侯爵領へ①

 翌日、待ち合わせの時間に遅れまいとアディル達は早めに家を出ることになった。その際にジルドとマーゴに挨拶をするといつものようにマーゴがお弁当を手渡してくれた。


「今日のお弁当はミートパイだよ。冷めてもおいしいように作ってあるからお昼にでも食べなさい」


 マーゴはニコニコしながら言うとアディル達は目を輝かせてマーゴに感謝の言葉を伝える。


「「「「「ありがとうございます」」」」」


 完全に声が揃ったのは練習によるものではなく少しでも早く感謝の言葉をマーゴに伝えようとした結果であった。その事を察したジルドとマーゴは顔を綻ばせた。


「ミートパイかぁ~早く食べたい。ねぇちょっとだけ食べて良いでしょう?」


 アリスがアディルの手にあるバスケットを開けようと手を伸ばした。それをエスティルがペチンと手を叩いた。


「痛いじゃない。何するのよエスティル」

「何するのじゃないでしょ。これはお昼ご飯なんだから今食べちゃダメでしょ」

「そんな事言ったって、エスティルだって食べたいでしょ?」

「そりゃもちろん。こんな美味しそうな香りがするんだから食べたいわよ」

「なら……少しぐらい」

「そうね。仕方ないわよね。これは自然な感情よ」


 アリスの甘言にあっさりと陥落したエスティルがアディルの手にあるバスケットに視線を移した。


「まったく……」


 アディルはため息をつきながら封印術を展開するとボフンという音とともに手にしていたバスケットが姿を消した。アディルが封印術を施しバスケットを封印したのだ。


「あ~~!!」

「アディルぅぅぅぅ~横暴!!


 アリスとエスティルがアディルに抗議を行うがアディルは当然ながら取り合わない。


「まったく、お前らはこれはお昼ご飯って話を聞いていただろうが。今食べてどうするんだよ」


 アディルの言葉は正論である。お弁当を手渡されてその場で食べるなど論外である。


「そうよ。二人とも何考えてるのよ」

「そうそう。今食べちゃダメじゃないの」


 そこにヴェルとエリスもエスティルとアリスを窘める。不平そうな表情をアリスとエスティルは浮かべるが正論に屈しようとしている時に二人は気付いた。


「ねぇ……アリス、エリスとヴェルから何かミートパイの香りがしない?」


 エスティルの言葉にヴェル、エリスは顔を強張らせる。アリスもその事に気付くと二人の方にスンスンと匂いをかいだ。


「確かに僅かながらミートパイのかぐわしい香りがするわ」

「「うっ」」


 アリスの言葉にヴェルとエリスはわかりやすいぐらい動揺する。


「ちょっと待って……アディルからも……」

「ホントだ……」


 次に二人はアディルにも言う。アディルもまた露骨に視線を逸らした。


「あんた達……まさかと思うけどミートパイをつまみ食いなんかしてないわよね?」

「まさかね……?」


 エスティルとアリスのニコニコしながら三人に言う。ニコニコしているが笑ってないという矛盾した状況にアディル達は顔を強張らせている。


「エスティルちゃん、アリスちゃん。三人はつまみ食いなんかしてないわよ」


 そこにマーゴが助け船を出してくれた。その事に容疑者アディル達は心底感謝したのだが次の言葉で助け船には巨大な孔が空いていることを思い知らされた。


「三人には味見をお願いしたのよ」

「「はっ?」」

「だから味見よ。久しぶりにミートパイを作ったから少し自信がなくてね」

「「ほほぅ……」」


 エスティルとアリスのジト目が遠慮無くアディル達に注がれる。


「「何か言うことある?」」


 エスティルとアリスがニッコリと微笑んでアディル達に言うとアディルは緊張した面持ちで返答する。


「お、おいしかったです……」


 アディルの返答にエスティルとアリスから放たれる雰囲気に凶悪さが含まれ始めた。そこにマーゴがポンと手を叩くとエスティルとアリスにニコニコとして優しく声をかける。


「あらあら、エスティルちゃんもアリスちゃんもそんなに味見したかったのね♪ それじゃあちょっと待っててね♪」


 マーゴはそういうと小走りで店の奥に向かった。それからしばらくして手に紙で包んだものを持ってきた。


「はい、二人とも」


 マーゴはニッコリと微笑みながら紙包みをエスティルとアリスに手渡した。エスティルとアリスは素直に受け取るとそこにはミートパイが包まれている。


「朝ご飯を食べたばかりだから食べれないかなと思ってたけどどうやらそうじゃないみたいね」

「うわぁ~ありがとうございます♪」

「やったぁ~~♪」


 マーゴからミートパイが手渡されると途端に輝くばかりの笑顔をエスティルとアリスは浮かべる。

 

(う~む……順調に餌付けされてるぞ二人とも……)


 エスティルとアリスの様子を見てアディルは素直にそう思った。魔族の皇女であるエスティルと未だ詳しい素性を知らないが竜族のアリス、その二人をマーゴはミートパイで見事に操っている。マーゴ自身にはそのつもりは一切無いだろうが傍目から見れば操られていると思っても仕方がない。


 しかもエスティルとアリスが今回味見をしなかったからこうなったのであって、アディル達が味見をしていなかったら二人のような行動を取らなかったかと言えば正直なところ自信がない。


「さぁ、行きましょう!!」

「みんな行くわよ!!」


 機嫌が急回復したエスティルとアリスが三人に告げると早速馬車に乗り込んだ。毒気を抜かれた体でアディル達も馬車に乗り込んだ。


「みんな無事に帰ってくるんじゃぞ」

「みんな気を付けてね」

「「「「「はい」」」」」


 ジルドとマーゴの見送りの言葉にアディル達は笑顔で答えると公文書保存局へと出発するのであった。


 ちなみにエスティルとアリスは馬車の中で早速ミートパイを食べ始め幸せそうな表情を浮かべていた。アディル達はミートパイの良い香りだけ・・を味わいながら食べたいとい欲求を我慢していた。


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