会議

 不思議な空間であった。空に一切の光はない。太陽も月、星の明かりも何もない空間に直径約二十メートルほどの大きさの地面が浮かんでいる。

 地面の中心には大理石の円卓があり、十二の席が等間隔に設置してあった。各席の後ろにはそれぞれ扉がある。不思議な事にその扉はそのまま空間に立っており扉の用を為していないように見える。

 円卓の周囲には燈火トーチが掲げられ十分な光量を放つ事で視界が確保されていた。

 その円卓に備えられている席にはすでに十一人が座っている。全員が空席の方に視線を向けていると席の後ろの扉が開いた。扉から一人の全身鎧フルプレートを身につけた騎士が現れる。


「遅かったなジーツィル」


 黒い豪奢なローブを身につけた老人が言う。ジーツィルはその老人に一礼するとそのまま着席する。


「ふむ……揃ったようだな。まずはヴァトラス王国に件についてジーツィルから報告を聞こうか」


 老人の言葉にジーツィルは立ち上がると口を開く。


「まずは皆様方には謝罪を……」


 ジーツィルは出席者達を見渡しそう告げると一礼する。頭を上げたジーツィルは報告を始めた。


「今回、ヴァトラス王国に代用品ガーベルンを送り込み、ヴァトラス王国を侵食していくという計画はいきなり躓きました。代用品ガーベルンは全滅、雇っていた錬金術師のキグムも死亡という結果です」


 ジーツィルの報告に出席者達の反応は様々だ。あからさまに失望を見せる者、冷笑をジーツィルに向ける者が出席者の大まかな反応であった。


「ふむ……大幅に計画を変更せねばならんな」

「御意」

「メイノスが敗れたという話は本当か?」


 老人がジーツィルに尋ねるとジーツィルは静かに頷く。ジーツィルの首肯は出席者の間にさざ波となって広がっていく。


「ほう……あのメイノスが敗れたか」

この世界・・・・にはそれほどの強者がいるわけか」


 出席者の言葉には好戦的な響きが含まれている。老人は片手を上げることで出席者は即座に沈静した。


「ご一同静まられよ。ジーツィルの報告の途中じゃ」


 老人の言葉に出席者達は頷くとジーツィルはさらに続ける。


「メイノスを斬ったのは十五、六の少年少女達の六人のチームです」

「なんだと?」

「メイノスはガキ共にやられたというのか!?」


 ジーツィルの言葉に出席者の中から怒りを含んだ声が発せられる。十五、六の少年少女という言葉の与えたインパクトはやはり相当なものであったのだ。


「状況から考えればそれしかあり得ますまい」


 ジーツィルの言葉に出席者の視線がジーツィルに注がれる。その視線を受けてジーツィルは一切の動揺を示すことなく話を続ける。


「メイノスの実力は我々よりも一枚二枚落ちると考える事が出来るでしょう。ですが決して軽視するべき実力でない事はご理解できると思います」


 ジーツィルの断言に出席者も頷く者が出始める。


「ジーツィル卿、一つ尋ねてもよろしいか?」


 金色の髪を後ろで束ねた騎士が挙手をしてジーツィルに問いかける。


「なんでしょう?」

「お主の実力ならばそのチームを斬ることも可能だったのでは無いか?」

「ラウゼル卿の意見はごもっともと言いたいところですが、メイノスを斬るほどの実力者を備えたチームに単体で戦いを挑むのは危険と判断したまでのことです」

「相変わらず慎重ですな。だがその慎重さがヴァトラス王国の弱体化に躓きを生じさせたのは事実ですぞ」


 ラウゼルの意見に出席者のなかからも賛同の言葉が発せられた。それはジーツィルへの非難を意味するのだが、ジーツィルは不快感を示すことはない。


「皆様方の意見はごもっともですがあの時はそれが最善手であると考えたのです」

「根拠は?」


 ジーツィルの言葉にラウゼルは尋ねる。


「勘です」


 即座に返答したジーツィルの言葉に全員が沈黙する。勘というものは根拠としては脆弱極まりないものと言えるのだろうが、完全に否定する事は難しいものだ。無意識の判断と言い換えれば否定するのは難しい。


「勘か……我らとて戦いに身を置くものである以上、勘というものに頼ることを否定は出来ぬが、それでも悪手であったように思われますな」

「悪手ですと?」


 ラウゼルの言葉にジーツィルは目を細める。自分の最善手を悪手と断じられればさすがに心穏やかというわけにはいかない。


「左様、ジーツィル卿の勘を信じるのであればこそお主は死力を尽くして戦うべきではなかったかな?」

「な……」

「今回、戦いを避けた事でそのチームに時間を与えた。次に会うときに今回よりも強力になっていない保証などどこにもない」

「く……」


 ラウゼルの言葉にジーツィルは悔しそうに唇を噛む。ラウゼルの言う通りアディル達がさらに強くならない保証などどこにもないのだ。


「それに十五、六の年齢を侮るべきではなかろう。十五、六と言う年齢を考えれば未熟と言えるだろう。だが逆に言えば伸びしろがあると言うことではないか?」


 ラウゼルの言葉にジーツィルが反論しようとしたときに老人が発言し言葉を遮る。


「そこまでじゃ。それより先は水掛け論になろう」


 老人はそう言うとさらに続ける。


「ラウゼル、お主はジーツィルが無策で戦いに臨むような男では無い事を知っておろう? それよりもジーツィルがそれほどまで警戒するというその少年達の実力を警戒せよ」

「はっ……」


 老人の言葉にラウゼルは返答する。老人の言葉は正論であるのは間違いない。


「そしてジーツィル……お主は慎重も度が過ぎれば組織にいらぬわざわいを呼び込むことになることを忘れるな」

「はっ……」

「イグリアス様がお目覚めになるまでに地ならしをするのが我らが役目……それを各々忘れるでないぞ」


 老人の言葉にジーツィルだけでなく全員が恐縮したように頷いた。


「それにしても、その者達を野放しにするわけにはいかぬな……それに我らの存在が知られてしまったのも面白くないの……」


 老人の言葉に出席者達全員が頷く。


「ジーツィル……ラウゼル……そしてマルトス。お主らでその者達を始末せよ」


 老人の言葉に名を呼ばれた三人が一斉に頭を下げた。


「よし……ヴィーガム。次はお主の報告を聞かせてもらおう」

「はっ!!」


 老人の言葉により議題は別のものに移っていった。

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