反撃篇

反撃篇:プロローグ

灰色の猟犬グレイハウンドが全滅!?」


 レムリス侯爵家の一室でレムリス侯爵夫人のイザベラが驚きの声を上げる。そして次に続いた言葉には完全に怒りと侮蔑の声に変わった。


「あの役立たずども!! 何が“ミスリル”よ!!」


 イザベラの怒りの声に報告に来た騎士は思わず首をすくめる。


「トルートの部隊は!?」


 イザベラの言葉に報告に来た騎士は言い出しづらそうに答える。


「は、五人のうち二人の死体は見つけました。その二つの死体のうちの一つはトルートのものでした」


 騎士の言葉にイザベラの眉は急角度で跳ね上がる。イザベラの容姿は決して醜悪では無いのだが怒りの表情がその美貌を大いに失わせている。


「他の三人は!?」

「はっ、死体は見つかりませんでした。ただ灰色の猟犬グレイハウンド、トルート達の死体の斬り口から相手は相当な手練れであると考えられます」


 騎士の言葉にイザベラはジロリと睨むと低い声で騎士に声をかける。


「だから何? あの女の娘を見逃せとでもいうの!? あの穢らわしい女の娘に我がレムリス侯爵家の名誉が傷付けられても良いというの!!」


 イザベラは最初は低い声であったのだが少しずつ感情が高ぶり最後は発狂したかのような声である。


「も、申し訳ありません」


 騎士は恐縮したように縮こまりイザベラに謝罪する。


「何の騒ぎだ?」


 そこにエメトスが入ってくる。イザベラはエメトスに視線を向けると一気にエメトスに駆け寄った。


「あなた、あの女の娘はまだ生きているという事です。早速次の手を打ちませんと!!」


 イザベラの言葉にエメトスはため息をつきたくなるような表情を僅かながら浮かべる。イザベラの最近のヴェルへの憎しみに対して辟易しているのだ。このような時に当主であるエメトスが窘めなければならないのだがそのような事はしない。もちろんエメトスもヴェルが出て行った時の“政敵への暴露”という啖呵には警戒していたのだが、半年以上経っても具体的に行動に起こしていないためにヴェルへの危機感はかなり薄れてきているのだ。


「あ、あぁ……」


 エメトスの気のない言葉にイザベラは少しばかり不満気な表情を浮かべる。


(どうして、この方はあの娘を排除する事に対して積極的になれないのかしら)


 イザベラの不満気な表情を見逃さなかったエメトスは慌てて言う。エメトスはイザベラが感情が高まった時への対処としてイザベラのいう事に無条件で応じるようにしていたのだ。

 エメトスはイザベラへの説得を最初から放棄している。これは“こいつには話しても無駄だ”というかなりイザベラの人格を否定している事を意味しているのだがエメトス、イザベラの双方にその意識はない。


「幸いまだガムリス侯、エジンベル伯への耳には入っていないわ。早く手を打たないと!!」


 イザベラの言葉にエメトスは頷くしかしない。


「……毒竜ラステマしかないわ」

「何?」

毒竜ラステマしかないと言ったのよ」


 イザベラの口から出た毒竜ラステマという単語に流石にエメトスは聞き返さざるを得ない。

 毒竜ラステマは王都で恐れられている闇ギルドであり、その残虐さ、実力で最も恐れられる闇ギルドの一つである。ただし、その実力に応じて依頼料の高さも相当なものであり並の貴族ではおいそれと依頼することは出来ない。もちろんレムリス侯爵家ならば問題無く払える額ではあるが軽々しく依頼することは出来ない。


灰色の猟犬グレイハウンドもダメなら毒竜ラステマしかないではないですか」

「しかし……」

「何を言っているのです。あなたはいつだってそうよ!! 呑気にして取り返しの付かない事になったらどうするつもり!!」


 イザベラは感情を高ぶらせエメトスに噛みつくように訴えるとエメトスは説得を放棄している現状を採用して頷かざるを得ない。


「……わかった」

「良いのね?」

「ああ、ヴェルティオーネの事はお前に任せる。良いように処理しなさい」


 エメトスの言葉を聞いてイザベラはニヤリと嗤う。その笑顔に嗜虐的なものが含まれているのはエメトスも当然ながら理解しているがそれに触れる事はなかった。


「聞いた通りよ。お前は至急毒竜ラステマにヴェルティオーネの殺害を依頼しなさい。そして仲間達も同様に始末するように……ね」


 イザベラの言葉に騎士はゴクリと喉をならす。そこに含まれる嗜虐心に流石に震えざるを得ない。


 こうして、アマテラスと毒竜ラステマとの抗争が始まることになったのであった。

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