侯爵領へ③

(((((やっぱりかぁ!!)))))


 アルトの返答にアディル達は心の中で同時に叫んでいた。ここまでの状況から考えれば当然ながら答えは聞くまでもなかったのだが、やはりこれは様式美というやつであろう。


「どうして両殿下も侯爵領へ向かうのですか!?」


 アディルの言葉にアルトとベアトリスは“ニシシ”という表情を浮かべている。思い通りの反応にしてやったりという表情だ。


「本音と建て前のどちらが聞きたい?」


 アルトはニヤリと笑って尋ねる。


(なんだその質問?)


 アディルは心の中で呆れながらアルトの質問の意味を考える。


「出来るなら本音の方を、その後で建前も聞かせてくれると助かります」


 アディルの言葉にアルトは満足気に頷くと口を開いた。


「それじゃあ建前からだけど、レムリス侯爵家の行動は目に余る。無辜の臣民を踏みにじり忠誠心あふれる騎士を処刑しようなどと当然許される事ではない。正義の行いを行わないのは王族として恥ずべき事だ」

「はぁ、まぁ突っ込み所はありますが、本音の方も教えていただけますか?」


 アディルはアルトの建前を聞いて本音の方も尋ねる事にする。


「理由は二つだよ。一つは実務的な事だ。今回俺達が君達に同行するんじゃなくて君達が俺達に同行する事になる」

「?」

「君達に調査官としての権限を与えるには残念だが日数が足りない。我が国の法律では調査権並びに捜査権を与えるには発案して元老院の許可を受け、国王が任命するという流れになっている。そうなればどう考えても間に合わないだろう」

「はい」


 アルトの言う通り確かにそれではシュレイが手遅れになる可能性が大きくなるだけなのだ。


「となると私達が調査官として赴くしかない。すでに調査権を俺とベアトリスは有しているんだ」

「なるほど……それに同行する事で調査権、捜査権を間接的に有するという流れですか」

「そういう事だ」


 アルトの言葉にアディルが納得の表情を浮かべた所でヴェルが疑問を呈する。


「しかし、貴族への捜査権ならまだしも調査権は強制力がないために対象貴族の許可が必要ではないのですか?」


 ヴェルの疑問にアルトは頷く。


「その通りだよ。今回の調査対象はレムリス侯爵家ではなく王家の直轄領である“エイヒメス”という都市の調査という名目だ」

「……確か、エイヒメスはレムリス侯爵領の先にありましたね……」

「そういう事だ。俺達はエイヒメスの調査の目的でたまたま・・・・レムリス侯爵領へと立ち寄るんだよ」


 アルトの言葉にアディル達は納得する。かなり強引な論法ではあるが対外的にはそれで押し通すつもりなのだろう。


「しかし、調査は出来ないのではないですか? ……待てよ。そういう事か。そこで俺達か……」


 アディルの言葉にアルトとベアトリスは頷く。


「レムリス侯爵領に滞在するのは二日を予定している。ただしそれは何もなければだ」


 アルトの言葉にアディル達は意図を察すると頷いた。アルトはその二日間でシュレイを救い出せと言っているのだ。またその際にはレムリス侯爵側から・・違法行為を引き出させなければならないのだ。アルトとベアトリスはそれをきっかけにレムリス侯爵家の勢力を削ぐという事を考えている。


「その辺りのところは私に任せてもらえればかなり実現可能だと思います」

「ヴェルティオーネ嬢が?」

「昨日も言いましたが“ヴェル”とお呼びください。もう私は貴族ではありませんので」


 ヴェルの返答に得るとは苦笑を浮かべながら頷くと返答した。


「そうだったな。それではヴェルがやるのか?」


 アルトの返答にヴェルはニッコリと微笑みながら頷く。自分の意見が通った事への喜びである。


「はい、レムリス侯爵夫人は私の事を憎みきっていますので、憎い私がレムリス侯爵領に赴けば高い確率で襲われると思います。そうすれば王族の護衛を襲った事を理由に王族への叛意を主張できるきっかけになると思われます」

「ふむ……流れ者を雇った場合はどうなる。レムリス侯爵家とのつながりを証明できなければ難しいだろう」

「単なる流れ者ならその場で斃してしまうつもりです。その辺の所は私達“アマテラス”の判断に任せていただければ有り難いと思います」


 ヴェルの提案にアルトとベアトリスは少し考え込み、しばらくしてベアトリスはヴェルに尋ねる。


「でも、侯爵夫人が襲撃者を放つかしら? 私達が一緒にいれば当然王族への叛意を疑われるだろうから襲撃は控えるのじゃないかしら」

「いえ、そんな事関係なく侯爵夫人は動きます。そして侯爵はそれを阻止することはできません。夫人は感情の起伏が激しく制御の能力に著しく難があります。だからこそ、騎士達に私を陵辱して殺害するという事を実行に移したんです」

「え!?」

「何だと!?」


 ヴェルの言葉にアルトとベアトリスは眉を急角度で跳ね上がらせる。邪魔な者を殺そうとするのは貴族社会ではそれほど珍しいものではない。だが、陵辱させた後に殺すというのは中々例が無い。


「それを助けてくれたのはアディルです。私がアディルと行動を共にしているきっかけはそれです」

「そうだったのか……そこまで憎しみを向けてくるのなら確かに信憑性は高いな」

「はい」

「そう、でも私達はあなた達を捨て駒にするつもりはないわよ」


 ベアトリスの言葉にアディル達は一礼する。


「社交辞令ではないのだけどな」


 アルトは小さく呟く。アディル達の態度に身分の差からくる隔意あるものを感じたのだ。実際にアディル達からすれば王族というのは遥か上の身分なのだからあまり馴れ馴れしくしないでおこうという配慮があったのは事実であった。

 言葉遣いなどは少しばかり砕けたものになっているがそれでも友人に接するようにはいかないのだ。

 アルトはそれを妙に寂しく感じており、その不満が小さく音声化したものであった。だが、その声は小さくアディル達の耳に入ることはなかった。


(まぁ仕方ないか……今回の件で信頼を勝ち取れればいいな)


 アルトがそう考えている事をベアトリスも察している。そしてベアトリスもアルトと同じ印象を持っている。


「よし、それでは取りあえず。君達は俺達に雇われた護衛にハンターであるという事にしてる。昨日のうちにすでにギルドに依頼を出し君達が受領した事を伝えてある」


 アルトの言葉にアディル達は驚く。元々この話はアディル達がシュレイを助けるために持ちかけた話だ。当然無報酬であるはずであった。しかし、ギルドに依頼したとなればそこに報酬が発生するのだ。


「どうしてそんな事を……」


 アディルの言葉にアルトはニヤリと嗤う。


「もちろん主導権をにぎるためだ。今回のレムリス侯爵家の一件は俺達がいただいた」


 アルトの言葉にアディル達は顔を綻ばせた。それはアルトとベアトリスがアディル達を守ろうとしていることを宣言したに他ならないのだ。


「それじゃあ、もう一つの本音は?」


 アディルの質問にアルトはあっさりと答える。


「面白そうだからだ」


 アルトはニヤリと嗤い返答するとアディルもまたニヤリと嗤うのであった。

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