報告①

 レシュパール山から王都に戻ったアディル達はそのままハンターギルドに事の顛末を伝えるために直行した。


「すみません。ギルドマスターに至急伝えたいことがあります。会わせてください」


 アディルが職員に言うが二十代半ばの男性職員の反応は芳しくない。元々、この男性職員はアディルに対して非好意的であった。その理由はアディルがチームを組んでいるメンバーが掛け値無しの美少女揃いという事が気に入らないのだ。要は嫉妬である。


「君ねぇ、ギルドマスターは忙しいんだよ。いきなり来て会えるなどという事はあり得ないよ。きちんと面会予約を入れてくれないと」

「しかし、今回の件は緊急性があります。ギルドマスターへ掛け合ってくれませんか?」

「あのね。君だけ特別扱いするわけには行かないんだよ。そんな事もわからないのかい?」


 男性職員の嫌味な言い方にアディルはそのまま回れ右をしてヴェル達に告げる。。


「そうですか。みんなギルドは後回しだ。近衛騎士団に先に報告しよう」

「「「「うん」」」」

「すみませんでした。俺達は近衛騎士団の方にツテがありますのでそちらに事情を説明します。ギルドにはその後で報告しますので」


 アディルが殊更大きな声で言うとそのままギルドの出口に向かって歩き出した。もちろん大きな声で言ったのは事態の変化を促すためである。


「ちょっと待ちなさい!!」


 そこに男性職員が慌ててアディル達を止める。このままアディル達が本当に近衛騎士団に駆け込んだ場合にはそれほどの事案である事を示している。そのような重要事項を男性職員が取り次がなかったともなれば責任問題に発展して何らかの罰を受ける可能性がある。

 元々ギルドマスターへの面会に予約は“出来れば”というレベルのものであり、必須条件ではない。でなければ任務ミッションで緊急事態が起こった場合には対応が遅れる事になるのだ。


「なんですか? 俺達は一刻も早く今回の事を伝えなければならないんですよ。ギルドマスターには後で報告しますので」


 アディルは男性職員にそう言い放つとそのまま歩を進める。それを見て男性職員はさらに強い口調でアディル達を止める。その声がやや上ずったものになったのはハンター、職員達の視線がアディル達に集まったからである。


「だから待ちなさいと言っているだろう。どのような事があったのかね?」

「だから、後で話しますと言っているでしょう。なぜ邪魔をするんですか?」

「内容次第でギルドマスターへ報告するよ。言いなさい」


 男性職員の言い方にアディルはにこやかに笑う。だが目は一切笑っていないため男性職員はゴクリと喉をならした。


「よくよく考えれば緊急性はありませんでした。灰色の猟犬グレイハウンドが全滅したなんて大した問題では無いですよね」

「な……」


 アディルの言葉の意味がギルド内に伝わっていくとハンター達の中に激震が走った。灰色の猟犬グレイハウンドは黒い噂が付きまとう連中であったが、ハンターランクは“ミスリル”であり、その実力を疑うものなどどこにもいない。


「それじゃあ。俺達は誰が灰色の猟犬グレイハウンドを殺害したかを近衛騎士団に伝えて注意を促さないといけませんので失礼します」


 アディルはそう言うとクルリと振り向き再び出口に向かって歩き始めた。ミスリルクラスのハンターチームが壊滅するような重要案件を持ってきたアディル達をこのまま行かせてしまえば間違いなく男性職員の責任問題に発展する。

 しかも事情の証人は現在ギルドにいる職員、ハンター達であり軽く二、三十人はいるために証人には事欠かない。


「わかった。そういう事情ならギルドマスターに掛け合ってこよう」

「いえ結構です。予約を入れないといけないのでしょう? 特別扱いはいけませんよね」


 男性職員は先程の言葉を引き合いに出されて言葉に詰まる。周囲から“予約が絶対に必要なんて聞いたこと無いぞ”、“どういうことだ?”という言葉が発せられ始める。


「すまなかった。そんな大事とは思わなかったんだ。すぐにギルドマスターに掛け合ってくるから待っていてくれ」


 男性職員はそう言うと逃げるように二階のギルドマスターの執務室へと向かう。


「もう、イジメすぎよ」


 ヴェルがアディルに小さく苦言を呈する。


「ああ、少し悪い事をしたかな。最初からみんなが頼めばここまでこじれなかったかもな」


 アディルが苦笑しながらヴェル達に言う。アディルとしてもあの男性職員が自分に対して当たりがキツイ事を知っていたのだ。私心を挟むことはないだろうと思ってそのまま行ったのだがどうやら私心をもろにはさんできたのだった。


「別に良いんじゃない。アディルは別に悪くないでしょ。あの人から意地悪してきたんだし」


 アリスが少しばかり怒ったように言う。エリス、エスティルも同様のようある。


「私だって頭にきたけど、やりすぎよ。ああいうタイプは根に持つから色々と今後やりづらくなるかも知れないわ」


 ヴェルの言葉にアリス達も納得の表情を浮かべる。現在はそれほどの立場ではないが将来はわからない。そうなったときに厄介な事になる可能性もゼロではないのだ。


「大丈夫よ。その時はさっさと王都から出て行けば良いじゃない」


 アリスはあっさりとそう言い放つと全員が苦笑する。この苦笑は決してアリスへの侮辱を意味するものではない。むしろ思い切りの良さに感心したのだ。


「それもそうね。別にハンター稼業は王都じゃ無いと出来ないわけじゃないもんね」

「そうそう」


 ヴェルとアリスはそう言葉を交わすと互いに微笑んだ。


 そこにさっきの男性職員が戻ってきてアディル達に言う。先程のヴェル達の会話が聞こえていたのだろうかなりバツが悪そうな表情を浮かべている。


「ギルドマスターが詳しく話を聞きたいとのことだから二階の執務室に行ってくれ」


 男性職員は敢えてアリス達の会話には触れずに要点だけを伝える。まずい流れにある事を自覚しておりそこに触れないのは彼ら利の処世術と呼んで良いだろう。


「わかりました。掛け合っていただいてありがとうございます」

「「「「ありがとうございます」」」」


 アディル達は男性職員にそう声をかけると二階に向かって歩いて行く。


(こいつらって本当に黙ってやられないな)


 アディル達と男性職員のやりとりを黙って見ていたシュレイは心の中で感心とも呆れともつかぬ感想を持っていた。


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