幕間②

 声をかけられたアーガスはゴクリと喉をならしながら緊張しつつ近付いていく。一歩踏み出す度にアーガスの肌が粟立つ。


「そこに座ってくれ」


 指示を受けたアーガスは素直に従う。レムリス侯爵家の庇護などこの六人には何の意味をなすことは無い事をアーガスは本能的に察していた。そのため素直に従うのも当然であった。


「さて、俺達に頼みたい事は何だ?レムリス侯爵家のアーガス=レトームさん」


 男はアーガスに何気なく伝えるがアーガスに与えた衝撃は多きかった。わずか一日で自分の身元が割れてると言うことに恐怖を感じないほうがどうかしていると言って良いだろう。


「そう警戒するな。俺達が依頼主の信頼調査をするのは当然だろう?」


 男の言葉にアーガスは顔を強張らせつつ頷かざるを得ない。毒竜ラステマのような闇ギルドであれば当然ながら情報の大切を痛感している。今回の件もその一つだ。そしてこのタイミングで告げる事はアーガスに対して“自分達に嘘は通用しない”という事を意識付ける事に他ならない。


「あぁ……そうだな。それで私はあなた達のお眼鏡にかなったと考えて良いのかな?」


 アーガスは勇気を最動員して男達に告げる。男達は明らかにアーガスの虚勢を見抜いていたがこの状況でそこまで虚勢を張れることに対して感心したようである。


「ふ……中々の胆力だな。それでレムリス侯爵家は俺達に何をさせたいんだ?」


 他の男がアーガスに声をかける。


「ある娘を殺して欲しい」

「娘?」

「ああ、名はヴェルティオーネ=レムリス、十五歳の少女だ」


 アーガスの言葉に男達は呆れた様な表情を浮かべる。レムリス侯爵家の力を持ってすれば十五歳の少女一人などどうとでもなると考えたからだ。


「不思議に思うだろうが黙って聞いて欲しい。当然だが我々もその少女を殺すためにいくつか手を打ってきたがそれらはすべて失敗した」

「ほう……」

「まずはある闇ギルドに依頼したが失敗に終わった」

「ふむ……」

「次に灰色の猟犬グレイハウンドというミスリルクラスのハンターチームを雇ったのだが、あなた達に依頼せよと命令が来たという事は失敗したのだろう」


 アーガスの言葉に男達は表情を引き締める。闇ギルド、ミスリルクラスのハンター達の襲撃を凌ぐ事が出来るような少女が只者であるわけがない。


「その少女はそこまで強いのか?」


 別の男の言葉にアーガスは首を横に振ると答える。


「いや、現在その娘はアマテラスというハンターチームにいるらしい。その仲間達が凄腕という話だ」

「アマテラス……」

「聞いたこと無いな」


 アーガスの返答に男達の中からそれぞれの感想がもたらされる。


「まぁ良い。そのアマテラスごとやれば問題無かろう。ところでレムリス侯爵家はそのアマテラスとかいうハンターチームを殺した報酬はいくらほど出すつもりだ?」


 男の言葉にアーガスは即座に返答する。


「一人あたり金貨三十枚、アマテラスの構成人数が五人なので金貨百五十枚という話だ」


 アーガスの言葉に男達はニヤリと嗤う。


「ひゅ~さすがはレムリス家だな」

「ああ、豪華なことだな」

「おいおい、逆に考えればそれだけ憎い相手と手強い相手だという証拠だろうが、アルメイスとレドスも油断するなよ」

「わかってるってロジャールは相変わらず慎重だな」


 ロジャールという男に注意されたアルメイスが返答する。


「さて、そこまでの報酬を用意した以上、俺とすれば断る理由はないな。みんなはどうだ?」

「俺も異存はない」

「俺もだ」

「もちろん俺も受けるぞ」

「俺も受ける」

「総額金貨百五十枚か……ここで断るような奴はアホだろ」


 ロジャールの問いかけに仲間達は即座に返答する。彼らにとって依頼内容よりも報酬の方が重要なのだろう。


「聞いての通りだ。俺達がそのアマテラスとやらを始末してやろう。報酬は依頼達成時でいい。ただし……」


 ロジャールはそこで一端言葉を切る。アーガスはゴクリと喉をならす。ロジャールから放たれる雰囲気がやや険のあるモノに変わったからだ。


「もしレムリス家が報酬を渋ったりすれば俺達の刃はレムリス侯爵家を撫で切りにするぞ。もちろんお前も、お前の家族もだ」


 ロジャールの言葉にアーガスは肌は粟立つのを感じた。これほど不吉な言葉を今までアーガスは聞いた事はない。


「そ、それは安心してほしい。侯爵様達もあなた達を欺す危険性は十分に理解している」


 アーガスの返答に満足そうに毒竜ラステマの面々は頷く。自分達を恐怖するものがいることは自身の安寧に繋がる事を彼らは知っているのだ。しかもヴァトラス王国を代表する貴族であるレムリス侯爵家に仕える者の言葉だ。一般人のそれよりも満足度は高い。


「それは良かった。今後もぜひレムリス家とは良い関係を続けたいものだ」


 ロジャールは満足そうに言うとアーガスに向け言う。


「それではそのヴェルティオーネの絵姿でも見せてもらおうじゃないか」

「あ、あぁ……これだ」


 アーガスは懐から出した絵姿を机の上に置くと毒竜ラステマの視線が姿に集中する。


「ほう……」

「へぇ……」


 絵姿を見た毒竜ラステマのメンバーの口から感歎の声が発せられる。もちろん絵姿に描かれていたヴェルティオーネの美しさに見惚れての事だ。感歎の声を上げなかった者達の視線の温度も若干上がっている。


「最終的に殺してくれればどう扱おうが構わない」


 アーガスは絵姿を見た毒竜ラステマのメンバー達の反応を見て欲望を煽ることにしたのだ。するとレドスがアーガスの喉を掴むとそのまま持ち上げた。あまりにも突然の事でアーガスは目を白黒させている。


「おい、上手くのせようとでもいう魂胆か? 俺は操られるのが何よりも嫌いなんだよ。舐められてる気がしてな」

「が……」

「そこまでにしておいてやれ」


 ロジャールが言うとレドスはアーガスの喉から手を離した。アーガスはそのまま床に落ちるとゲホゲホと激しく咳き込んでいる。


「あんたもあんまり俺達を操ろうなどと考えない方がいいぞ」


 ロジャールは声を僅かに低くしてアーガスに言い放つとアーガスはまだ咳き込みつつも必死に頭を上下に振った。


「わかってくれて嬉しいよ。さて、金貨百五十枚を用意しておけ」


 ロジャールがそう言うと毒竜ラステマのメンバー達はアーガスを放って店を出て行った。


(恐ろしい……)


 アーガスは喉を締め上げられ謂われの無い暴力を受けた事に対する怒りよりも命が助かった事に安堵の気持ちの方が遥かに大きかった。

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