侯爵領へ②
公文書保存局へと到着したアディル達は公文書保存局の傍らに馬車が停まってる事に気付いた。そして同様に周囲に旅支度を整えた十人ほどの騎士達の姿が見える。
「ねぇ、なんであの騎士様達、旅支度をしてるんだと思う?」
エリスが首を傾げながら言うとアディルがすかさず返答する。
「そりゃ旅に出るからだろ」
「そうよね……」
「問題はどうして旅支度している騎士達がこの場にいるかだよな」
「うん」
アディルもエリスも会話をしながら浮かんでくる可能性を必死に否定する。その可能性は一般常識的にありえないという思いに満ちていたのだ。
「ひょっとして殿下達もレムリス侯爵領に向かうのかしら?」
アリスが何気なく言った言葉こそがアディルとエリスが必死に打ち消した可能性である。いくら何でも昨日今日で国家の重要人物が動けるほどヴァトラス王国の王族という立場は気安いものではない。
「いや、それはないんじゃない? だって相手は王族よ」
エスティルが即座に否定の言葉を発する。エスティルもまた皇族である以上、そうたやすく余所の領に出かけると言うことは出来ない事を知っているのだ。
「それもそうか」
アリスもあははと笑って自分の意見を否定する。アリスも自分の発言があり得ない事を知っており、何となく言ってみただけだったのだ。
「とりあえず、公文書保存局に向かいましょう。そこで確かめればいいわ」
ヴェルの言葉に全員が頷くと公文書保存局の前にアディル達は馬車を停める。騎士達はアディル達に向けて揃って一礼する。
「「「「「え?」」」」」
騎士の出迎えの一礼にアディル達は流石に戸惑う。騎士達からそのように遇される事がまったく想定外であったのだ。
「あの……」
アディルが戸惑いがちにようやくそれだけ言葉を発すると三十になったばかりの騎士が一歩進み出る。
「お早うございます。アマテラスの皆様方。今回護衛として皆様方の警護責任者の近衛騎士団第二旅団長の“エウメネス=バーシール”です」
エウメネスと名乗った騎士の肩書きにアディル達は流石に驚かざるを得ない。近衛騎士団は王族の護衛、王城の警護を担当する騎士団である。他国では血筋がものを言うのだが、ヴァトラス王国においては入団試験に合格すれば身分の貴賎など関係なく入団可能という完全な実力主義をとっていた。
そのような実力主義の近衛騎士達は当然ながらクセが強い。その近衛騎士達をまとめる役職に就くのは並大抵の人物ではないのは当然であった。
そして、近衛騎士団には四つの旅団によって成り立っており、目の前のエウメネスはその旅団長なのだ。間違いなく近衛騎士団の最高幹部の一人であるといっても過言ではないだろう。
「あ、はい。アマテラス所属のハンターのアディルと言います」
「ヴェルティオーネです」
「エリスと言います」
「エスティルと言います」
「アリスです」
アディル達は戸惑いながらもエウメネスに自己紹介を行う。正直な話、エウメネスの肩書きに戸惑っており自己紹介できたのは反射的に行ったに過ぎないのだがそれでも最低限の礼儀を守る事が出来たのは僥倖であった。
「そう堅くならなくても大丈夫だよ。君がカーグ殿とどのように戦ったかアルゼイル団長から伺っている。会えて光栄だよ」
エウメネスはニコニコとしながらディルたちに告げる。そこには一切の悪意は感じられない。実力主義者の近衛騎士団では実力のある者には敬意を示すという空気があるのだ。それには年齢、身分の貴賎など関係ない。
「さぁ、とりあえず中へそこですでにお待ちになっておられるからね。我々は出発の準備を整える事にするよ」
「はぁ……」
エウメネスの言葉にアディルは生返事で返す。ヴェル達も同様に首を傾げながらもエウメネスの勧めに従って公文書保存局の中に入っていくことになった。
* * *
公文書保存局に入ったアディル達はすぐさま昨日同様に局長室に通される事になった。案内の職員がコンコンと局長室の扉をノックするとすぐに中から“どうぞ”という声がかけられた。
「失礼します。アマテラスの方々がお見えになられました」
案内した職員は扉を開けて一礼すると要件を伝える。中から“入ってもらってくれ”という言葉が聞こえ、案内した職員はアディル達を見ると頷いた。
「ありがとうございます」
アディルは案内してくれた職員に御礼を言うとヴェル達も頭を下げる。それを見て職員は小さく微笑むとアディル達に進路を譲った。アディル達はそのまま一礼しつつ局長室に入室すると昨日同様に局長のアルダート、ヴァトラス王国の王子であるアルト、姫であるベアトリスが座っている。
「まさか……両殿下のあの格好……」
ヴェルの言葉に内心アマテラスのメンバー達は戸惑いを隠すことが出来ない。なぜならアルトとベアトリスの格好は旅装であったからだ。この状況で旅装に身を固めた両殿下、近衛騎士団の最高幹部である第二旅団長のエウメネス、そして旅装に身を固めた騎士達となればアディル達でなくてもその意味を察する事は容易であろう。
「お早う。まずそこに座ってくれ」
アルダートの勧めに従いアディル達は席に座る。
「あの……お伺いしたいことがあるのですがよろしいですか?」
アディルがアルトとベアトリスに視線を移すと口を開いた。
「うん、良いよ」
アルトはあっさりと許可する。ベアトリスも“ニシシ”といたずらっぽく笑っているところを見るとアディル達が何を尋ねるのかわかっているのだろう。となるとここまで言う必要はなさそうなのだが一応尋ねるべきだろう。
「両殿下はどうして旅装を身に纏っているのですか?」
アディルの質問にアルトは即座に返答する。
「そりゃ私達も君達と一緒にレムリス侯爵領へ向かうからだよ」
アルトの口から予想通りの返答があった。
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