邂逅②
ヴァトラス王国の王都であるヴァドスにある官庁街の一角に人通りのほとんどない建物がある。
その建物には“公文書保存局”と呼ばれる機関が置かれている。文字通りヴァトラス王国の公文書を保存しておくための機関である。
ヴァトラス王国の公文書は各機関で三年間保存されることになっており、三年間を越えたものはこの“公文書保存局”に保存されることになっているのだ。
仕事の内容も時折回ってくる公文書をファイリングして倉庫に収め、資料を求める官吏に対して過去の公文書を閲覧させるという地味なものであった。しかも直近の公文書は各機関で三年間保存されるのでほとんどそれで用足りるので公文書保存局を訪れる者はほとんどいないのだ。
そのため、各機関の官吏からは公文保存局に勤務する者は“役立たず”“穀潰し”という散々な評価であった。
だが、この地味な公文書保存局の裏の顔は国王直属の情報機関である“ルーヌス”であった。
ルーヌスとはヴァトラス王国の神話に出てくる創世神“ヴァーギル”に仕えた神であり、貴重な情報をヴァーギルに伝えたという逸話がある事から情報、言語を司る神として有名である。
ルーヌスに所属する者達は例外なく優秀な者達であり、単純な戦闘力で言えば“ミスリル”クラスのハンターレベルの実力を有しているのは間違いない。もちろんそれは最低限の評価であり、上位者にもなれば“オリハルコン”クラスのハンターレベルの実力を有する者も一人や二人ではない。
ルーヌスの統括者はアルダード=ジグームという四十一歳の冴えない容貌の男性である。しかし、冴えない容貌に隠された鍛え抜かれた体躯、鋭い眼光はルーヌスに所属する者達をして畏怖させるものであるが、普段はその片鱗をまったく見せることはない。
「きょ局長!!」
ルーヌスの局長室にルーヌスに所属する職員が駆け込んできた。ノックもせずに局長室に飛び込んでくるなど失礼にも程があるのだが、アルダートは咎めるような事はしない。ルーヌスという組織の特性上、緊急事態があることを想定しておくのは当然であり場合によってはノックの時間のすら惜しいというものである可能性があるからだ。
「何事だ? お前の担当はエルケンス……まさか、奴等がヴァトラスに侵攻でもしたのか!?」
アルダートは駆け込んできた職員の担当が隣国エルケンス王国である事から軍事行動をとったと思ったのだ。
「ち、違います。エルケンスが侵攻した
その職員はエルケンス侵攻を即座に否定する。現在ヴァトラス王国とエルケンス王国の関係はまず友好国と呼んで良い関係を築いており侵攻の気配はまったくないのだ。
「そうか。……それではなぜそこまで慌てているのだ?」
アルダートは侵攻でなかった事にほっと胸をなで下ろすが職員の『ぐらい《・・・》』という言葉が気になった。普通に考えて自国が侵略を受けている事よりも緊急事態が起こったということなのだ。
「カーグ前統括官がお見えになられています!!」
「何故それを早く言わん!!」
職員の言葉にアルダートが露骨に慌てた声を出して立ち上がるとそのままアルダートは局長室を出ていく。アルダートに職員が続いた。
「前統括官はお怒りの様子か?」
アルダートは自分の後ろを歩く職員に尋ねる。
「いえ、とてもそのようなご様子はございません……」
「あの方ならそれぐらい簡単に隠すことができるであろう」
「統括官……でも気付く事は出来ませんか?」
「いや、わかることはわかるのだが……あの方の本気がどれほどのものなのか正直私もわかっていないのだ」
アルダートの言葉に職員はゴクリと喉をならす。この職員は自分の技量に絶対の自信を持っていたがアルダートに出会ってそれが単なる自惚れであった事を思い知らされたのだ。そのアルダートがそこまで言うのだから前統括官はどれほどの怪物なのかと戦慄する思いであった。
「カーグ前統括官!!」
アルダートが廊下を曲がったところで目的の人物が向かってきているのが視界に入ると即座にアルダートから名前が発せられた。
