわけないじゃない」

「いや~ベアトリスがそこまで動揺するのはアディルが自分から友人のような言い方でベアトリスの名を呼び捨てにしたから驚いちゃったんでしょ?」

「そうとしか思えないわよね~」

「ね~」

「ベアトリスったらカワイイ♪」


 ヴェル達四人はここぞとばかりベアトリスに反撃を始める。ヴェル達の推測は当たっていた。ベアトリスは結局のところ、自分から物事をコントロールするのは得意であるが、想定外の事には結構弱いところがあるのだ。これが王族としての仮面を被っている時なら難なくいなしてしまうのだが今回はベアトリス個人として行動をしていたので動揺してしまったのだ。

 増して、アディルは同年代の異性である。同年代の異性に市井の少女のような対応をされたことは初めての経験であり動揺も致し方なかった。まだまだ未熟な十五歳の少女故と言えるかも知れない。


「むき~、もう、うるさい!! うるさい!! 説明が進まないじゃない」


 ベアトリスの怒った声にアディル達は笑った。

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