報告②

 ギルドマスターの執務室に通されたアディル達アマテラスはギルドマスターのすすめに従って来客用のソファに座る。


 ギルドマスターの執務室は重厚な雰囲気で統一されている。ハンターギルドのギルドマスターともなれば場合によっては上級貴族とも会うことがあるためにそれなりの執務室をこしらえる必要があるのだ。


「それでは報告を聞こうか。なんでも灰色の猟犬グレイハウンドが全滅したという話だったな」


 ギルドマスターのウルグ=バルギスはアディル達に真剣な表情で尋ねる。ウルグの年齢は四十一歳、元“オリハルコン”クラスのハンターであり、放たれる威圧感は些かも衰えてはいない。


「はい。灰色の猟犬グレイハウンドの四人は俺達の目の前でメイノスと名乗った騎士に斬られましたよ」


 アディルは即答する。アディルの返答にウルグは顔を顰めた。


「そうか灰色の猟犬グレイハウンドは問題の多いチームだったがそれでも実力的には相当なものだった。それが斬られたというのはそのメイノスという騎士は相当な腕前だな」


 ウルグはそう独りごちるとアディル達に視線を移すと質問を続ける。


「そのメイノスという騎士はどこに行ったかわかるかな?」

「俺達が斃しました」

「え?」


 アディルの返答にウルグは意味がわからないという表情で返答する。客観的に見ればアディル達はエリスが“プラチナ”クラスとはいえ、他のメンバーは“シルバー”クラスのハンターチームに過ぎない。そんなチームがミスリルクラスのハンターチームである灰色の猟犬グレイハウンドを殺害させた犯人を斃したというのは常識では考えられない事であった。


「順を追って説明させていただきます」

「う、うむ」


 アディルはそう言うと今回の事の顛末を事細かに報告する。その際にレムリス侯爵家が自分達を殺害しようと灰色の猟犬グレイハウンドを雇った事もきちんと報告していた。

 灰色の猟犬グレイハウンドがアディル達を殺そうとした事を告げる必要はなかったのだが、シュレイが自らウルグに告げたのだ。

 また代用品ガーベルンに対しては懐疑的であったがアディル達が実際に人の皮を被った代用品ガーベルンの死体を封印術から取り出して実物を見せれば信じざるを得ない。


「そうか……」


 報告を聞き終えたウルグは神妙な表情を浮かべる。


「レムリス侯爵家に対して苦情を入れろなんて言いませんよ。ギルドマスターとは言え侯爵家が相手では口を噤むしか無いでしょうしね。侯爵家とたかだか“シルバー”ランクのギルドメンバーを秤にかければ侯爵家をとるのは仕方の無い事ですよ」


 アディルの言葉にウルグは顔を顰める。アディルの言葉は気を使っているようでまったく気を使っていない。遠回しに“あんた、ギルドメンバーが殺されそうになったのに文句一つ言わないつもりじゃないよな?”と言っているのだ。

 ギルドはハンターの報酬から五%分徴収している。それはハンターギルドの運営費であると同時にハンター達が犯罪の被害や冤罪をかけられた時にハンター側に立ってハンターの権利を守る言わば弁護士のような役目も負っているのだ。

 もしここでレムリス侯爵家に対して何の行動も起こさないのならハンターギルドはその信頼を大きくそこ無い事は間違いないだろう。


「難しい案件を持ってきてくれたものだな……」


 ウルグは苦笑を浮かべながらアディル達に向け言う。


「いえいえ、俺達はレムリス侯爵家が今後俺達を狙うのにハンターを使うのなら俺達も躊躇無く応戦しますよ」

「当然だな」


 アディルの言葉にウルグはさも当然という風に返答する。レムリス侯爵家に荷担しアディル達を殺そうというのは明らかに犯罪行為だ。そのような犯罪者に対して黙ってやられる筋合いなどないのだ。


「報告は以上です。ギルドとして今回の話をどうするかはお任せします」


 アディルはそう言うと立ち上がり、それに伴いヴェル達も立ち上がった。


「うむ、早急にこちらも対応を検討しよう。国に対しても働きかけるつもりだから安心してくれ」

「はい、それではよろしくお願いします」


 ウルグにそう告げるとアディル達は執務室を出るのであった。




 *  *  *


 ギルドマスターへの報告を終えたアディル達はそのままハンターギルドから出ると一つの定食屋に入る。


「それでシュレイはこれからどうするつもりだ?」


 席についたアディルはシュレイに尋ねる。先程のギルドへの報告でレムリス侯爵家に不利な証言をしたシュレイにもはやレムリス侯爵家に居場所はないだろう。


「そうだな、俺はレムリス侯爵家の騎士を辞めるよ。今回の件で主を選ばなければならんことは実感したからな」


 シュレイは自嘲気味に返答する。


「これからレムリス侯爵家に行き、辞意を伝えるつもりだ」

「え? 正気?」


 シュレイの返答にヴェルが驚いた表情を浮かべて言う。かなり失礼な言い方であるがヴェルなりにシュレイを心配しているのだ。出会った頃だったら“あっそ”の一言であったはずだ。


「シュレイ、レムリス侯爵家は今回の報告でお前を絶対に許しはしないだろう。そんな状況で侯爵領に戻れば殺される可能性が高いぞ」

「そうよ。いくら何でもそんな危険を犯す必要は無いじゃ無い」

「私もそう思うわ。危険すぎるわ」

「止めときなさいって」

「一介の騎士であるあんたを葬るのなんて侯爵家の力を持ってすれば簡単よ」


 アディル達は口々にシュレイに対して言う。何だかんだ言ってアディル達はシュレイに対して共に戦ったという仲間意識が芽生えていたのだ。


「ありがたい言葉だが俺のケジメというやつだ。それに俺が戻らなかったら妹がどんな目に遭わされるかわからないからな」


 シュレイの表情にほろ苦いものが浮かぶ。その表情を見た時にアディル達はシュレイが生半可な気持ちで言っているわけではない事を察した。


「そうか……」


 アディルはシュレイの言葉にようやくそれだけを言う。


「ああ、すべて終わったら俺もハンター試験を受けようかな」

「それも良いわね。その時は私達のチームに入ったらどう?」


 シュレイは冗談めかして言うとエスティルが即座に返答する。


「良いのか?」


 シュレイは少しだけ微笑みながらアディル達に尋ねるとアディル達は即座に頷く。


「ああ、お前とは色々あったがまともな騎士だという事はわかってるからな」

「ふん」


 アディルの言葉にシュレイはそっぽを向きながら言う。多少の照れくささがあったのは事実であった。


「それじゃあ。飯を食ったら辞表を提出してくるよ」

「ああ」



 シュレイはその言葉通りに食事をとり終えるとその足でレムリス侯爵領へと出発した。

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