アルダートを見た初老の男性がにこやかな表情を浮かべると片手を上げる。何気ない仕草であるがアルダートの目には一分の隙も無いものとして映った。
「突然来てすまなかったね。忙しい事は重々承知しているけど時間をいただけないかね」
初老の男性は好々爺然としてアルダートに告げる。もちろんこの初老の男性はジルドである。
「はい、もちろんです!! それでは局長室でよろしいでしょうか?」
「ありがとう。それではお邪魔させてもらうよ」
ジルドの言葉にアルダートは頭を下げると局長室へと戻ることになった。
局長室に戻ったアルダートは、ジルドを来客用のソファに座らせると自分は対面に座った。
「まずは時間をとってくれてありがとう」
ジルドは再びアルダートに謝意を示すとアルダートは恐縮してしまう。アルダートにとってジルドは尊敬する元上司であり、憧れの人物であったのだ。
「いえ、カーグ前統括官がわざわざお越しいただく事の意味がわからぬほど呆けておるつもりはございません」
アルダートの言葉にジルドは頷く。
「そうかそれでは早速だがあるハンターチームを両殿下に会わせたい。お主の方から両陛下並びに両殿下へと伝えて欲しい」
「両殿下に紹介ですと?」
ジルドの言葉にアルダートは訝しげな表情を浮かべる。いかに尊敬する元上司の言葉とは言え盲目的に従うような事をアルタードはしないのだ。連絡係のカジネがジルドの提案を受け入れるか心配したのもそのためである。
「うむ。儂が両殿下に紹介したいのは例のハンターチームじゃよ」
「……アマテラスでしたかね?」
「そう。そのアマテラスじゃ。今回の任務でレシュパール山に向かったのじゃが、そこで奇妙な怪物と出会ったとの事じゃ。その子達の話では殺した人間の皮を被りなりすます事が可能という話じゃ」
「なりすます……ですと?」
「それがいかに危険かお主にはわかるじゃろう?」
ジルドの言葉にアルダートは頷く。そのような怪物が紛れ込んでいれば要人暗殺も破壊工作も容易に行える。
「しかし、疑問もございます。そのアマテラスは何故王族の方々に会いたいのですか? まさかそれにより……立身出世を?」
アルダートの言葉に鋭いものが含まれる。王族を利用しようというものは後を絶たない。そして王族を利用する事で大きな被害がこの国にもたらされる例など歴史を見れば容易に見つける事は可能だ。
「お主の心配も尤もじゃが、アディル君達は確かに王族を利用しようと考えておるがそれは立身出世を目的としているわけではないよ」
「しかし……王族を利用とは……」
「その辺りは大丈夫じゃよ。アディル君達の目的は国益に反するものではないし、王族の方々にとっては都合が良い状況をもたらすじゃろうて」
「はぁ……?」
ジルドの言葉にアルダートは首を傾げる。持っている情報が少ない以上、アルダートにはジルドの意見が確かかどうかの判断がつかない。
「しばらくすればハンターギルドの方からも報告が上げられるはず、だが事の重大性を考えれば一日の遅れはそれだけ危険を増すことになる」
ジルドの言葉にアルダートは頷かざるを得ない。
「それに両殿下は黙って利用されるような可愛げのある方々には思えんな」
ジルドの言葉にはアルトとベアトリスへの愛情が多分に含まれているのをアルダートは感じる。そしてその言葉通りアルトとベアトリスはそうそう甘い方々ではないのも事実であった。
(確かに
アルダートはそう結論づけるとジルドに言う。
「承りました。両殿下には私自らこれから伝えたいと思います。ただし私も同席させていただきたいと思うのですが」
アルダートの言葉にジルドは当然とばかりに頷いた。
「それはもちろんじゃ。お主もあの子達に会っておいた方が良いかもしれぬしな」
「はい。ありがとうございます」
アルダートは一礼する。
その日の夕方、カジネから両殿下から明日アマテラスと会うと言う事が決定されたと報告があった。
アマテラスと両殿下の邂逅が決定したのであった。
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